激しく傷つけあった翌日、なし崩しに再開される日常。それがモラハラ家庭の風景だ

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―[モラハラ夫の反省文]―

◆何事もなかったかのように、謝罪もせず再開される日常

 こんにちは。DV・モラハラ加害者が、愛と配慮のある関係を作る力を身につけるための学びのコミュニティ「GADHA」を主宰しているえいなかと申します。

 僕自身もDV・モラハラ加害者です。そのせいでたくさんの人を傷つけ、仕事や家庭が破綻寸前になり、ようやく自身の加害行為、それを生み出す加害的な思考・価値観を自覚しました。現在は日々自分の言動を改善しながら、妻と関係を再構築させてもらっています。

 この連載では、僕自身の経験や当事者会での気づきを共有していきます。職場や家庭でモラハラに苦しんでいる方々、無自覚に加害を行っている方々の参考になれば幸いです。

 活動の中では加害者の人生を振り返る機会が多いのですが、そうすると加害者たちには驚くほどの共通点があることがわかります。

 その1つが「両親の仲直りをみたことがない」というものです。それは、僕自身もそうです。

 家族が罵り合ったり、怒鳴りあったり、物が壊れたり、喧嘩によって楽しいはずだった旅行がめちゃくちゃになったりしても、お互いを責めるだけで謝ったりしません。

「お前が悪い!」「あんたの方こそ!」「怒らせるようなことをするな」「こっちのセリフだ」「何度も言わせるな」「いい加減にして」

 お互い自分の問題を認めないのですから、相手を責めるしかありません。どちらが相手に責め勝てるか、という虚しい戦いが繰り広げられます。

 何度も何度も同じようなことで喧嘩し、その度に家の中が最悪の空気になっても、何も学び変わることがありません。そこで育つ子どもたちは、話し合うことの方法や意義がわからないで育ちます。

 仲直りとは、

1.起きてしまったよくなかった状況や雰囲気を認め、
2.お互いが「自分の(相手の、ではない)」直すべきところを認め
3.相手を傷つけてしまったことを謝り、
4.一緒に生きていくために変わろうとすること


「話し合う」と言い換えてもいいかもしれません。これは、どんな人間関係においても、一緒に生きていきたいのであれば、とても重要なことでしょう。

 こういう家で育ったことのない人にはわからないかもしれませんが、そんな家庭でも日常は続いていきます。前の日の夜にひどい喧嘩になって、最悪な空気のまま、みんなが眠りについても、次の日の朝はやってくるのです。

◆いつか爆ぜる爆弾を家庭内に抱えたまま

 どんなふうに朝が始まると思いますか?

 それはなし崩し的な日常の再開です。次の日くらいはまだまだ緊張感がありお互いピリピリしているものの、徐々になんとなく、たいした理由もなく元の空気に戻っていきます。誰も謝ることはありません。

 子どもたちは気を遣っていつもより機嫌よく振る舞ったり、何もなかったようなふりをして家族としての会話をおこないます。早く「元の」幸せな家族に戻りたいのです。わざわざ話を蒸し返したりしてどうなるでしょうか……。

 あのよそよそしい朝の感じ……無理に笑っている感じ、何かを誤魔化したように始まっていく日常への違和感を思い出すと、今も寒々しい気持ちになります。

 ずっと喧嘩をしているわけではないので、そのうち仲良く、平和な生活が始まります。しかし、そこにはなんの話し合いも、仲直りも、目に見えては行われません。ただ、何かに目をつむって、また同じことが起きるまでそれを繰り返すのです。

 それは、いつ爆発するかわからないけれど必ず爆発する爆弾が、家の中に常にあるようなものです。楽しい時もあるからこそ、その環境の暴力性に気づくのにはずいぶん時間がかかりました。

◆壊れた空気を立て直すことは、「謝罪」にならない

 こんな言い方をしていると、まるで自分はそれを悪いことだと思って繰り返さなかったのかと思われるかもしれませんが、残念ながらそうはなれませんでした。というか、それが悪いことだとか良いことだとか、わからないままに育ったのです。

 僕は、結局まさに自分の生まれ育った家庭と同じように、妻に加害をしてしまっていました。自分が妻を傷つける言動をしたり、酔って曖昧な記憶の中で妻を泣かせていたようなとき、最初のうちは神妙にするのです。

 しかしそのうち「そろそろこの緊迫した空気の家にいるのも辛くなってきた」「何事もなかったかのように、いつものように振る舞えば元の空気に戻るのではないか」

 そう思って、謝ることも、反省することも、何かを改善することもなしに、曖昧に、なし崩し的に、甘えたような態度で、突然に、そういうことが何も起きなかったかのように接し始めました。

 僕は、それを自分からすることが、せいぜい謝罪だと思っていたのです。「この最悪な空気を戻すために、自分から行動したんだ」「だからお前も機嫌を直し、いつも通り振る舞え」と愚かなことに心から思っていました。

 妻からすれば、ひどいことを言われ、傷つけられた上に、さらに何日かしたら何事もなかったかのように振る舞ってきて、それで自分がその調子に合わせられなかったら「いつまで機嫌を悪くしているんだ」「気分が悪い」などと責められる日々です。

 僕は、本当に許されないことをしてきました。永遠に癒えない傷を、何度も何度も繰り返しえぐられるような苦しみの日々を、妻に過ごさせてしまいました。

◆自分が被った傷を、他人に与えていることに気づくと変容が起こる

 こうして振り返ってみれば、自分が生まれ育った環境で起きていたこともよくわかります。誰も自分が悪いとは思わず、相手のせいにして、でもそれを許し、無かったことにすることを「愛ある家族」だと思っていたのでしょう。

 そこでは問題を口にだすこと、問題を認めることが「悪いこと」だったのです。

 しかしそれは愛ではなく、繰り返される暴力から目を背けているだけです。一緒に安心して生きていくために必要な、不断の努力を怠ってきたということです。

 そして、そんな環境を「愛のある家族」と考えさせること自体が、子どもへの暴力であったと思います。

 少なくない加害者の変容のきっかけは、自分の加害が「子供への悪影響」をもたらすことをはっきり認めた時です。

 そしてそれを認めるためには、自分自身が生まれ育った家庭で経験してきた「被害」を認める必要があります。自分の傷つきに気づいた時、自分が与えている傷つきに気づけるのです。

 この記事を読んで「そういえば、うちの親が明らかに間違ったことをしていても謝っているところを見たことがないかも」「喧嘩した後、仲直りをちゃんとしているところ見たことないな」と思ったあなたも、もしかしたら気をつけたほうが良いかもしれません。

―[モラハラ夫の反省文]―

【えいなか】
DV・モラハラなどを行う「悪意のない加害者」の変容を目指すコミュニティ「GADHA」代表。自身もDV・モラハラ加害を行い、妻と離婚の危機を迎えた経験を持つ。加害者としての自覚を持ってカウンセリングを受け、自身もさまざまな関連知識を学習し、妻との気遣いあえる関係を再構築した。現在はそこで得られた知識を加害者変容理論としてまとめ、多くの加害者に届け、被害者が減ることを目指し活動中。大切な人を大切にする方法は学べる、人は変われると信じています。賛同下さる方は、ぜひGADHAの当事者会やプログラムにご参加ください。ツイッター:えいなか

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