世帯年収3,600万円だと「子どもは認可園に入れず、インターに入れる余裕はない」
年収が上がるのに比例して、私たちはシアワセになれるのだろうか―?
ある調査によると、幸福度が最も高い年収・800万円(世帯年収1,600万円)までは満足度が上がっていくが、その後はゆるやかに逓減するという。
では実際のところ、どうなのか?
世帯年収3,600万の夫婦、外資系IT企業で働くケンタ(41)と日系金融機関で働く奈美(39)のリアルな生活を覗いてみよう。
◆これまでのあらすじ
夫・ケンタから引っ越しを提案された奈美。当初は引っ越しなど考えられないと思っていたものの、「息子の教育のために」という言葉に、心が揺らぎ始めて…。
▶前回:夫婦で300万円以上の所得税を納めても、認可外保育園しか入れず…。高所得サラリーマンの現実
vol.3 認可園が無理だったら、インターに入れればいい?
「じゃあ行ってくるね。ケンタ、翔平をよろしく!」
今日は土曜日。奈美は、出産を控えた大学時代からの友人の美貴とランチに行く約束をしている。
「了解、楽しんできて!俺らは『ミ・チョリパン』買って、代々木公園に行ってくるよ。それと、帰って来たら少し話せる?大事な話があるんだ…」
― えっ!大事な話って、翔平の教育のこと…?ずっと考えてるけど、どうするのがいいんだろう…?美貴にも相談しよう。
奈美が思いを巡らせながら歩くと、『ファイヤーキングカフェ』に到着した。
エスニック料理が中心で、広々とした居心地のいい店内が魅力の、言わずと知れた上原のランドマーク的なカフェ。富ヶ谷のマンションに夫と暮らす美貴との、定番のランチスポットだ。
「奈美、何か元気なくない?」
「バレた?ケンタに翔平の教育について考えてみてって言われて、悩んでるんだけど、答えが出なくて。今日も帰ったら大事な話があるって言われたし…」
そう返しながら、頼んでいた“青野菜と牛肉のフォー”に箸をつける。ダシがきいたスープに野菜がたっぷり入った、奈美のお気に入りの一皿だ。
お気に入りの店で友人と食事するのはやっぱりいいな、と考えていると美貴は思いがけない言葉を口にした。
子どもの幸せのためなら年間400万円は安いもの!?
「教育ね…。うちは年間400万円払う覚悟決めたよ!
0歳児からインターのプリスクール通わせるつもり。もちろん家計は楽じゃないけど、子どもの幸せのためなら安いものかな?って」
美貴はさらに続けた。
「奈美が言ってたように、そもそも認可園は入るの難しいんでしょ?
それに、私の周りでは『同じサービスに対して、支払う保育料が世帯ごとに異なるなんて納得いかないから、認可園は申し込まない』っていう人も結構いてさ、一理あるなって思って。
そういえば奈美も、インターの見学に行ったって言ってたよね?」
「うん、行ったよ。でも、いまいち決めきれなくて…」
インターナショナルスクールなど別次元だと思っていたが、奈美たちも手が届く世帯年収となった。
とはいえ、収入に限りがあることに変わりはない。今からそこまで教育にお金をかけるか?将来の学費として貯めるか?奈美たちは、決断できずにいたのだ。
「認可園には入りづらいし、インターに通わせられるほどお金に余裕がある訳ではない。だから悩んでるんだよね…」
奈美は、ため息をついた。
「状況はうちも全く同じだけどね。
前から聞きたかったんだけど、そもそも奈美は何で生後4ヶ月でフルタイム復職したの?翔平くんのシッター代だって結構するでしょ?」
食後のハーブティーを飲みながら、美貴は言った。
「マミートラックに乗せられるのが嫌だったから…」
「でもさ、いつまでも第一線ってキツくない?私は乗せてもらえるなら、乗りたいよ。うちら来年40歳だよ。この年齢までよく頑張ったと思うけど…。
それにね、うちはインターを考えつつも、『やっぱり “お受験”させた方がいいのかな?そのためには私が働いている時間なんてない』って焦ってるよ」
そう言った美貴は、大きくなったお腹をさすりながら苦笑いを浮かべた。美貴は外資金融勤務で、夫は総合商社勤務なのだ。
「目指すは、慶應幼稚舎?」
「そう。姪っ子が入学したから、うちの息子もって意識しちゃって…。奈美のところは、お受験は考えない?」
美貴自身は初等部から青山学院のお嬢様で、弟は幼稚舎から慶應。お受験には抵抗がないのだろう。
― うーん、ケンタと私が“福翁自伝”読んでるところ、想像つかないな…。
お受験は莫大な費用がかかると同時に、美貴の言う通り、親もかなりの時間を費やす必要がある。共働きサラリーマン世帯には、無謀ではないだろうか。
内心思い浮かんださまざまな言葉を飲み込み、奈美は言った。
「小学校はともかく、中学受験はするのかも?近所の公立小学校も、生徒の4割は中学受験するって。こうやって色々考え出すと疲れちゃうわけよ…」
「わかるけど、頑張るしかないよ。これまでだって、いい大学、いい会社、いい生活って上を目指してやってきたでしょ?子どもの教育だって同じだよ!」
そう言った美貴は、食後のハーブティーを飲み干した。
「そうだね、弱音吐いてる場合じゃない。でも、まず美貴は無事に出産することに専念してよね!」
ケンタの大事な話が気になった奈美は、美貴に別れを告げて家路を急ぐことにした。
奈美が絶句した、ケンタの考える引っ越し先とは…?
― うちもお受験、考えるべき…?
仕事で関わる都内近郊出身者の大半は、名門私立を卒業していて、子どももお受験をすると言っていた。
東京では、“名門私立への進学”が、子どもの幸せのための最適解ということだろうか?
帰り道でも奈美が考え込んでいると、すぐに自宅玄関に到着していた。
「ただいま!ケンタ、ありがとう」
「おかえり、楽しかった?帰りにママの大好物の『ナタ・デ・クリスチアノ』のエッグタルト、買ってきたよ」
翔平が、誇らしげに運んできた。
「奈美、翔平がお昼寝したら話そう」
◆
「翔平、寝たよ」
書斎にいるケンタに声をかけた。
すると、リビングに出てきたケンタは、奈美の想像を絶する言葉を発した。
「引越し先のことだけど、オレンジカウンティはどうかな?」
ケンタは、生まれ育った米国カリフォルニア州南部の郡を挙げた。
「家も、翔平のためにも良い環境をって考えたら、辿り着いたんだ。それで、米国法人に戻るのも良いかなって…」
― えっ??
海外で生活するなど考えたこともなかった奈美は、戸惑いを隠せない。
「私、仕事辞めるってことだよね?せめてニューヨークなら駐在員事務所があるから、現地採用してもらえるかもしれないんだけど…」
「奈美は、これを機に少しゆっくりしたらどうかな?」
「簡単に言わないでよ!」
「簡単になんて言ってないよ。じゃあさ、今後もずっと今の生活を続けていくことが、家族にとっての幸せだと思うの?
一緒にリモートワークして改めてわかったけど、奈美の仕事って相当激務だよな。ずっと頑張ってきたし、一度身体を休めるのも良いんじゃないかなって」
ケンタは、向こうに行けば今より税率が下がって手取は増えるから奈美が働かなくても何とかやっていける、と優しく諭すように言う。
気遣ってくれるケンタの優しさに胸を打たれたものの、奈美は言葉を返せなかった。大学を卒業して15年以上地道に働き続けてきた奈美にとって、仕事を辞めることは、簡単には決断できないからだ。
ケンタはさらに続けた。
「翔平の教育のことも、いろんな価値観が混在する環境だからこそ学べることがあると、俺は思ってるんだよね。英語を身につける以上に、そういう体験を小さいうちに翔平にはさせたいんだ。
結論は急がないから、少し考えてみて。無理して米国に行く必要はないから」
「…わかった、考えてみる」
奈美が返答すると、「ちょっと仕事でやることがあるから」と、ケンタは書斎に戻った。
― 仕事を辞める…?今まで考えたこともなかったな…。
奈美はしばし思い悩む。
キャリアを手放す代償について、このときはまだぼんやりとしか考えていなかったのだった。
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