「降りろバカヤロー」停車中に中国人男性2人に囲まれてパニック急発進。殺人未遂に問われた被告人の真相

「ヤクザか半グレなのかなと。早くここから去りたいと思っていました」

 法廷でそう語ったのは、殺人未遂・傷害の罪に問われた被告人A(28歳男性)。Aは、東京都大田区内の幹線道路で、交通トラブルになった30代で中国人男性のBさんをボンネットに乗せて176メートル走行し、転落させて逃走。さらに、同じく30代で中国人男性のCさんにも車を衝突させたとされている。

 事件当時、Aは交通トラブルに発展していると気づかず、赤信号で停車中に中国人の男性2名から「降りろ」などと迫られたことで「仲間同士のヤクザ」だと思い込み、パニックになってしまって犯行に……。だが、2名の男性はお互いに顔見知りではない、赤の他人だったのだ。

◆被告人の“車線変更”が事件のきっかけに

 10月15日から東京地裁(江口和伸裁判長)で始まった裁判員裁判は、同月18日の第4回公判で論告・弁論が行われた。法廷に現れたAはスーツ姿で小柄、ごく普通の20代男性で緊張している面持ちであった。

 事件は、2024年1月25日午後7時50分頃、羽田空港付近の幹線道路で発生。この日、Aはフランスでの出張から帰国する彼女を迎えに行くために羽田空港へ車で向かっており、その最中に事件が起きた。

 検察側の冒頭陳述によると、事件の発端はAの車線変更をめぐる交通トラブルだという。現場は、交通量の多い3車線道路。Bさんの車が中央車線を走行していたところに、右車線を走行していたAの車が車間距離を十分に取らずに車線変更したとされている。

 BさんがAの車を避けようと左にハンドルを切ったところ、路上で駐車していたCさんの車のドアミラーと接触。BさんはAの車を追跡し、CさんもBさんの車を追うように走行した。

 Bさんの車はAの車の前に入り込むなどしたが、Aは隙間を抜けてアクセルを踏んだ。その後、赤信号で止まったところで、Bさん、Cさんの車が後に続いて停車。Bさんは車から降りて、Aがいる運転席側にまわり、降りてくるよう説得しながらドアノブを数回ひいたり窓を叩いたというが、Aは応じなかった。

 その数秒後、今度はCさんが車から降りてきて、同じようにドアノブをひいたり、窓を叩いたりしたものの、Aが降りる様子がなかったことから、中央分離帯に移動して110番通報をした。

◆Bさんをボンネットに乗り上げて176メートル走行

 そしてBさんは、Aの車を発進させまいとフロント部分に移動。青信号に変わり、AはBさんを避けながら発進しようと、左にハンドルを切った。だが、Bさんは瞬時に左側へ移動。そこで、Aは右にハンドルを切ったところ、突然制止しようと中央分離帯から飛び出してきたCさんに衝突したのだ。

 Cさんに衝突した直後、Bさんにも衝突。Bさんがボンネット上にうつ伏せの状態で身を乗り上げたまま、176メートルも走行したところで、転落。この時、最大で時速約64kmものスピードだったという。そのまま、Aの車は走り去っていった。

 これよって、Bさんは右ひざを骨折するなどの全治2か月の重傷。Cさんも、左ひざを打撲するなど全治1週間の傷を負った。検察側は、AがBさんに対して殺意をもって車を発進させたとする殺人未遂と、Cさんに対する傷害罪で起訴。

 しかし、Aは起訴内容の一部を否認。弁護側も、Aは交通トラブルになっていたことに気づかず、Bさんらは事件当時「降りろ」など威迫してきたことから、被告人が「ヤクザ」などと勘違いし自身を防衛しようしたところ、誤って過剰な防衛行為をしてしまった「誤想過剰防衛」で減刑を主張した。

 一方で、検察側は冒頭陳述で、Bさんらは「Aを威迫するほどの大声を発してはいない」と述べた。

◆ドライブレコーダーには被害者の怒号も…

 だが、筆者は被害者のどちらかが大声で「降りろ、バカヤロー」と言っていたのをはっきりと耳にした。

 それは、初公判での証拠調べの時だ。証拠として、中央車線に停まっていたタクシーのドライブレコーダー映像が提出され、法廷内の大型モニターに映し出された。

 そのドラレコ映像には、右車線に赤信号で停まっているAの車と、その後ろに続いてBさんとCさんの車が停車。停車してすぐ、BさんがAの車の運転席側にまわってドアをガチャガチャ、「降りろ、バカヤロー」という声が聞こえた。数秒後、Cさんも運転席側にまわってドアノブを引いていた。

 なお、ドラレコ映像の最後には、Bさんをボンネットに乗せたAの車が逃げ去る様子も。タクシーの車内から「なにアイツ、気狂ってんの」という男の声が聞こえ、まさに映画のワンシーンのようだった。

◆Cさんは被告人を「薬物を使った人なのかと…」

 第2回・第3回公判では、検察側が請求したBさんとCさん、目撃者Eさんの証人尋問が行われた。

 BさんはAに対して「降りろ、とは言っていない」と証言。さらには、事故があったことを説明して車から降りるように説得していたという。

「私は、日本語で『事故が起きましたので降りて下さい』と言いました」

 Cさんも「降りろ」などと命令する言葉を発していないといい、Aは横に手をふって降りないというジェスチャーをしていたと語る。事故当時はAの不審な挙動から、「私は、お酒を飲んだ人なのか、薬物を使った人なのだろうと思いました」とも振り返った。

 これに反して、Aらの隣の車線で事件を目撃していたEさんは、当時のBさんの様子を「少し怒ったような口調だったと思います」と証言。

 終始怒っている様子ではなかったようだが、「窓を開けろ」と大きな声を出していたこともあったとも述べた。

◆被告人はBさんを「ヤクザか半グレなのかなと…」

 第4回公判では、Aの被告人質問が行われた。弁護人は「Bさんが車から降りてきて、どう思った」と質問すると、Aは「とにかく怖かったです」と回答。

 そして、Bさんに窓ガラスを叩かれたため、Aは「次から気をつけます」と言いながら謝るジェスチャーをしたという。ただ、Bさんは怒鳴り続けて前にまわってきたとのこと。

 続けて弁護人は「その人のことはどう見えたか」と聞くと、Aは「ヤクザか半グレなのかなと思いました」と振り返った。

◆Cさんについては「気づかなかった」と主張

 検察側は、交通トラブルの原因を、Aの車線変更の時にBさんの車にぶつかったことだと指摘する。だが、Aはクラクションは鳴らされたものの、衝撃はなにもなかったと話す。

 さらにAは、Cさんを“Bさんの車の同乗者”だと思っており、110番通報していた姿を見て「仲間を呼んでいる」と思い込んでしまったという。パニックになったAは、ボンネットを叩くBさんを避けようとハンドルを切ったが衝突。AはBさんをボンネットに乗せたままアクセルを踏んでしまったのだ。気づいた頃には、Bさんはボンネット上から姿を消していたという。

 他方で、Cさんが逃げようとしたAの車を阻止しようと飛び出してきたことは「パニック状態で気づかなかった」と主張。Bさんを落下させ、そのまま逃走し、羽田空港で彼女と合流した。

◆Bさんの行動には「暴力の危険性」があったのか

 偶然にも中国人同士だからか、「ヤクザ仲間」だと思い込んでしまったA。検察側は、犯行の危険性などを考慮し、懲役7年を求刑。

 一方、弁護側はBさんがAの車線変更の時にアクセル踏んだ可能性を指摘。Bさんの行動には、暴力の危険性が差し迫っていたとして「誤想過剰防衛」を適用し、示談が成立していることなどから、懲役3年執行猶予5年が相当だと結語。Cさんについては飛び出してくることは予想できないとして無罪を主張した。

 次回、10月29日午後3時から判決が予定されている。

文/学生傍聴人

【学生傍聴人】

2002年生まれ、都内某私立大に在籍中の現役学生。趣味は御神輿を担ぐこと。高校生の頃から裁判傍聴にハマり、傍聴歴6年、傍聴総数900件以上。有名事件から万引き事件、民事裁判など幅広く傍聴する雑食系マニア。その他、裁判記録の閲覧や行政文書の開示請求も行っている。

2024/10/29 8:53

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