令和ロマン・髙比良くるま『漫才過剰考察』と「M-1連覇チャレンジ」の先にある使命
『M-1グランプリ2023』王者・令和ロマンの髙比良くるまが『漫才過剰考察』という本を出す。取材前にゲラを受け取り、一読して、クラクラしてしまった。文字通り、漫才が過剰に考察されている。年末の国民的行事となった『M-1』が今現在どんな状態にあり、昨年、自分たちがなぜ“優勝してしまった”のか。『M-1』に勝つ漫才と、寄席との関係性。お笑いそのものを東西のみならず、南北に分類した特色の違い。まさに縦横無尽、論の波に飲まれ、最後にはお笑いの波打ち際に放り出された。そういう読書体験だった。
そのくるまに、話を聞きに行った。ここまで漫才について過剰に分析と考察を張り巡らせた本を書いて、また今年その『M-1』に出るのだという。現場で受け取った実本の帯には、霜降り明星・粗品の言葉として「お笑いの悪魔に魂売ったんやな」と記されていた。
──非常に興味深く拝読したんですが、口を挟めるところがないというか、くるまさんがそう言うならそうなんだろとしか……。あとがきにもありましたが、これを出すことによって「もうお笑いを語るのはやめようよ」みたいな意識があったんでしょうか。
くるま それはそうですね。分析したがりの人たちに読んでいただいて、これで一緒に分析できるぞと思ってもらって、最後にハシゴを外すわけじゃないですけど、最終的には「ね、こんなことになっちゃうんだよ」って。
──はい、まさに。
くるま こんなことにならないほうがよくない? っていう提示ですね。オレは芸人だし、楽しいんですけど、みんなは普通に楽しんだほうが得じゃない? っていう提言です。
──本編はまさにそういう感触だったんですが、粗品さんとの対談にはワクワクしました。対談企画はくるまさんご本人の希望ですか?
くるま 僕の提案です。本にするとなったとき、やっぱり『M-1』が大きな軸になっていたので、同じく若くして『M-1』を獲ってるし、粗品さんって分析とか内側の話を語らないので、聞いてみたいと思ってお願いしました。
──対談してみて、何か新しい発見はありましたか?
くるま 粗品さんが、やっぱり自分の「きれいに逆」なんだということがわかって、気持ちよかったですね。粗品さんは「自分」という軸があって広がっていく人で、オレは逆に世界のいろんなものを自分の中に取り込んでいく側の人間なんで、改めてすごいと思ったし、そういう人が成功していくんだと思ったんです。だから今は、こういう本を書くような後輩を一人も生み出さないようにしたいという気持ちでいっぱいですね。予備軍みたいな人がいっぱいいるんですよ、考えようとしているやつが。でも結局、そういうやつらは残らないんです。だから、ダメだよって言いたい。
──なぜ残らないんでしょう。
くるま 他人の影響を受けて、全部の要素を入れて、分析してってやっていくと、答えってそんなに種類がないじゃないですか。正解を出したとて、正解は別に個性ではないし。芸人の場合は間違ったことでもやり続けていたら、変な、突飛なことになるわけですよ。錦鯉さんとかウエストランドさんとか、現在進行形で最近はずっとそういう人が勝っているし、テレビにも出てるし、突き抜けてる。「突然、あれ」でいいんです。ああいう人間が結局、残るんで。特に吉本の僕らより下の世代は、みなさんピンとこないと思うんです。あんまり言われないんですよ、後輩のことって。
──そうですね、金魚番長とか。
くるま ああ、ありがとうございます。金魚は一個下ですけど、いい感じで毒されてないじゃないですか。今はきれいに『M-1』を目指しすぎてる人も多いから、そういうのも全部やめさせたい。「くるまさん、どうやったら3回戦行けますか?」って、聞かれたら答えますけど、そういう分析キャラは無理だよっていう、キャラ潰しみたいなところもありますね。
──ご自身は、情報を集めて整理して正解を出す能力においては、誰よりも自信がある?
くるま それしかやってこなかったんで。自分としては恥ずかしいことだと思ってます。自分がおもしろいと思ってることを「ウケなくても関係ねえや」ってやるのがカッコいいし、そうなりたかったですけど、全然思いつかなくて。でも『M-1』は始まるし、ウケたいからそうやって作るんですけど、準々決勝で毎年負けて、「そうだよな、芯がないもんな」って毎年落ち込んで、その繰り返しでした。それをずっとやってきて、そのくせ準々とか準決まで行けてたので、それは得意なんじゃないかと思います。
──得意という話だと、分析して構造を理解すること、それを台本に落とし込むことと、舞台の上で演じることとは全然違う能力だと思うんです。令和ロマンには魔人無骨(旧コンビ名)のころから「上手い」「漫才師然としている」という印象があります。その実行力というのは、ご自身ではどう分析されているんでしょう。
くるま そのころはあまり意識してなかったんですけど、「正解を出すパターン」でなぜ実行に移せる人がいないかと考えると、器用な人がそれを考えていないからなんですよ。僕たぶん、人間としては不器用なんですけど、漫才師としては演技力とか表現力があるから、実行できるんです。その形になり切るということができる。表現力が乏しいことも個性だったりするんですけど、みんなはあまり自分から外れたことができないんです。だから、これが正解だとわかって寄せにいっても無理が生じる。僕の場合は何にでもなれる。コントの役もそうですし、しゃべるときのトーンとか顔もそう。衣装も含めて、そこのトータルプロデュース力は、そもそも持っていたというイメージですね。
──それは訓練して身に着けたものではない?
くるま それだけは、才能だと思ってました。演技力に関しては、ちっちゃいころからずっとドラマのマネとかしてたんで。プラス、吉本でいっぱいライブに出て上手くはなりましたよね。いろいろ教えてもらえたし。
──本の中で、去年はファイナルに出たことがなかったから「ネタを叩く」ということがわからなかったとありました。いざ優勝して、今年は「叩く」ということについて、どんなふうに考えてやってるんでしょう。
くるま 決勝を知ったので叩き方はわかったといえばわかったんですけど、優勝しちゃったことによってライブのお客さんの見る目とか、出る場所が違うから、今年がいちばん叩けてはいないですよね。実際、絶対にオレらのお客さんが来ちゃうわけだから、ムズイです。あんまりアウェーがなくて。
──やっぱりアウェーで叩きたいものですか?
くるま アウェーっていうか、初見ですよね。敵視される必要はないですけど、普通に1回もそのネタを見たことがない人の前でやったときが正しい反応だと思うので、ネタを知っている人が多ければ多いほど精度が下がってしまうというだけで。
──予選の戦い方も変わりますか?
くるま 3回戦からは抽選で当たった人たちが客席に最初から最後までいることになるので、やっぱり運なんですよね。自分たちのファンがどれくらいいて、残りの人たちは誰のファンなのかっていうのは、ぎりぎりまで見極めなきゃいけない。より慎重に、その人たちに嫌われないようにしなきゃいけない。でも、プラスアルファとして、3回戦に関しては2018年とか19年くらいのおふざけ感は出したいんです。去年もそのつもりで変なネタをやりましたし、今年もふざける予定ではあります。
──ふざけるというのは、それで落ちてもいいくらいの?
くるま いや、ふざけるなら勝たなきゃダメだっていうだけですね。マヂラブさんとか囲碁将さんとかはそうやってたし、それってカッコいいし、そうだよなって思うんです。調子に乗ってるとかじゃなく、そうじゃなきゃいけないと思って。今は3回戦がYouTubeでさらされるようになっちゃって、みんな恥ずかしいからちゃんとやってるんですよ。でも、なるべくふざけたいと思います。
──準々からは決勝をイメージして。
くるま 準々がいちばんキツイんじゃないですか。毎年ですけど、倍率でいっても準々から準決がいちばん絞られるわけですし。実際突破したのは過去2回だけだし、4回落ちてるし。
──言える範囲でいいんですが、今年のネタなのか過去ネタなのか、とか。
くるま 今年は「連覇チャレンジ」っていうことをしたいだけなので、今年のネタと、今まで『M-1』用に作ったネタがいっぱいあるので、そいつらを掘り起こしながら、舞台上でやり直してクオリティを上げながら、ベストの1、2、3が入ってくる感じですね。来年は出るつもりないんで。
──あ、来年は出ないんですね。
くるま ないですね。
──今年で最後。
くるま まあ、それはわからないですけど、ラストイヤーでもう1回出るとかはあるかもしれない。今年は松本(人志)さんがいらっしゃらない、それに20回記念大会、っていう中で「連覇チャレンジ」というひとつのフックがあったほうがいいだろうっていうのが、この出場の理由にもなっているので。
──やはり『M-1』を盛り上げたいという気持ちから。
くるま そうですね、今年に関しては。
──リスクとは考えないですか? 負けることに関して。失うものとか。
くるま うーん、特にないですね。過大評価だけがなくなるんじゃないですか。
──『M-1』後のことはどれくらいイメージしているんでしょう。
くるま 正直、あんま考えてないんですよ。とりあえず今年『M-1』をやってみて、結果どうするかってことなんで。でも漫才は続けるわけだから、全国ツアーみたいな展開だったりとか、コンビとしてはラジオと漫才を軸でやりながら、YouTubeとかで楽しいことを探しながらという。僕は相方と違って生活が不安なんで、ある程度はちゃんと仕事をしなきゃいけない部分もありますし。
──具体的には何か考えていたり。
くるま それがテレビなのか、こういう本とかもそうですし、音楽とか、いろんな業種の人と関わる人にはなりたいですね。いろんな人に会える環境にあるからこそですけど、お笑いのためも含めて、芸人だけで映画を作るとか、音楽やってる芸人さんも多いからもっとつなげたらどうなんだろうとか。どうせおとなしくしてても勘違いされるだけだし、「素人が」とか「イタイ」とか言われてもやるしかないんで、広げていこうかなと思ってますね。それが、たぶんやらなきゃいけないことなんじゃないですか。
──やらなきゃいけない、という意識ですか?
くるま だって能力的にはできそうだし、本でも書きましたけど世界進出的なことも一過性のブームにしないで、ちゃんと形にして残すこととか、そんなことができたらいいなと思うんです。そういう新しいことを始め出そうって感じですね、31歳の年から。
──本にもたびたび書かれていますが、「自分がこういう能力を与えられたから、人のために使わなきゃいけない」っていう意識、その使命感って、いつごろから芽生えたものなんでしょう。
くるま ちっちゃいころから、なんとなく思ってますけどね。なんのために生きてるんだろう、とか。僕、小2で中2病が来たんです。早めにそうなっちゃって、どうしたらいいんだろう、死なないために生きちゃってるな、どうしようかな、何が向いてるんだろうなって、ずっと考えてるんです。だから人に向いてるって言われたことをやってる。ラグビーもそうだし、お笑いサークルに入れば? って言われたから入ったし、お笑いを自分で始めようなんて思ってなかったし。これからも、人に言われたことをやろうっていう感じですね。
(取材・文・写真=新越谷ノリヲ)
●髙比良くるま(たかひら・──)
お笑い芸人。吉本興業所属。1994年生まれ、東京都練馬区出身。慶應義塾大学のお笑いサークルで相方・松井ケムリと出会いコンビを結成。2023年の『M-1グランプリ』では、第1回大会の中川家以来のトップバッター、かつ歴代王者の中で最短となる芸歴5年9カ月での優勝を果たした。『M-1』王者として異例の出場を果たした『ABCお笑いグランプリ2024』でも優勝するなど、今最も勢いのある芸人。
●『漫才過剰考察』
M-1グランプリ2023王者・令和ロマンの髙比良くるまがM-1と漫才を完全考察!
分析と考察を武器に、芸歴7年目の若手ながら賞レースをはじめ様々な分野で結果を残してきた令和ロマン。そんな令和ロマンのブレーン・髙比良くるまが、2015年から昨年のM-1、さらには2024年のM-1予想に至るまで、考えて考えて考え尽くした一冊。
「現状M-1に向けて考えられるすべてのこと、現在地から分かる漫才の景色、誰よりも自分のために整理させてほしい。頭でっかちに考えてここまで来てしまった人間だ。感覚でやってるフリをする方がカッコつけだと思うんだ」(本文より)
史上初のM-1二連覇を狙う著者が、新型コロナウイルス流行や、東西での言葉の違い、南北の異なる環境が漫才に与えた影響、昨今話題の「顔ファン論争」に漫才の世界進出まで、縦横無尽に分析していきます。著者の真骨頂“圧倒的マシンガントーク”は本書でも健在です。
出版社:辰巳出版
発売日:2024/11/8
単行本(ソフトカバー):184ページ