防衛費の引き上げ、“喫緊の危機”にもかかわらず「5年以内」のおかしさ/倉山満

―[言論ストロングスタイル]―

◆ウクライナが軍事侵攻された二つの理由

 隣国、しかも核保有国が、侵略を始めた。ならば我々の採る方策は一つ。今のうちに備えるのみだ。

 なぜウクライナは軍事侵攻されたのか。理由は二つある。一つは、元をたどればソ連崩壊の後、核放棄に合意したからだ。

 国際社会の常識は、核を放棄すれば何をされるかわからない。イラクのサダム・フセインも、リビアのカダフィーも、核を持たない者は非業の最期を遂げた。一方で北朝鮮の金正日は核武装に成功。天寿を全うした。

 第二に、ウクライナには、頼れる同盟国がなかった。ソ連崩壊後、アメリカを盟主とするNATOは東方に拡大、ロシアと国境を接するバルト三国やポーランドまでが加盟した。NATOの東方拡大はロシアにとって圧迫以外の何物でもない。逆に、米英仏独のNATO指導国は、好き好んで拡大した訳ではない。ロシアを怖がる小国が、NATOに安全保障を求めて入りたかっただけだ。しかし、最前線のウクライナだけは「盾」のような格好にされた。

◆GDPの9%を防衛費に投じ、防衛努力を行ったウクライナ

 ロシアはウクライナを国と思っていない。自分の手下くらいの扱いだ。そのウクライナが自分の支配を逃れてNATOにすり寄ろうとする。

 ’14年には、ロシアはウクライナからクリミアを奪い、東部のドンバス地方を独立させた。

 ロシアが人の国を奪い、勝手に独立させても世界のほとんどの国は相手にしない。しかし、ウラジーミル・プーチンは気にしない。

 これに怒ったウクライナは、GDPの9%までかけて防衛費に投じ、防衛努力を行った。単なる努力ではない。ロシアに切り離された東部地方では、慢性的に抗争が続いていた。

 米英を中心としたNATO諸国の援助を招き入れ、彼らの指揮の下で、復讐に備えて訓練を続けていた。有事の徴兵制も導入した。

 つまり、ウクライナは敗れた後、国家意思を示したのだ。

◆本気でロシアと戦う気だった主要国はイギリスくらいか

 そうして今次ウクライナ事変。ロシアが大規模動員をかけているのに、NATOのほとんどの国はやる気が無かった。特に、仏独の他人事ぶりは惨かった。アメリカは軍がマトモでも、大統領がポンコツだ。本気でロシアと戦う気だったのはイギリス、それにロシアの脅威に直面する小国くらいか。事実、「英米は表立って一緒に戦う」以外のあらゆる支援を行っている。

 しかし、いざ戦いが始まると、ウクライナは予想外の善戦だ。多勢に無勢でありながら、首都を守り切った。特にゼレンスキー大統領は亡命を拒否、暗殺の危機を逃れながら、戦闘初日に「自分はキーウを離れない!」と宣言、見事にロシア軍を完全撤退させた。ゼレンスキーの身辺警護をイギリスの特殊部隊(SAS)がしているらしい。先日、ジョンソン首相がキーウを電撃訪問したが、戦勝祝いの訪問か。

◆「有事に誰の命令で戦うか」を決めるのが国政選挙

 もし日本がウクライナと同じ状況になった時、首相が「自分は東京で死ぬ! 男は全員、武器を持って戦え!」と宣言する未来を想像できるか? 国政選挙とは、「殺し合いになった時に、誰の命令で戦うか」を決める選挙なのだ。

 しかし、ウクライナのようにならないに越したことはない。では、どうするか?

 軍事予算を増やすことだ。さっそくドイツが、「来年から毎年、防衛費をGDP2%にする」と宣言した。これまでかたくなに1.5%だったのに。よりによって、社民党政権のショルツ首相によって。当然、野党の保守勢力は賛成する。足りない分は国債を刷り、基金を創設して賄う。しかも「糧食費などにつかってはならない」と条件まで付けて。つまり、「武器を買うための金だ」との念押しだ。ドイツは「これで我々は貧乏になるかもしれないが、世界第3位の軍事大国になる」との国家意思を示した。予算とは国家の意思なのだ。

◆「5年以内にGDP2%」? “喫緊の危機”なのに?

 負けじとイギリスは、今までの2%から2.5%に引き上げるそうだ。

 軍事費は額だけ多くても意味はないが、軍事費だけでも3位になる。イギリスやドイツにとって世界3位の軍事大国になると、金の使い道さえ間違えなければ、ロシアに対抗できる。いわば、合格最高点なのだ。

 さて、我が国だ。平和ボケの自民党も、「5年以内に2%」と提言した。「あのドイツすら目覚めた」まで付言して。さすがに失礼だろ? ドイツは即座にだ。日本の与党ボケ政党のように、「5年以内に」などと、寝言は言っていない。しかも「喫緊の危機が迫っている」としながら、なぜか5年間は大丈夫な設定になっている。理由など、あるはずがない。自民党の提言は、これまでの議論の積み上げで、かなりまとまっている。しかし、予算の裏付けが無い事業計画など何の価値も無い。

◆「なぜドイツが今すぐなのに、日本は5年以内なのか」

 こうした動きに、いつもの野党とパヨクマスコミが「防衛費を増やすなんてやめろ」「周辺諸国を刺激するな」「軍事より外交だ」などと先祖返りしたタワゴトをほざいている。

 そんな連中は無視だ。ここで「寝言とタワゴトのどっちがマシか」などとヌルい議論をしている場合ではない。

 国民が問うべきは、「なぜドイツが今すぐなのに、日本は5年以内なのか」を与党に糺すことだ。ロシアはドイツにとっても日本にとっても正面の脅威。国際環境の悪化は同じなのだから。

 では、自民党の提言は、実現するのか。極めて心もとない。これを政府の意思とするには、財務省が関門だ。さっそくイチャモンが流れ始めている。「ウクライナでは、戦車がジャベリンに撃破されている。ならば費用対効果が悪い戦車はやめて、ジャベリンにしよう」等々。そのウクライナがNATOに「戦車をくれ」と悲鳴を上げている事実を無視して、戦車不要論を振りかざす。防衛予算の査定など、一事が万事この調子だ。

◆GDP2%など合格最低点。3%でも足りない

 確かに、請求の根拠を一つ一つ挙げねば予算はつかないのだが、総額で「来年からGDP2%」のように決めておかないと、よくできた作文も片っ端から各個撃破されて跡形もなくなる。過去はそうだった。

 アメリカが過半数のエネルギーをウクライナに割いている以上、日本は自力で国を守らねばならない。日本は世界3位の軍事大国になっても、両隣が1位と2位、アメリカと中国だ。2%など合格最低点。3%でも足りないくらいだ。

 日米安保条約があるからと、安心できる状況にはない。「大国に戻る」との国家意思を示す時だ。

―[言論ストロングスタイル]―

【倉山 満】

’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、「倉山塾」では塾長として、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交についてなど幅広く学びの場を提供している。著書にベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』のほか、9月29日に『嘘だらけの池田勇人』を発売

2022/5/16 8:52

この記事のみんなのコメント

1
  • 観音寺六角

    5/16 20:46

    予算増やしても装備品はどうする?という問題ではなく増やした事実が抑止力なんだよな🤔この場合。ロシアではやっとクーデターが始まったらしいがどうなるやら?皆の意見は投票で行っても異に反する意見が通ればどこも同じかもしれない…ここでも?😱

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