それ以前の問題である「理想の奥様像」/カレー沢薫のカレーなる夫婦生活
前回、このコラムは長谷部や大典太(何度でも言うが両名とも二次元の男であり画面から出てくる様子がない)との結婚生活を妄想するのが一番エキサイティングと書いてしまったので、逆にやらなければいけないような気がしてきた。
これは、自ら退路を絶たせる、という担当の巧みな陽動作戦だったのかもしれない。多分こいつはこの方法で100人ぐらい社会的に殺していると思う。
外は秋晴れ、死ぬには(人として)いい日だ。
というわけで、
まず、朝目を覚ましたら、隣に長谷部が寝ているという設定で起床することにした。
私の夫なのだから当たり前だ。まあ長谷部は私より先に起きているタイプだろうから、彼が残したぬくもりや残り香を楽しむというシチュもありだが、それだとマジ過ぎて100人中1億人がここで読むのを止めるため、素人の皆様にも受け入れてもらえるように、あえてベタな方向でいくことにした。すでに誰にも受け入れられていない自信があるが。
私は朝、目を覚まし、寝返りをうった。すると眼前には、すやすやと眠る長谷部の寝顔があった。
…その瞬間、雄たけびを上げて起床である。
実はそういった妄想はあまりしたことがなかったのだが、想像以上にいい意味でマズく(人としては悪い意味でマズかった)、興奮のあまり怒りしか湧いてこない。
「長谷部が私なんか嫁にするわけないじゃん、馬鹿じゃねえの!」
と激怒しながら、ベッドから飛び降りた次第である。
つまりそういうことなのである。
私が自分自身と二次元キャラとの恋愛を妄想しないのは、私がそのキャラにふさわしくないからだ。
妄想なんだから、いくらでも自分を美化すればいいじゃないかと思われるかもしれないが、何故かそれはできないのだ。空想の世界でさえ、自由の翼を広げきれない。そんな人間が漫画家というクリエイティブな仕事についているなど片腹痛い。売れないのも頷ける。
理想以前の問題
自己批判が止まらないので、この話はここで終了だ。そしてもうお気づきだろうが今回のテーマは「理想の奥様像」である。
前述の通り、自分の好きな二次元の男と付き合う女、つまり乙女ゲーのヒロインなどに対する私の理想はとても高い。小姑暦50年の達人のごとく厳しい。
よって、それとのバランスを保つために、自分への理想は極めて低くしている。常に「このぐらいでいいだろう」と思って生きてきた。その結果「このぐらい」の高さがどんどん下がって今にいたる。
よって、結婚したときも「いい奥さんになろう」とは思ってなかった。
お互い共働きゆえに、家事は最初から分担だという話になったが「メシだけは作ってくれ」と言われたので、メシは今も私が作っている。だが逆に言うと、私はメシ以外のことを破竹の勢いでやらなくなった。
よく「共働きなのに家事負担が圧倒的に女の方にある」という怒りの記事を目にするが、私はあれに同調して怒ることができない。明らかにうちは逆パターンだ。
どうしてそうなるかと言うと、夫がやってくれるから。そしてそれに対し不満を言わないからである。
これから結婚する方は、配偶者というのは、やってあげるとそれが当たり前と思うし、文句をちゃんと言わないと際限なく増長するものだと思った方がいい。
しかし、確かに夫は甘い方であり、人にやらせるより自分でやるタイプだが、私に対して不満がないわけではない。もちろんクソほどある。
だが、それを言うタイミングがないのだ。夫も仕事が忙しい上に、基本的に私が引きこもりなので、家にいるときはずっと自室にこもっている。我々が一緒の空間にいる時間は一日5分くらいだし、会話も3往復ぐらいなので、小言を言う隙がないのだ。
よって、夫が腹据えかねたことを言うのは、滅多にない。対面で長時間時間を共有する時だけなのだ。その時とは、誕生日とか結婚記念日とか特別な日である。
つまり私は、自分の誕生日、ちょっと小洒落たレストランの席で夫に「もうちょっと便所をキレイに使え」などと言われてしまうのである。
正直、その後はナニを食っても砂の味である。今言わなくてもいいじゃないかと思うのだが、そういう時しか言えないから言うのだ。
夫は小言の少ない人だが、言う時は必ず心臓を仕留める人だ。
そしてその苦言はいつも正しい。よって私の「理想の奥様像」は、奥様以前に「人としてちゃんとすること」である。
隣に長谷部の幻覚を寝せている場合ではない。
Text/カレー沢薫
※2016年10月14日に「TOFUFU」で掲載しました