俳優・前田吟【人間力】インタビュー「渥美清さんを近くでずっと見てきたから、“自然でいる”という生き方をしている」
去年の6月に再婚したんです。老後はこっそり生きていきたかったんだけど、ついついこういうことになっちゃってね(笑)。
妻……というのも気恥ずかしいですが、箱崎幸子という歌手に初めて会ったのは、忘れもしない昨年の成人の日。20年ぶりにフラリと入ったスナックに、たまたま彼女も来ていたんです。二言三言しゃべって、帰り際に彼女のCDをもらって……それだけだったんですよ、そのときは。
それから何日かして、CDを聴いてみたら、とてもいい声だったんですよ。それでどんどん会いたくなって来ちゃってね。知人を通して連絡先を手に入れたんです。
それで3月26日に初デート。僕は、NHKで『正直不動産』というドラマの撮影があって、彼女も用事があって上京するというので、渋谷で待ち合わせをしました。
撮影の休憩時間に、ドラマの共演者から「どうしてそんなにソワソワしているんですか?」って聞かれて「実はこの後、デートなんだよ」って言ったら、大騒ぎになっちゃった(笑)。「雰囲気があるレストランがいいんじゃないですか」なんて言ってくれたりね。
結局は、ハチ公前で待ち合わせして、彼女が地元に帰る最終電車が出るまで、山手線をぐるぐるまわりながら、いろんな話をしました。
そんなこんなでおつきあいが始まり、その3か月後には結婚したわけです。でも、甘い新婚生活どころか、歌の練習三昧の日々。というのも、彼女とのデュエットソングを発売することになったんです。
若い頃に何枚かレコードを出したことはあるけど、それ以来、何十年もカラオケすら行ってない。声の出し方から妻の指導を受けて、どうにかレコーディングにこぎ着けました。
歌手が歌う歌と、役者が歌う歌には、絶対的な違いがあります。
■僕のこういった生き方は、渥美清さんをずっと見てきたからかもしれません
役者のは、テクニックじゃなくて、表現力で聞かせる歌なんです。だから20〜30人くらいの前でなら、うまく歌える。ところが、コンサートホールで2000人の前で歌えるかというと、無理。顔の表情が見えないところでは、役者は聴かせる歌が歌えないんですよ。もちろん、できる役者もまれにいるけど、僕にはできませんね。
役者としては、本当にたくさんの作品をやらせてもらいました。1本1本が無我夢中で、だからこそ1本1本を思い返すことはあまりないんです。一生懸命にやり終えたら、次の作品に向かってきたからね。
尊敬する監督、素晴らしい俳優の方々とたくさん仕事をさせてもらってきました。でも、そんな方々に自分から近づいていくようなことはしないように心がけて……いや違うな、心がけるということをしないようにしてきました。ややこしいけど(笑)。
影響を受けたいと思った方はたくさんいますよ。たとえば、志村けんさんは大好きな俳優さんの一人ですが、一度もお話をしたことがありません。高倉健さんとも、映画『八甲田山』の撮影で3年間くらいご一緒しましたが、僕のほうから話しかけることはしませんでした。
僕のこういった生き方は、渥美清さんをずっと見てきたからかもしれません。渥美さんは仕事とプライベートの間にキッチリと線を引く方で、亡くなったときに、仕事関係者が誰もご自宅を知らなかったというのは有名な話です。
僕は渥美さんほど分けているわけではありませんけど、何ごとも自然でいたいとは思っています。
健康のことにしたって、そう。自分の体の弱いところは知っているけど、自然に任せています。「健康法」なんかやったらダメ。なるようになる。自分は運の強い人間だと信じているんです。
言ってみれば、きっと“わがままに生きている”ってことだよね。これからもそうやって年を重ねていきたいと思っています。
前田吟(まえだ・ぎん)
1944年2月21日生まれ。山口県出身。1964年に俳優デビュー。1969年公開の映画『男はつらいよ』に出演。以降、シリーズ50作すべてに出演する。その他、NHK大河ドラマ、連続テレビ小説をはじめ、数多くの映画やドラマで活躍している。