婚活中の27歳女に「一生不自由はさせない」と最高のオファーが…。

人間は「生まれながらに平等」である。

これは近代社会における、人権の根本的な考え方だ。

だが一方で”親ガチャ”が話題になっているように、人間は親や生まれる場所、育つ環境を選べない。

事実、親の年収が高いほど、子どもの学力が高いこともデータ(※)によって証明済みだ。

私たちは生きていくうえで、多くの「生まれながらに不平等」な場面に遭遇してしまう。

中流家庭出身の損保OL・若林楓(27)も、東京の婚活市場で、不平等さを数多く実感することに…。

(※)お茶の水女子大「保護者に対する調査の結果と学力等との関係の専門的な分析に関する調査研究」

▶前回:着飾っても、アヒルの子はアヒル。「東京出身のお嬢様」と言っていた女の、化けの皮が剥がれ落ちた瞬間


「楓さんは、結婚して地方に行く気はありますか?」

私は今、目の前にいる御曹司から究極の選択を迫られている。

今はリモートで、どこでも仕事ができる時代だ。しかも彼と一緒になれば、何の苦労もなく悠々自適に暮らせることは目に見えている。

でも果たして私は何を捨て、何を手に入れるという選択をすれば幸せになれるのだろうか…。



御曹司との出会いは、ある人からの紹介がキッカケだった。紹介とはいえ結構真剣なお見合いのような感じで、私の叔母が話を持ってきたのだ。

「楓ちゃんも、もう27歳でしょ?いまだに独り身だから、叔母ちゃんは心配で…」

「“まだ”27歳です!」と言い返したかったが何も言えず、私はとりあえず叔母が紹介してくれた人と会うことになった。

それが、知之さんだったのだ。

東京を選ぶのか、地方での豪華な暮らしを選ぶのか。女の幸せはどちらに?

地方の名家のお坊ちゃま


叔母に指定された「ホテルニューオータニ」のロビーへ向かうと、先に到着していた彼女が、私を見つけた途端嬉しそうに手を振ってきた。

叔母の隣には、少し細身でメガネをかけた男性が立っている。

「こちら知之さん。学生時代の友人の息子さんで、今は大分で家業を継いでるの。すごいお家なのよ〜。そして、こちらが私の姪の楓ちゃんです。東京で働いているんだけど、まだ独り身で」

― 独り身じゃなかったら、今ここにいないでしょ!

そう思いながらも、私は紹介された知之さんに向かって笑顔を作る。

今日の私は、いかにも男性ウケしそうなオフホワイトの膝下丈ワンピースに、ヌーディーなベージュのパンプス。ここ最近していなかった“お嬢様ルック”だ。

そんな私をまぶしそうに見つめる彼。その視線を感じながら、直感的に悪い人ではなさそうだなと悟る。

「じゃあ、堅苦しいのはアレだから。あとは若い2人で楽しんでね」

そう言うと、叔母はドタバタとどこかへ行ってしまった。残された私と知之さんは一瞬顔を見合わせ、お互い思わず笑ってしまう。

「立ち話もなんですし…。お茶でもいかがでしょうか?」
「はい、ぜひ」

こうして、私たちは美しい庭園を眺めながら『ガーデンラウンジ』でお茶することになったのだ。


「じゃあ知之さんは、東京の大学に通われていたんですね」
「はい。しばらく東京で働いていて、3年前に地元へ戻りました。ここだけの話、東京が楽しくて本当は戻りたくなかったんですけどね(笑)」

まるでいたずらっ子のように笑う知之さんの表情に、なぜだか胸が締め付けられる。

「地元に戻ってすぐ、親の会社に入りました。それで婚活しようかと思ったんですが、ただでさえ出会いが少ない田舎なのに、コロナのせいで誰とも知り合えなくなって…」

聞くところによると、現在32歳になる知之さんの実家は、代々続く有名な家らしい。製造業で財を成し、今では不動産から飲食まで手広く事業をされている、いわゆる“地方の名家”だった。

「楓さんは千葉ご出身でしたよね?」
「惜しい!私は埼玉出身です」
「あぁ。大変失礼致しました」

慌てて頭を下げる知之さんに、私も慌てて首を横に振る。

「いえいえ。そんなこと、どっちでもいいんです。千葉も埼玉も変わりませんから」

関東圏以外の人から見たら、同じように映るだろう。それに私も地元愛が強いわけでもない。なので本当に、そんなことはどちらでもよかった。

「楓さんは、いつから東京に住んでいるんですか?」
「私も大学からですよ」

そんな当たり障りのない会話を繰り広げていた私たちだが、急に知之さんが真顔になり、核心をついてきた。

「あの…。楓さんは、結婚して地方に行く気はありますか?」

咄嗟に、返事ができない自分がいた。

地方の名家の苦悩。東京にいたいけれど、それができない事情

家に縛られる“お坊ちゃま”のあがき


返事に困っていると、知之さんは優しく微笑んだ。

「すみません。会ってすぐにこんなこと言われても、困っちゃいますよね」
「いえいえ。そんなことないです」

嘘だった。どう答えればいいのか、わからなかったから。…そもそも自分がどうしたいのかさえ、よくわかっていなかった。

このまま東京にいて、中途半端な暮らしを続けたところで何を得られるのだろう。

27歳にもなると、自分のレベル感というものが嫌でもわかってくる。

微妙に手が届きそうで届かない、誰かのキラキラした暮らしぶりが、日々SNSやガールズトークで波のように襲ってくる。

彼女たちのようになりたいと、上を目指し続けるのは正直ツラい。東京にいると、知らぬ間に心にかすり傷が増えていくのだ。

それならば、のんびりした雰囲気で何のしがらみもない地方へ嫁ぐ。そして、その環境でカースト上位に食い込むほうが、実は幸せな気もする。

でも常にチャンスが転がっていて、夢のカケラがばら撒かれている東京から、離れる勇気もなかった。

「…楓さん?」

知之さんの言葉で、ハッと我に返る。

「こんなことを言うのも恥ずかしいですけど、もし一緒に来てくださるならば、もちろん一生不自由はさせません。仕事は辞めて家に入ってもらうことになりますけど、そのぶん大事にします」

これが東京住まいの人からだったら、なんと幸せなオファーなのかと、ふと考えてしまう。

友人が1人もいない九州に移り住み、私がそこで結婚生活を送っている姿は、どうしても想像できなかった。


「知之さんは、東京には戻られないんですか?」

大学も東京、しかも慶應だ。友人もこちらに多いだろう。それに先ほどから話を聞いていると、彼自身も東京に未練がありそうだ。

だが知之さんは、小さくため息をつきながら首を横に振った。

「それができればいいんですけどね…。ウチの場合は、無理だと思います。本社も大分にありますし、仕事もやっぱり九州がベースなので」
「そうなんですね…」

そう返事をするので精一杯だった。

きっと地元では有名な御一族で、家も大きく、いい暮らしをしているに違いない。けれども、彼の中にはずっと消せない東京への夢と憧れがある。

それならば何もかも捨てて、仮に親御さんがまだ地元にいようとも、身軽に好きな場所へ移住すればいいのかもしれない。でも、彼らにその自由はないのだ。

なぜなら土着の家を継がなければならず、地元を離れることは一生許されないから。

「僕ももっと、自由だったらよかったんですけどね…」

そう言って優しく微笑む知之さんの幸せを、私は願わずにはいられなかった。

土地に縛られ、自由に飛べる羽をもぎ取られた彼ら。

それはそれで、大変なのかもしれない。

― 家柄がいいわけでも、お金持ちでもないけど…。逆に“何も持っていない”私って、案外幸せなのかも。

窓から、柔らかな午後の日差しが差し込んでいる。日光に照らされて明るく染まる知之さんの髪を見つめながら、そんなことを改めて思ったのだ。


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“選ばれる”女が持っているもの

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