“一般家庭”から「超エリート進学校」に進んだ女性が感じた格差の正体「イジメられすらしない」

 打ち解けやすい空気を纏う女性だと思った。色白で華奢な四肢をややせわしなく動かし、笑顔を絶やさずこちらに思いを伝えてくる。渋谷の人気店「道玄坂クリスタル」に所属する、わかなさんだ。親しみを演出しているのではなく、奥底から人とのつながりを渇望しているように感じられる。

 わかなさんは、中学受験における圧倒的な強者。難関入試を突破し、超のつく名門校の扉をこじ開けた。偏差値表の遥か高みにのぼり詰めた彼女だが、「常に心は不安定だった」と振り返る。両親はともに国立大学卒で、大企業勤務の父親と教職を修めたインテリ専業主婦の母親。何不自由ないかに思われる家庭に巣食う病巣の正体とは――。

◆母が病に倒れ、家庭が崩壊していった

 わかなさんが育った家庭は、肩書だけで判断するなら模範的とさえ思える。だが、わかなさんは力なく微笑んで首を振る。

「家族の歯車が狂い始めたのは、私が3、4歳以降だったと記憶しています。母が脳の病気で手術を余儀なくされ、長期入院をしました。父は勤め人ですから、私と妹を見る人手が必要です。幸い、親戚が協力してくれましたが、より幼い妹のケアに注力するため、私には子ども用の学習ドリルが与えられていました。『勉強させておけば大人しくなる』と思われていたらしく、実際私も思考するのは好きだったのだと思います」

 わかなさんの両親は単なるインテリではない。それぞれ、モデル業、ミスコン出場を経験した華やかさもある。だが脳に障害を負った母親と対峙した父親は、現実を受け入れることができなかった。

「当たり前ですが、退院した母は以前とは別人のようになってしまいました。言語障害が残り、医師からリハビリ用に渡されたドリルは小学生用のものでしたが、それすら満足にできず『死にたい』とよく泣いていました。外見も、手術痕を隠すためのバンダナをずっと巻いていた印象が強いですね。

 父も精神的に追い込まれ、聴力の一部を失い、入院までしてしまいました。そのころから怒りっぽくなり、しばしば言うことを聞かない妹を殴るなどしていました。妹が流血したのをみて、当時小学校低学年くらいだった私が救急車を呼んだのを覚えています。私も数回程度ですが、父には殴られました。かつて愛した母の姿ではなくなってしまったことで、父が壊れていくのがわかりました」

◆成績優秀も、イジメの対象に…

 幼いわかなさんにとって、家族が瓦解していくのは辛かっただろう。だが一方で、逃げ場となるはずの学校も居心地の良いものではなかった。

「就学前は特に母とずっと一緒にいましたので、言語障害のある彼女のイントネーションが移ってしまい、同級生たちのからかいの対象になりました。おまけに私は鈍臭くて運動神経が悪く、運動会などでしばしば足を引っ張ってしまうくせに、学校のペーパーテストの成績だけは常にトップでしたから、イジメはどんどんエスカレートしていきました。机をわざと離す、バイキン扱いをされる、私物を捨てられたり隠されたりする、掃除当番を全部ひとりでやらされる――集団リンチを受けたこともありましたね」

◆「超エリート進学校」を目指した理由は…

 このあたりから地元の公立小学校に見切りをつけ、わかなさんは中学受験を志す。

「小学生なのにどこか俯瞰的に見ていて、『集団というのは、誰かを排斥の対象にしないといけないから、イジメられているのは仕方ないや』と思っていました。同時に、地元とは別の中学校へ通いたいと考えたんです。小学校4年生のとき、父親に土下座をして『クラスが1回でも落ちたら即退塾で構わないので中学受験に挑戦させてください』と申し出ました。結果的に約束を反故にせず、志望校にも合格することができました」

 誰もが憧れる超エリート進学校への切符を手に入れたわかなさんだが、そこに求めたのは意外なものだった。

「ただ純粋に、友達がほしかったんです。将来的に得られるであろういい大学も給料のいい企業も、興味がありませんでした。公立小学校で散々イジメの標的にされ、結局誰とも仲良くなれずに卒業した私には、『環境を変えることによって友達ができるのではないか』という期待があったんです」

◆「母がスーパーで働いていること」を驚かれた

 だが一縷の望みは、思いもよらない方向への絶望感に直結していた。

「進学先には、さまざまな有名文化人の子どもがいました。その子たちが、学力はもちろん、そもそもの家庭環境において段違いに恵まれているのを目の当たりにしました。『この前、◯◯さんのお父さんがテレビでコメントしてたね』程度のことは、大きく取り扱うほどではない、ただの日常会話です。

 たとえば私の母は脳に障害を負いながらも、スーパーで軽作業をしていましたが、緊急連絡先に母の勤め先を記入したところ、同級生が目を丸くして『お母さん、スーパー……で働いているの?』と聞いてきたのが印象的です。簡単に言うと、住む世界が違うんですよね。

 正直、これまで公立小学校でどんなに馬鹿にされてきても、『自分がもっとも勉強ができる』という揺るがないアイデンティティがありました。でも入学した学校では決して学力でトップには立てないんですよ。拠り所を失って、気持ちが沈んでしまいました」

◆同級生の裏アカに書き込まれていたのは…

 抗いようのない格差をはっきりと意識したわかなさんに、こんな追い打ちが待っていた。

「中学校の友人からは、イジメられることはありませんでした。ただ、あるとき、SNSの裏アカウントを発見してしまったんです。そこには、私の母が障害者であることを知っている子たちが『あの子は可哀想な状況の子だから、いじめたりしないで、仲良くしてあげようね』と書き込んでいました。私は、何もかもを持っている同級生たちから“仲良くしてもらう”側の人間で、憐憫の対象になっているんだなと悲しく感じました。友達がほしいと思ってハイレベルな学校を目指したのに、そこの住人たちからはイジメられすらしないんです」

 ハイソサエティな同級生たちの無自覚な“洗礼”を受け、わかなさんの心は病んでいった。

「中学1年生で心療内科を受診し、うつ病と診断されました。学校も休みがちになり、徐々に体重減少などの身体的な変化も出てきて学校も休みがちになり、教師から心配されるようになりました。当の私は、希死念慮が強くなっていき将来が見通せないなかで、大卒の教師や院卒の臨床心理士からどんなに心配されても、『将来に疑問も持たずに生きてきたであろう人たちに、自分の気持ちは理解してもらえない』と頑なになっていきました。破滅的な願望がどんどん強くなっていくんです。もはや生きることに執着はありませんでした」

◆「精神科病院への入院」はむしろ…

 高校時代以降、わかなさんには精神科病院への入退院を繰り返した時期がある。

「家庭は相変わらずの状態でした。昔から父と母が喧嘩になると包丁が出てきたりするんです。むしろ、母との関係について言えば、思うように回復していかない苛立ちを母からぶつけられることによって、険悪さを増していきました。そのとき、家庭に安らぎの場がなかったことに気づいたんです。このころになると、オーバードーズ(薬剤の多量摂取)が原因で精神科病院へ入院させられることもありました。一方で、精神科病院への入院は、私にとって家族から離れる時間をもたらしてくれたように現在では思います」

 その後、大学を経て社会人生活に突入するが、わかなさんは突如として性の業界に足を踏み入れる。突飛にも思えるこの行動は、こんな経験に基づくものだった。

「家庭にも学校にも居場所がなくて、かといってオフィシャルのカウンセラーをやっているような“立派な大人”とは話したくもなかった学生時代、アプリを使ってたくさんの男性と出会いました。どの方も、私よりも少しだけ社会を知っているような年代です。必ずしも道徳的ではないそうした人たちに話を聞いてもらうことで、ちょっとずつ生き延びてきた感じがするんですよね」

◆今の仕事は本当に楽しい「一番幸せかも」

 わかなさんは現在、プロとして数年のキャリアをようやく築いたところ。仕事について、こう振り返る。

「さまざまな鬱屈を抱えて生きる実社会の私では、言いたいことを口にできない局面をたくさん経験しました。けれどもお店で”わかなちゃん”という源氏名を与えられて、個室で男女2人、何も纏うことなく向かい合うことによって、ようやく心底の部分を打ち明ける“友達”になれるようにさえ思うんです。要するに、私にとって“匿名性”なんです。この仕事は本当に楽しいですよ。プレイ時間は単にお客様に性的快楽を与えるだけの時間ではなく、自分という人間を知ってもらい、お客様の核心に触れられる大切な時間なんです。もしかすると、今が一番幸せなのではないかと思えるほどに」

 プレイルームにいる裸の男女は互いに本名さえ知らない。それでも時折、誰にも打ち明けられなかった心の裡からぽつりと本音を交換し合う。

“友達”に焦がれ、叶わなかった学生時代。超越的な名門校を出て、性を生業にしていることを人は転落と呼び蔑むかもしれない。善良で行儀よく、上品に生きてきた自負のある人種からは顔をしかめられる行為によって、わかなさんは生かされている。だがその行為は、身体ではなく、孤独を埋め合わせる祈りに近い、途方もなく重い意味を帯びている。

<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】

ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

2024/10/15 8:53

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