焼肉食べ放題店の元経営者が明かす“裏事情”。注文されると「苦しい/嬉しい」メニューとは――ニュース傑作選
2024年、反響の大きかった記事からジャンル別にトップ10を発表。企業や業界の実態から2024年を振り返る「経済ニュース」部門、好評につき延長の第13位の記事はこちら!(集計期間は2024年1月~10月まで。初公開2024年4月3日 記事は取材時の状況、ご注意ください) * * *
日本フードサービス協会「外食産業市場動向調査」調査によると、2020年時点での焼肉の市場規模は、店舗数約2万2000店、売上規模約1兆2000億円と推計され、外食産業の中でも注目の業種業態となっており、当面は堅調な動きで推移しそうです。
最近、焼肉の中でも、特に成長の牽引役になっているのが、テーブルオーダーバイキング方式の焼肉食べ放題です。お客さんが自ら料理コーナーに取りに行くのではなく、テーブルに好きな料理を欲しいだけ提供してもらうというスタイルです。焼肉をゆっくり落ち着いて、食べたい部位を食べたい量だけというニーズに合致させています。
関西でワンカルビを展開するワン・ダイニングがテーブルオーダーバイキング方式の焼肉食べ放題を先行しましたが、牛角や焼肉キングがすぐに追随しました。サイドメニューも食べ放題にしてフルメニュー食べ放題を最初に始めたのもワンカルビです。
しかし現在、店舗数では圧倒的に牛角が1番で、2位が焼肉きんぐとなっており、ワンカルビは4位です。売上は店舗規模の大きい焼き肉きんぐが1位です。すかいらーくもファミレスの不採算店をこのスタイルに転換して、じゅうじゅうカルビを展開するなど、今はこのスタイルが焼肉店の成長業態となっているようです。
◆テーブルオーダーバイキングを創始したのは?
テーブルオーダーバイキングのパイオニアであるワンカルビは関西圏で人気の焼肉店です。ワンカルビの前身は創業50年以上の歴史を持つ精肉店直営の焼肉店です。「幸せな団らんを、社会に」を企業理念にした会社であるワン・ダイニングの中核店舗で、1つ上の食べ放題を標榜し、「人生に2時間の幸せを」をキャッチフレーズにした焼肉店です。
他にも、しゃぶしゃぶのきんのぶたなど、8ブランドの外食店を展開しています。具体的には、あぶりや15店舗・ワンカルビ89店舗・ワンカルビPREMIUM 3店舗・焼肉タイム 1店舗・ひとりカルビ1965 1店舗・きんのぶた 19店舗・きんのぶたPREMIUM 1店舗・kin no buta 1店舗です(※公式サイトより、2024年3月1日時点)。
さまざまな業態を開発し、ターゲット客のニーズに合致した業態の仮説と検証をしています。過去も多くの業態を開発し、スクラップ&ビルドを繰り返しており、チャレンジ精神が旺盛な社風があることが推察されます。
◆ワンカルビと焼肉きんぐの違いとは?
ワンカルビは、2000年に1号店を大阪の堺に出店し、現在(24年3月25日時点)大阪の36店を中心に、90店舗展開しています(首都圏7店、関西68店、九州15店)。多品目食べ放題をテーブルオーダー形式にしたビジネスモデルを2006年から開始したパイオニア的存在です。競合する焼肉きんぐは、翌年の2007年からスタートしています。
ワンカルビと焼肉きんぐはターゲット層・メニュー・価格帯・提供スタイル・店舗面積など、ほぼ同じです。店舗数がワンカルビ90店舗に対して焼肉きんぐは318店舗(24年3月7日時点)と大きく差がついていますが、これは出店エリアを限定するなど、出店戦略の違いによるものだと推察されます。
会社沿革を見ると、もともとダイリキという精肉事業で創業されましたが、1993年に外食事業(炙屋を開業)にも参入し、外食部門と精肉部門とに会社分割を行いました。2008年に、外食部門の商号をダイリキからワン・ダイニングに変更し、精肉部門は、新設分割により新ダイリキとして設立しています。肉のダイリキは大阪を中心に49店舗を中部・関西・中国・四国で展開しており、特に大阪では有名です。
◆精肉店直営ならではの強みとは?
ワンカルビは創業50年が物語る蓄積された技術と対面販売にこだわり、高品質の肉を欲しいだけの量り売りを売り物にしています。お肉屋さんが垂直的多角化で焼肉店を経営して収益機会を多様化するのはリスクの低い成長戦略ですね。
牛豚肉などの調達力が強みの会社ですが、多種多様な業態を開発し、顧客ニーズの探索と最適な業態開発を懸命にされている企業イメージもあります。1人客をターゲットにした1人焼肉店も出店しており、ファミリー客をターゲットにしているワンカルビとは一線を画し、市場の棲み分けをしているようです。
焼肉チェーン店は大量仕入れによるコストダウンでお客様に安くお肉を提供できるという強みがあります。もちろん、希少部位においては大量に確保しようと思えば、逆にコストが上がってしまうこともありますが、大概はその利益を享受できるものです。ワンカルビは精肉店直営の焼肉店ならではの、安くて美味しいお肉の提供といった強みをいかんなく発揮していると思います。精肉店も経営しているから肉の購買でスケールメリットがあるのは当然ですね。
◆白米を頼むのはお店側の思うつぼ?
外食は快適な雰囲気も大切ですが、ワンカルビはゆっくり会話を楽しめるように、半個室の空間になっており、内装は高級感を感じさせる和テイストにまとめています。今の時期であれば、入学・卒業などのお祝い事など、ハレの場にぴったりのお店です。
食べ放題コースも、3つのコースが用意されており、お手軽コース3480円(税込3828円)、全品コース3980円(税込4378円)、塩タン+全品コース4380円(税込4818円)があります。今回は一番上の塩タン+全品コースを紹介致します。
メニュー内容を見ると、タン(6種類)、牛焼肉、ステーキ、鶏豚肉、ホルモン、前菜、逸品、サラダ、スープ、麵飯類など全87品目をバランスよく構成されていました。これだけの料理を無制限に食べられて、物価高の中で、この価格はおかしくないかとお客さんが疑ってしまうような内容です。
また、これが食べ放題のお肉かと思うほど柔らかいお肉です。もみダレでしっかり揉んでいるので濃い味になっており、白米がよく合いますから、白米好きにはたまりません。すごい勢いでお替りする人が多いですね。
筆者は元焼肉食べ放題チェーンの経営者ですが、白米の原価は低く、白米は別腹と豪語する人でも食べられる量には限度がありますから、お肉の追加が減るのは当然です。お店はラッキーと思っているはずです。
◆サイドメニューを頼むお客はありがたい?
加えて、お口直しでお肉以外の追加も増えて、単品であれば、15~20%の低原価商品であるキムチ・サラダ・スープ・ホルモンなどにオーダーが集まれば、より一層、お店の利益は上がります。牛肉に飽きて食感や味の変化を求めて、豚ロース・豚カルビ・鶏モモなどもよく注文されており、お店にとっては原価も低いから助かります。
お客さんも牛肉だけでなく、いろいろな部位やサイドメニューが食べられ、トータルでの満足感が増します。お客さんも店側も利益を享受し合える、良好な関係が構築できればいいですね。
ワンカルビでは、一品料理・サラダ系・麺飯類、デザートなどといったサイドメニューにも力を入れており、季節ごとに旬の食材を入手し、その時々の絶品メニューを提供しています。それらが絶妙な来店動機になり、何回通っても飽きのこないメニューの豊富さは、ワンカルビのこだわりとのことでした。
これだけ内容に価値ある焼肉食べ放題を、リーズナブルな価格で、提供できる仕入・調理・提供の仕組みは大したもので、さすがは精肉店直営の焼肉と思います。
◆頼まれると困る?調達が難しい焼肉の部位
焼肉の中でも、塩タンは売れ筋で好きな人は多いです。しかし、タンは牛から一本しか取れない希少部位ですから、調達も容易ではありません。喉元になるほど鮮やかなサーモンピンクになり、タン先になると赤みを増してきます。一般的には喉元のサーモンピンク側を上塩タンとして提供し、赤みが増したタン先を並タンとして使い分けします。塩タンを追加し過ぎるとタンの色が赤くなる店が多いですね。
以前、別の食べ放題チェーン店で塩タンも食べ放題のプランを注文したら、追加するたびに塩辛くなり、塩を拭取りながら食べた苦い経験がありますが、ワンカルビは問題なく追加のタンも美味しかったです。
先ほども説明しましたが、焼肉業界で100品目近くのフルメニュー食べ放題を始めた店はワンカルビです。現在、焼肉きんぐが注目され勢いがありますが、そもそも、この多品種食べ放題をスタートさせて、業界に衝撃を与えたのはワンカルビでした。それまでは食べ放題を導入する店のほとんどは肉の盛合わせやご飯の食べ放題のみでした。
◆メニューや提供内容は法律の保護外?
外食は先頭を切って新商品を開発し、大ヒットさせてもすぐに模倣されます。外装や看板などデザインに関しては意匠権で、自己の商品・サービスに使用する屋号やブランドなどは商標権で保護されますが、メニューや提供内容を知的所有権で保護することは困難です。だから、他店もすぐに模倣して業界は同質化戦略に埋没することになります。
案の定、ワンカルビがフルメニュー食べ放題の販売を開始して注目される中、他店もすぐに内容を模倣して開始しました。しかし、食べ放題の品数を増やしたオペレーションの煩雑さから、どの店も苦労されたと思います。内容で差別化が図れなくなったら、価格で勝負しないといけないので、採算も合わずオペレーションも混乱しアルバイトが辞めたりと散々な店もありました。結局、うまくやり切れたのは最初に仕掛けたワンカルビだったと思います。
私が在籍していた焼肉チェーン店もやり切れず、違う路線にシフトを切りました。追随が成功してさらなる付加価値を追求したのが、焼肉きんぐであることは周知の事実で、この店はさすがです。
◆収益を確保するための仕組み
焼肉食べ放題店を導入する店は週末のファミリー客を狙っていますから、郊外立地の大型店が多いです。焼肉はテーブルごとに無煙ロースターやダクト工事が必要で、坪当りの投資額は100万円程度と言われ、他業態と比較すると初期投資の負担が大きいものです。大型店は固定費負担も大きく営業利益率5%程度、と小型店の10%程度と比較すると利益率は低い傾向にありますが、売上が大きい分、利益額は多くキャッシュは回り、現金創出マシンとしての役割は果たしています。
焼肉業界における競争上の差別的要因は何といっても肉の調達力です。昔は米国の牛肉パッカーからすれば、日本は大量の牛肉を買ってくれる上得意客的な存在で優位性がありました。しかし、経済発展した中国の台頭で日本だけが客ではないと取引関係に変化が生じ、資源争奪戦で中国などに日本が買い負けし、輸入牛の仕入れも厳しくなりました。米国産牛などは日本人の嗜好に合わせた霜降り牛肉を肥育し、上得意客である日本に優先的に輸出していたのですが、そこに取引関係が変化したのです。
また、BSE問題(狂牛病:2003年12月23日、米国内で BSE の疑いを受けた牛を発見と発表)以降、焼肉食べ放題を導入する店は、主要牛肉である米国産牛の輸入が停止され、日本の焼肉業界は米国産牛が仕入れられなくなり、それが原因で倒産する焼肉チェーンも続出しました。急遽、豪州産牛の輸入にシフトしましたが、豪州産牛は米国産牛と輸入シェアは40%強と同程度でしたが、主にハンバーガー店向けに使用される牧草肥育の赤べた牛肉です。
焼肉には向いておらず、米国産牛の輸入が停止された最初の頃は、豪州産牛を提供する店には顧客から不味いとクレームが多発し、顧客離反が相次ぎました。今は日本人向け仕様の穀物飼育され、美味しい牛肉に改善して輸入されていますから安心です。
◆配膳ロボットの時給を計算すると驚きの…
オペレーションですが、ワンカルビも他のファミレスチェーンと同様に、限られた人材の有効活用のために、配膳ロボットを活用しています。顧客は他業種と比べ高い粗利益率(65%程度)の外食には、美味しく価値ある料理や真心あふれる接客を求めているはずですが、今の外食を取り巻く労働力環境では、人による付加価値向上は厳しい状態です。人とロボットの効果的な組合せで、その店ならではの価値を提供する方が得策でしょう。
配膳ロボットをリース提供するUSENによると、標準ロボットで月額リース料は3万3250円、1日12時間×30日稼働で時給92円となるそうです。賃上げ機運が高まる中、各都道府県の最低賃金は上昇しています。大阪の最低賃金は1064円で、それをクリアした賃金程度では、アルバイトは集まりません。
感情がなくシフト管理も容易で、充電すればフル稼働が可能で、お客さんも和ませてくれます。従業員の接客態度でクレームが発生することも多いですが、ロボット相手ならそういうこともないでしょう。人と機械をうまく組合せて最適なオペレーションの確立が必要ですね。これからは、機械化・自動化・省力化はやむを得ないですから、効果と効率をよく考えてやってもらいたいと思います。
◆外食チェーンの調理システムの基本
外食チェーンは基本的に、コックレスの調理設計を前提にして、ローコスト・オペレーションを確立しています。コックレスとは、熟練コックがいなくても調理が可能という意味であり、技術的に未熟なスタッフでも提供可能な調理システムを構築することを目的にしています。
技術やノウハウを習得した料理人が中心の厨房の現場から、食材の調理の一部をセントラルキッチンにアウトソースし、店の厨房作業を軽減化、効率化するのです。また、同時にこれに伴った原価管理やロスの削減などのプラスの効果も得られ、低価格で販売しても利益が確保できるシステムを確立するのです。
ローコスト・オペレーションが、実現できているから、美味しい焼肉をリーズナブルな価格で食べられるのです。熟練コックさんと外食大手が目指すチェーンオペレーションとは、方向性が合致しにくく、経営陣からしたら使い勝手が悪いのも事実です。そういう点からは、人への依存から感情を持たず使いやすいロボットのほうがいいかもしれないですね。
30年続いたデフレも終焉の気配を見せ、最近の賃上げや物価高騰などコスト・プッシュ型のインフレで店側が値上げしてもお客さんに容認されつつあります。この機会に値上げしたら競合店に顧客を奪われるといった不安を払拭し、自店の費用構造を見直して利益を確保できる仕組みの確立をして欲しいものです。
◆今後の焼肉店はどうなるのか?
一般的に、焼肉業態は、初期投資額は他の業態と比較すると高額ですが、客単価が高く利益率が高いので、投資回収が早めです。この特性を踏まえたうえで適切な戦略を策定したお店が生き残るのだろうと思います。
現在は、コスパ重視の焼肉チェーンの多くが、タッチパネルのオーダーシステム・配膳ロボット・セルフレジなどを活用し、省人化投資を競い合っている状態です。普通、あまり追加すると客側も遠慮して店員さんに追加をお願いしにくいものですが、タッチパネルによる追加と配膳ロボットによる商品提供で、店員さんを介さずに好きなだけ食べられるのは、店は大変ですが、お客さんにとっては嬉しいことですね。
筆者が経営している時、他の焼肉店でアルバイトをしていた学生を採用して聞いた話ですが、その店では店員を呼んで追加オーダーをする際、追加注文を重ねると要注意テーブルに指定され、それを従業員間で共有して、それ相当の対策を講じていたと聞きました。
◆筆者が在籍したチェーン店店長の口ぐせは
確かに、店によっては、注文し過ぎると、徐々に店員が近寄らなくなり、呼んでも、なかなか来てくれなくなる経験をしたことがありますし、来ても明らかに表情に愛想がなくなっているのが分かる場合があります。最初のうちは、店員のほうから「お替りはいかがですか?」と推奨されるのですが、面白いものです。裏でこそこそ小細工をせずに商売は正直にやらないといけませんね。
筆者が在籍していたチェーン店の社長は「アルバイトの口に気をつけなさい。どこで店の噂が広まるか分からないから」と、日頃から口酸っぱく言われており、絶対に変なところは見せないようにしていました。特に今は、SNSで投稿されたら、瞬時に拡散され、すぐに浸透します。店にとっては致命傷になり、外食は変なイメージが定着すると存続の危機に陥りますから注意が必要ですね。
なかなか参入障壁をつくるのは難しい中で、飽きやすく惚れやすいといった成熟社会の日本の消費特性で、業態の陳腐化サイクルも早いです。顧客ニーズに合致し、競合他店の商品では味わえない自店ならではの価値を提供するバリュー・プロポジション(顧客提供価値)を徹底して訴求していかねばなりません。顧客目線のマーケティングがより求められる現在、自店のファンを固定化し、来店頻度や一組当たりの客数を増やす仕掛けをして持続的な競争優位店を確立し、地域におけるオンリーワンを目指してほしいものです。
<TEXT/中村清志>
【中村清志】
飲食店支援専門の中小企業診断士・行政書士。自らも調理師免許を有し、過去には飲食店を経営。現在は中村コンサルタント事務所代表として後継者問題など、事業承継対策にも力を入れている。X(旧ツイッター):@kaisyasindan