非ゾンビ映画も怖い! ジョージ・A・ロメロ監督の“高齢者虐待”映画『アミューズメント・パーク』

 ジョージ・A・ロメロ監督といえば、「ゾンビ映画の父」と呼ばれるカルト映画の巨匠だ。ロメロ監督が撮った『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(68)、『ゾンビ』(78)、『死霊のえじき』(85)の初期三部作はゾンビ映画の聖典としてゾンビマニアたちから愛されている。ロメロ監督は2017年に亡くなったものの、彼が生み出したゾンビたちは、映画やドラマの世界でますます増殖を続けている。

 ゾンビ映画のイメージが強いロメロ監督だが、制作から半世紀近くを経て、ロメロ監督による幻の非ゾンビ映画が日本でも劇場公開されることになった。1973年に制作された『アミューズメント・パーク』(原題『The Amusement Park』)が、その幻の作品だ。ロメロ監督は『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を自主制作映画として完成させるも、場末の映画館やドライブインシアターなどで上映されたこの映画の人気に火が点くのは、ゾンビが歩くのと同じくらいゆったりとした時間を要した。鳴かず飛ばず状態だった頃のロメロ監督が、ルーテル教会の依頼を受けて撮った上映時間50分の教育映画が、この『アミューズメント・パーク』だった。

 教会からの依頼内容は、年齢差別や高齢者虐待について世間の認識を高めたいというもの。だが、ロメロ監督が撮ると、「お年寄りをもっと大切にしましょう」という啓蒙映画が、観た人にトラウマを与えるホラー&バイオレントな残酷映画になってしまう。教会は人選を誤った。

 完成直後にはプレミア上映されたものの、その後はずっと封印されてきた『アミューズメント・パーク』はこんな内容となっている。そこはとある遊園地。さまざまなアトラクションがあり、家族連れやカップルで賑わい、とても楽しそう。白いスーツを着た、優しそうな老人はワクワクしながら遊園地へと足を踏み入れる。

 遊園地は外から見ると楽しそうだが、入ってみるとそこは別世界だった。老人は人混みの中でぶつかり、ジュースをぶっかけられる。誰も謝ることなく、老人に手を差し伸べようとする者もいない。若者たちの目には、老人は映っていないかのようだ。だが、老人が小さな女の子に声を掛けようとすると、途端に変質者扱いされ、騒がれてしまう。

 レストランに入るが、ここでもウエイターから無視されてしまう。老人はようやく気がつく。老人の中にも、みんなから大切にされている人もいる。ただし、それは老人がお金を持っているか、尊敬される立場にいるかの場合のみである。それ以外の老人は、みすぼらしく、惨めな存在として、若い世代からは見下されている。

 行き場のない老人たちは、ひとつのアトラクションに吸い込まれていく。そのアトラクションとは、高齢者専門の介護施設で、そこではリハビリという名目で公然と高齢者たちは虐待されていた――。

 老人蔑視、高齢者いじめは「エイジズム」と呼ばれ、欧米では人種差別や性差別と同じように捉えられている。劇中の若者たちは高齢者を自分とは異なる生き物のように扱うが、当然ながら彼らもやがては高齢者となっていく。将来の自分をディスっているということに、若者たちは想像が及ばない。高齢者は経験を積み、思慮深くなっているにもかかわらず、彼らのそうした内面はまったく評価されない。若さやお金が尊ばれ、老人をいたぶって喜ぶこの遊園地は、カリカチュア化された現実世界そのものである。あまりに悲惨で生々しすぎる内容に、教会はこの映画を封印してしまった。

 エイジズムのひとつに、高齢者たちを個人として扱わずに「おじいちゃん」「おばあちゃん」とひと括りにしてしまう行為も挙げられる。高齢者には性欲などの欲望はなく、地味にひっそりと暮らすものだと決めつけられてしまう。名前を持つ個人ではなく、ただの「老人」という匿名的存在にされてしまう。

 匿名的存在に変えられてしまうという点では、ゾンビ映画と共通する。名前のある人間が、ある日いきなりアンデッドとなり、ゾンビの群れの一員となってしまう。生き残った人たちは、自分が匿名的存在=ゾンビになることを恐れ、必死に逃げ惑う。匿名的存在に変えられる恐怖を描いたのがゾンビ映画であり、匿名的存在に変えられてしまった側の悲劇を描いたのが『アミューズメント・パーク』だと言えるだろう。

 また、ゾンビ映画はメディアの進化と共に人気が広まっていった。深夜テレビで放映され、ビデオ化されることで、ロメロ作品は知られていくことになった。2000年代以降はインターネットの普及により、配信ドラマを介して、ゾンビ人気はいっそう広まった。メディアの発達によって世界はひとつに繋がれたが、同時にマス(大衆)という不特定多数な匿名的存在も大量に生み出した。匿名的存在の中に自分も飲み込まれていくという絶望感と恍惚感の両方が、ロメロ作品の根底を流れている。

 4Kリストア化された『アミューズメント・パーク』に加え、ロメロ監督のゾンビ映画ではない代表作も併せて今回リバイバル公開される。『マーティン 呪われた吸血少年』(77)は、ロメロ監督自身がいちばん気に入っていた作品だ。寝台列車で旅を続けるマーティン(ジョン・アンプラス)は一見すると美少年だが、実は19世紀生まれの吸血鬼。萩尾望都の人気コミック『ポーの一族』を思わせる設定となっている。

 マーティンが女性を襲う際は、睡眠薬で相手を眠らせてから血を奪う。現代的でスマートな吸血鬼だ。しかし、80歳を超える従兄弟のクーダ(リンカーン・マーゼル)に吸血行為を咎められ、しぶしぶ彼が営む雑貨店で居候生活を送ることに。クーダの孫娘・クリスティーナ(クリスティーン・フォレスト)は陽気な性格でマーティンと仲良くなるが、やがて彼女は恋人と一緒に街を出ていく。再びひとりぼっちになったマーティンは、ラジオ番組のDJに吸血鬼としての悩みを打ち明ける。吸血鬼は現実世界に実在する!? 「伯爵」というラジオネームを名付けられたマーティンは、リスナーたちの間で人気者となっていく。

 ラジオという親近感のあるメディアと吸血鬼とを組み合わせた、ロメロ監督の抜群の社会風刺が楽しめるホラー快作だ。この作品が欧州で好評だったことから、ロメロ監督の名を一躍有名にする『ゾンビ』が制作されることにもなった。

 もう一本の上映作品『ザ・クレイジーズ』(73)も、いかにもロメロ監督らしい。軍事目的で実験開発された細菌が輸送中の事故によって、小さな村に広まってしまう。感染者はおかしくなり、平気で人を殺すようになっていく。見た目はゾンビっぽくないため、感染者と非感染者との区別がゾンビ映画のようにはっきりとはしない。

 軍隊が押し寄せ、村全体を極秘のうちにロックダウンしてしまおうとする。もし、封鎖に失敗したら、この村には核爆弾が投下されることになる。防護スーツを着て完全武装した軍隊、凶器を手に暴れ回る感染者、ロックダウンを嫌って逃げようとする非感染者たち。三つ巴のサバイバル戦が、小さな村で繰り広げられる。

 ロメロ監督が描くゾンビ映画のゾンビたちは、共産主義者のメタファーであるとか、商業主義に毒された現代人の成れの果ての姿であるとか、さまざまな解釈がなされてきた。観客がそれぞれ独自に深読みして世界観を広げていくことを、ロメロ監督は喜んだ。

 今回、日本で上映されるロメロ作品にはゾンビは登場しないが、自分は匿名的存在ではなく、ひとりの生きた存在であることを懸命に叫ぶ主人公たちの姿が描かれている。ゾンビ映画の巨匠として知られるロメロ監督だが、非ゾンビ映画を観ることで、ロメロ作品はより面白さを増すに違いない。

 

『アミューズメント・パーク』

監督/ジョージ・A・ロメロ 出演/リンカーン・マーゼル

配給/ビーズインターナショナル 10月15日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開

(c)2020 George A Romero Foundation, All Rights Reserved.

『マーティン 呪われた吸血少年』

監督/ジョージ・A・ロメロ 出演/ジョン・アンプラス、リンカーン・マーゼル

配給/ビーズインターナショナル 10月15日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開

(c)1977 MKR Group Inc.

『ザ・クレイジーズ』

監督/ジョージ・A・ロメロ 出演/W・G・マクミラン、レイン・キャロル

配給/ビーズインターナショナル 10月15日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開

(c)1973 PITTSBURGH FILMS.ALL RIGHTS RESERVED.

http://garomero.com/

2021/10/14 20:00

こちらも注目

新着記事

人気画像ランキング

※記事の無断転載を禁じます