【24年秋ドラマ】『ベビエブ』12話を総括 未来を語り始めたZ世代の殺し屋コンビ
ちさまひロスに陥っている人も少なくないと思います。髙石あかり&伊澤彩織がダブル主演した深夜ドラマ『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』(テレビ東京系)が、11月20日に最終回を迎えました。ちさまひコンビが、映画界とテレビ界に残したものを振り返りたいと思います。
女の子の殺し屋コンビ、杉本ちさと(髙石あかり)と深川まひろ(伊澤彩織)が活躍するガールズアクションムービー『ベイビーわるきゅーれ』(2021年)は、低予算映画ながら関係者の予想を上回る大ロングランヒットを記録しました。『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』(2023年)、『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』(公開中)とシリーズ化され、ちさまひコンビのアクションはさらなる進化を遂げます。
過去の女性アクションものは、性的なシーンを見せ場にしたものがほとんどでした。露出度の高い衣装でのアクションを、ヒロインたちは強いられてきたわけです。そんな女性アクションの歴史を変えたという点でも、阪元裕吾監督が生み出した『ベビわる』は斬新でした。性的なサービスショットなしの、ちさまひのハイレベルなアクションにファンは魅了されたのです。
ちさまひコンビの仕事(殺人)の合間のゆる~いトークも、『ベビわる』の大きな魅力です。1996年生まれの阪元監督はシナリオライティングにも優れ、コロナ禍での派遣切りや雇い止めなどの辛酸を舐めさせられたZ世代の生きづらさ、働きづらさをコミカルかつ的確に捉えていました。
インディーズ映画から、まさかの地上波連続ドラマ化という驚異の大進化を遂げたのが、今年9月から始まった『ベビエブ』こと『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』です。シリーズ前半戦の「風林火山編」では老害と化した伝説の殺し屋(本田博太郎)をめぐる悲喜劇、シリーズ後半戦の「ジョブ・ローテーション編」ではコンビを解消したちさまひがそれぞれモラトリアム期を卒業し、大人として自立する姿が描かれました。
Z世代の社会派ブラックコメディとして楽しめた上に、第6話でのちさまひvs.夏目(草川拓弥)、第11話のちさまひvs.山下(後藤剛範)の格闘シーンは、地上波ドラマではお目にかかれないハイクオリティーなものでした。限られた日数と環境の中で最大限の結果を見せた、園村健介アクション監督らアクション部の貢献を讃えたいと思います。
髙石あかり&伊澤彩織と劇場版三部作で培った信頼関係も大きかったのでしょう。せっかく育まれたアクションチームなので、阪元監督だけでなく、テレビ東京もぜひ新しい企画を考えて欲しいところです。
焼きそばを食べながら、これからを語り合うちさまひ
最終回となった『ベビエブ』第12話「未来の話も二人でなら」。悪質なやり方で業績を上げてきた殺し屋協会の営業部を、ちさまひコンビの放った怒りの銃弾が全滅へと追い込みました。永遠の愛を誓った2人は心中覚悟でカチコミしたのですが、まひろの上司だった監査部の日野(柄本時生)が後始末を請け負い、ちさまひは生き延びることができました。
焼きそばを食べながら、ちさまひがこれからについて語り合うシーンが印象的でした。阪元監督が『ベビエブ』に込めた心情が集約された場面だったように思います。
ちさとは「昔から未来の話をするのが怖かった」とまひろに打ち明けます。建設中のマンションの「完成予定は××年」という表示を見て、「私はそれまで生きているのかなぁ」などと習慣的に考えていたそうです。不安定な社会状況では、自分の将来を落ち着いて考えることもままならず、目先のことだけに意識が集中しがちです。ちさと、まひろが殺し屋業という刺激的だけど、明日をも知れない職業に就いたのも、そんな社会的背景があったからでしょう。
今までは自分が思っていることを口にすることのなかったまひろが、ちさとに対してはっきりと返答します。「(2人の未来の話を)しようよ。来年の夏の話もしよう。再来年の話もしよう。予定でいっぱいにしちゃおう」と。「ジョブ・ローテーション編」に入ってからのまひろの成長ぶりはすごいものがあります。「自分はコミュ障だ」という殻に閉じ篭もっていたまひろは、自分の考えを主張し、自分から行動するようになりました。
ちさともまひろも、それまでの刹那的な生き方を改め、愛すべきパートナーとの日常生活を重視することになります。大きな心境の変化です。上映時間58分ながら、興収20億円ごえの大ヒットとなった劇場アニメ『ルックバック』(Amazon Primeにて配信中)と共に、2024年を象徴するシスターフッドものになったのではないでしょうか。
アルバイト感覚で人殺し業に従事してきたちさまひコンビですが、「新しい戦前」と呼ばれるほど現実社会はますます酷い状況となり、闇バイトが横行し、目先の大金に釣られた犯罪事件が多発しています。世界情勢も混沌としたままですが、ちさまひは自分たちを意識的に変えていき、将来について考えるようになります。親ガチャ、国ガチャ、時代ガチャのせいにしていては、いつまでも自分自身の進むべき道は始まらないからです。
その第一歩が、自分らで身辺調査を行った上で、社員を自殺に追い込んだパワハラ社長(浜野謙太)をあの世送りにするという新規案件でした。まひろの監査部、ちさとの営業部での体験が役立ちました。これまでの請負仕事に比べ、時間はかかり、収入は減りますが、自分たちが納得した上で、悪いヤツをぶっ殺すことができます。現代の「必殺仕事人」の誕生です。まさかの大団円で『ベビエブ』はフィナーレを迎えることになりました。
第7話以降、ちさまひの2人にはずっと「死亡フラグ」が立った状態でした。スーザン・サランドンとジーナ・ディビスが共演したハリウッド映画『テルマ&ルイーズ』(1991年)のような衝撃的なエンディングになることを予測した人もいたでしょう。阪元監督も悩んだと思います。『テルマ&ルイーズ』やタランティーノ脚本作『トゥルー・ロマンス』(1993年)の本来のエンディングのような終わり方にすれば、ドラマ史に永遠に残る伝説にちさまひコンビはなっていたはずです。
でも、阪元監督はちさまひを伝説にすることよりも、日常生活を生きるという道を選びました。まひろが「粛清さん」こと日野に「生きていてほしい」と伝えたように、阪元監督もちさまひに「生きていてほしい」と脚本を書きながら願ったんだと思います。
髙石あかりは2025年後期NHK朝ドラ『ばけばけ』のヒロインに選ばれ、伊澤彩織は俳優として出演した音楽映画『ザ・ゲスイドウズ』が来年2月に公開されることが決まっています。2人が再びコンビを組む機会は当分先になるでしょうが、さらに成長した2人が再共演するための場所、安心して戻ってくることができるホームグラウンドとして『ベビわる』の世界を終わらせなかったのかもしれません。
回収されなかった伏線と予告された続編
全12話で描かれた『ベビエブ』ですが、1本の放映時間が26分だったこともあり、TVシリーズでは回収できなかった伏線も残っています。ちさとの実家で完全休日を過ごした第7話で、今度はちさとがまひろの実家を訪ねるという約束です。格闘スキルに優れたまひろに多大な影響を与えた深川一家の物語は、それだけで充分一本の映画になりそうです。
最終話に登場し、日野を「粛清粛清」した常岡(山口祥行)とちさまひとの決着戦は、『ベビわる』ファンなら誰もが期待しているはずです。オリジナルビデオシリーズ『日本統一』で人気の山口祥行を最終回に登場させたのは、『ベビわる』続編の可能性があることを、阪元監督が示唆したものと思っていいんじゃないでしょうか。その際は、現在も池袋シネマ・ロサなどでロングラン公開中の『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』で入鹿みなみ役を好演した前田敦子がどう絡むのかも楽しみです。
2025年3月に『ベビエブ』ブルーレイ&DVDボックスがリリースされることが発表されていますが、願うならば「風林火山編」「ジョブ・ローテーション編」を再編集した上で二本立て上映してほしいところです。そして、『ベビわる』完結編もぜひ劇場公開してほしいと、ファンは願っています。
完結編のちさまひはどんなアクションを見せ、どんな関係性になっているのか。そんな未来をファンたちが語り合い、日常生活を送ることができれば最高じゃないですかね。