ラブドールの売上がコロナ禍で急増。オリエント工業が語る、人と会えなくなる中で“求められたもの”
今年で創業45年となったオリエント工業。「ラブドール」業界のパイオニアで、製品の美しさは他に類を見ない。そんな同社のドールたちは、新型コロナウイルス感染症の影響で、需要が爆上がりしたという。
◆売上は「コロナ禍で急増」!?
営業企画部の小澤氏によれば、その伸びは「コロナ禍で急増した」というから、凄まじい。国内だけでなく、中国での需要もあったことも大きい。
そして、国内・海外問わず人気だったのは、世界初の「香り付き」オプションだったとか。最近では女性客も多く、もはや性需要そっちのけで人気があるという同社のラブドール。
性別も世代も、そして国境をも超えて愛される秘密を探るとともに、今後どんな未来を見据えているのか、話を聞いた。
◆コロナ禍で求められた「触感」と「香り」
“究極のリアリティ”を追求してきた同社が、初めて嗅覚に訴えるものを手がけたのは、歴史的といっていいだろう。
着想から4年、開発に2年をかけ、1年ほど前から新登場した「香り」オプション。発売前は売れるかどうか不安もあったというが、コロナ禍では、ほとんどの購入者がそのオプションをつけた。
小澤氏は、その理由を「写真や映像では、触感、においは感じられない。人と会えなくなって、画面越し、ネット越しだけでは得られないものが求められたのでは」と分析する。
開発のきっかけは、女性スタッフからの提案だった。造形師の大澤氏は、「それまで、視覚や機能性にばかり囚われていた」と明かす。
「美しいものとか、リアルな人間のルックスばかり考えていました。でも、香りをつけるのはどうかと言われて、そういう視点があったなと。『やろう』と、弊社社長は舵を切りました」(大澤氏)。
とはいえ、ハードルは高かった。口に入るケースや全身につけることも想定し、安全で、かつ量産できる体制をつくらなくてはならないためだ。
ちなみにどんな「香り」なのか。嗅がせてもらうと、石鹸のような香水のような、でもどちらでもなく、ふんわりと柔らかい香りが胸いっぱいに膨らむ。絶妙なブレンドは、まるで魔法にかかったようにいつまでも嗅いでいたくなる。
香りの素について、小澤氏は「人間が、体から出すにおいと同じような成分」だと説明する。「におい」は現在一種類。今後増やしていくかどうかは、ユーザーの声を聞きながら検討していくという。
◆伸び続ける女性ユーザー層の“ニーズ”とは
1977年の創業時、社内には「相談室」があった。当時は連絡手段といえば、手紙の他には固定電話しかない。そういう時代、誰にも言えない悩みを抱える人のニーズを汲み、設けられたものだ。
その後通信手段が発展し、かつショールームは完全予約制だったこともあって「相談室」は姿を消したが、今年6月のリニューアルで、その看板を復活させた。創業時の想いを大切にしようという理由だ。
時代は移り変わり、5年前の40周年記念展では、来場者の6割が女性。今も女性からのニーズは増え続けている。いわゆる性処理目的とは異なる需要において、目立つのはデッサンモデルとして欲しいというクリエイターや、お気に入りの服を着せて撮影したいというコスプレイヤー。このあたりは、漫画やアニメの普及もありそうだ。
その他、〈愛でたい〉〈飾りたい〉など、愛情を注ぎたいという声は多く、SNSには〈黙って話を聞いてくれるラブドールがほしい〉など、自分のよき理解者としてそばに置きたいといった願望も多数見受けられる。実際、そういった声を受け、5年前からは性的機能を搭載しない観賞用モデルも登場している。
◆着せ替え人形やぬいぐるみとの違いは?
着せ替えや、そばに置く目的であれば、小さな人形やぬいぐるみでもいいわけだが、〈ほぼ等身大のリアルドール〉を思慕する心理について、小澤氏は、「僕たちが行っている大学との共同研究では、実際に一緒に寝たら安心するという結果も出ました。人間らしいことで、 “人肌”や“ぬくもり”といった雰囲気をより感じられるのかもしれません」と話す。
メイクや造形は、最新の人気アイドルや女優を参考にしており、美しさの研究には余念がない。さらに骨格にも力を入れており、例えば指骨格機能として、指の関節に“骨”を感じられるものがオプションで入れられる。
物を持たせられるという狙いがあったものだが、ある女性ユーザーから「手を繋げるのがいい」と言われた小澤氏は驚いた。「癒される効果があるって。そんな接し方があるのかって、僕らが教えられました」(小澤氏)
透き通るような肌と、優しい表情がもつ無垢な包容力に加え、もはやアート的要素をも超えて惹かれる魅力があることがうかがえる。
◆正面を見つめていない?独特な「目線」の秘密
同社のラブドールを前にした時、気がつくのは目線が独特だということだ。何かを慈しむような瞳は、一体何を思い、どこを見つめているのか。大澤氏が解説する。
「まず、視線移動あり、なしというオプションが選べます。視線移動ありですと、好みの位置で視線を設定できますし、写真を撮影する方からは、視線が動くことで表情が変わるので、作品の幅が広がるという話も聞きます。
視線移動なしは、物理的に接着剤で固定するんですね。その際固定するポイントは、実は体を重ねた時にちょうど目が合う位置なんです。だから、遠くから見ると、少し目が寄っている。反対に、例えば5m先にいるドールと自分の目が合うように設定するとしますよね。次にそのドールに顔を近づけると、ドールが遠くを見ているので、なんだか上の空で、コミュニケーションを取ることができない印象になってしまうんです」
どこまでも、「寄り添う」ことに意識が向けられているのだ。
「最初は、ドールの金額を風俗に行く回数で割って、何回使えば元が取れるって計算していたような人も、時間とともに、それだけの触れ合いじゃなくなってくるものです。人間だって恋愛から始まっても、徐々に人としての結びつきを重視するようになる。同じなんです」(大澤氏)
◆“生”をともにする「家族」
オリエント工業でドールを注文すると、箱に裸で寝た状態ではなく、きちんと髪がセットされ、座っている姿に、指輪が添えられて届く。棺桶のように見えてしまうのは寂しいという想いと、「モノ」として扱わない、という矜持がそこにはある。
不要になったドールを引き取る“里帰り制度”も同じ想いからだ。
「処分するには切り刻むしかないけど、それは大変だし、自分が一度でも愛した相手を手にかけるのは嫌なものでしょう? あと、昔不法投棄されて、事件みたいに扱われちゃったことがあったので(笑)。うちで責任をもって人形供養をして、処分させてもらうようになりました」(大澤氏)
“里帰り”のため引き取りに行くなかで、小澤氏には、忘れられないエピソードがある。
「弟さんからの連絡で、亡くなったお兄さんの家にドールを取りに行ったことがあるんです。家に着いたら、一体って聞いたのに、何十体もあって……。一度で終わらせてほしいという依頼だったので、小さいバンにパンパンに詰め込んで。後部座席から、前のほうに腕や足があっちこっちはみ出した状態で帰ってきました(笑)。大変だったけど、それを任されることに、有り難さと嬉しさは感じましたね。この子たちはいい人生だったなって」(小澤氏)
◆ドールの「声」に対する想い
リアリティにこだわる同社だが、一方で、これまで頑なに「つけてこなかった」機能もある。「会話」だ。ドールは喋らないからこそ、無条件で全て受け止めてくれるという安心感が得られるわけだが、会話機能を求める声は案外多いという。
大澤氏が、同社創業者で代表である土屋日出夫氏の考え方と、自身の率直な想いを話す。
「声を出せるようにすると、イメージが限定されてしまう。代表は、その部分は想像で補ってもらうものだという考えなんです。ただ、自分なんかは世代も違いますし、例えばSiriのような機能くらいはあってもいいのかなとは思っています」
お客様に喜んでもらえるものを作っていくという姿勢さえブレなかったら、考え方は柔軟でいいというスタンスだ。
◆今後の展望「多様性」と「世界展開」の可能性
「喜んでくださっている声を聞けば、『自分がここにいる意味があるんだ』と嬉しくなる」という大澤氏に、今後の展望について尋ねると、「うちの力でできることは限られている。例えばロボットやAIなど、どこかと協業という形で新たな可能性が生まれるんだったら、そういうものにもトライしていきたい」と“進化”に貪欲な姿勢を見せる。
小澤氏は、また別軸での挑戦を口にする。
「まずは服やジュエリー、靴なんかをもっともっとデザインしてあげたいし、多様性を広げたいですね。もう誰もが思っているかもしれないけど、『なんで女の子しかいないんだ』と。あとは、海外進出です。この子たちの素敵さを、もっと海外の人にわかってもらえるように、Japan Expoに出るとかね。もっと世界に展開していきたい。それが俺の夢ですね」(小澤氏)
取材・文/吉河未布 撮影/渡辺秀之
【吉河未布】
大阪府出身。大学卒業後、会社員を経てライターに。エンタメ系での著名人インタビューをメインに、企業/人物の取材記事も執筆。トレンドや話題の“裏側”が気になる。『withnews』で“ネットのよこみち”執筆中。Twitter:@miho_yskw