「私と付き合いたいなら、毎日欠かさずに…」満たされたい願望の強い女が、男に課した恋人の条件
目まぐるしい東京ライフ。
さまざまな経験を積み重ねるうちに、男も女も、頭で考えすぎるクセがついてしまう。
そしていつのまにか、恋する姿勢までもが”こじれて”しまうのだ。
相手の気持ち。自分の気持ち。すべてを難しく考えてしまう、”こじらせたふたり”が恋に落ちたとしたら…?
これは、面倒くさいけれどどこか憎めない、こじらせ男女の物語である。
◆これまでのあらすじ
ついに、ショーンと志保はお互いの気持ちを語り合う。そして、ショーンは志保が婚活していたこと、仮交際というものをスタートさせたと知る。しかし、それでも自分と付き合って欲しいと志保に告白し…。
▶前回:「好きだ」と告白したら「私も好きだった」と、過去形で返されて…。意味深な言葉の意味とは
「…改めて言う。僕と付き合って欲しい」
「…」
「ダメかな?」
ショーンとの間に、沈黙が横たわる。
この沈黙を破るのは、私の役目。そのプレッシャーを今、まさに感じている。
婚活をしていたこと。結婚相談所にも入会したこと。仮交際をはじめたこと。それら全てを伝えても、他にもっとイイ人がいるんじゃないかと問い詰めても、…それでもショーンは私のことを求めてくれた。
冷蔵庫が立てる、ブーンというモーター音がやけに耳につく。
ショーンにはそんな音は届いていないのだろうか、こちらを真剣に見つめ続ける。
「…あのね」
…だから、私は勇気を振り絞り、最後のお願いをすることにした。
志保がショーンに伝えたかった、もうひとつのこと
「…あのね、私自分のルックスに自信がないの」
「…え?」
キョトンとするショーンに、私は続けた。
「元夫からね、『そのルックスで、俺以外にもらってくれるやつがいると思ってるのか?』なんて言われたこともあったの」
「…え、うそだろ?それ本当の話?」
「うん。これは、離婚するときに元夫が放った捨て台詞」
絶句するショーンを見て、少し安堵した。やっぱり元夫の言動は異常だったんだ。前々から頭ではわかっていたことだったけれど、彼が言葉を失っているという事実に、ようやく実感がわいてくる感じがした。
そして、ずっと言いたかったことを少しずつ言葉にした。
元夫からひどいことを言われ続けてきたこと。それらにたくさん傷ついてきたこと。そのせいで徐々に、ルックスにコンプレックスを持つようになったということ。
…だから、自分なんかはショーンには相応しくないんじゃないかと、本気で思ってしまっていたということも。
いつか、美玲に言われたことがある。「もっと自信持ちなよ、そのほうがきっとモテるよ」と。美玲の主張の正しさは理解できるし、本当にそうだと思う。恋を成就させるためには、きっとその方がいいのだろう。
…でも、不安を押し殺してまで、恋愛をしたいなんて思えなかった。
こじらせてると言われるかもしれないけれど、こじれてしまったものは仕方ないのだ。
「旦那さんに、そんな酷いこといわれていたんだ…。辛かったね。僕なら絶対に大切にするよ」
「うん、ありがとう。だから聞きたいんだけど、…私ブスじゃないよね?」
「…え?」
「言葉にして言って欲しいの」
「…」
「…ダメかな?」
「…ううん。志保はかわいいよ」
少し照れたような笑顔で、でもハッキリと、ショーンは私に言ってくれた。
自惚れかもしれないけれど、その言葉は絶対に、本心から言ってくれているような気がしたのだ。
「…嬉しい…!」
私は思わずショーンに抱きつき、彼の胸に顔を埋める。
今まで言えなかったこと、不安に感じていたこと、聞きたかった言葉。ずっと引っ掛かっていたものが一つひとつ解かれ、ついに自由になった感覚がした。
そんな中で感じる彼の温もりは、今までと少し違うような気がした。
「…志保」
けれど、ショーンはまだどこか晴れない表情で私を見つめる。
「どうしたの?」
「だったら、僕もいい?」
「今度は僕の番ね」と、ショーンは過去の恋を思い出すように話し始めた。
本気で好きだった人が、自分の見た目と中身のギャップに幻滅し、去っていったという恋の話。
「だから志保が、僕が漫画とか好きだって知って、引いちゃったのかなって…」
ショーンは宙を見つめながら、遠い過去を思い返すように話していたのだが…、私はそんな彼がほほえましくてたまらなかった。
「ちょっと、なんで笑ってるの?僕は真剣に打ち明けてるのに…!」
「ごめんごめん、怒らないで!なんか可愛いなって思っちゃって」
「…可愛い?」
「ギャップなんて気にするどころか、考えたこともなかったわ。別に何が趣味でも構わないよ」
どうにか笑いを抑え、ショーンに向き直ると、再び真剣な眼差しでこちらを見るショーンと目が合った。
お互いの“こじれ”をぶつけた2人だが…
◆
「お~!これ、めっちゃいい!志保ちゃんが選んだの?センスいいなー」
箱から丁寧に取り出されたバルミューダのランタンの新色は、雅人の大きな手に収まるととっても小さく見える。
「ちょっと雅人、落としたりしないでよ~?」
すっかり、“妻”というポジションが板についた美玲の喋り方に、どこか歯がゆさを感じるも、彼女からは幸せそうな空気感が漂っていた。
仲睦まじい2人を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。
つい先日、美玲は雅人のプロポーズを受け、2人は入籍したのだ。今日は2人の結婚祝いに駆け付けた。
…もちろん、ショーンと2人で。
結局、私とショーンはあの日を境に正式にお付き合いを始めた。結婚相談所もすぐに退会した。
裕太と仮交際を終わらせたいと連絡したときは、さすがに申し訳なさで心が痛んだけれど…。
「おい、ショーン。お前、俺に報告なくない?」
ランタンを箱に戻した雅人は、ワイングラスを片手に、本題に入るぞとでも言うかのようにショーンに向き直る。グラスを回す手の薬指が、キラリと光る。
「ごめんごめん、今日言おうと思ってたんだけどさ」
「おせーよ」
「いや、あの~、ちゃんと志保さんとお付き合いすることになりました」
頭をポリポリと書きながら、居心地悪そうに、それでも一生懸命に言葉を紡ぐショーンが愛おしくてたまらなかった。
…だけど、私たちは付き合うにあたって、お互いにルールを課した。
「で、2人は最近どんなデートしてるの?」
「最近は、ずっと俺の好きなアニメを一緒に見てる」
「は?それがデートなの?なにそれ、楽しいの?」
「いや、意外と志保もハマってるんだよ」
雅人はあんぐりと口を開けるが、突然「わかった」と笑いを含みながら、身を乗り出した。
「ショーン、アニメ好きに引かれないように、志保ちゃんの趣味も同じにしちゃおうっていう魂胆かっ」
「…いや」
「図星かよ、お前まじでこじらせてんな~」
ガハハとオーバーに笑う雅人に、今度は美玲も小さな声で付け足し、私を指さした。
「こじらせてるのは、こっちもよ」
「え、そうなの?」
「志保は、毎日ショーンくんに、かわいいって褒めてもらうようにしてるんだって。てか、ラブラブすぎない?」
「え、どゆこと?」
全てを報告している美玲は、私のコンプレックスだけでなく、ショーンへのお願いごとや、私たちの日課まで全てを把握している。
2人で決めたルール。
それは、ショーンの好きなアニメのうち1つでいいから、私も好きになる努力をすること。
そして、ショーンは毎日、私の容姿を褒めること。
そうじゃないと、お互い不安になってしまうから。
きっと、私たちは本当にこじらせまくっているのだと思う。もう30歳を超えたイイ大人なんだから、もっと素直に物事を見ればいいはずなのに。もっと割り切ればいいのに。
…でも、こじらせてしまったものはもうしょうがないのだ。
「ちょっと、やめてよ~」
恥ずかしさのあまり美玲が話すのを阻むと、「ごめんごめん」とポカンとする雅人をそのままに、美玲はグラスを前に突き出した。
みんなに目配せをして、無言で乾杯を促す。
雅人と美玲の結婚。私とショーンの交際。その日は、私たちそれぞれの始まりを夜遅くまで祝いあった。
「じゃ、2人とも気を付けてね。こじらせすぎないでね」
「やめてよ~」
帰るころにはすっかり“こじらせカップル”と称されはじめていた私たちは、雅人と美玲に見送られ、彼らの家をあとにした。
「あ~、飲み過ぎたな」
ふらふらと歩くショーンの右腕を掴み、心地よい風にあたりながら2人で歩く。幸せそうな友人夫婦の姿に、つい自分たちの未来も重ねてしまう。
すると、ショーンは突然歩みを止め、急いでスマホを取り出し時刻を確認しはじめた。
「どうしたの?終電ない?」
「いや、まだ日付変わってなかった、セーフ」
「え?」
「…志保、今日もめっちゃかわいいよ」
スマホの時刻は23:59。
今日もちゃんと果たされた、1日1回の私へかわいいと言うルール。
大人になり、色々な経験を経たからこそ、こじらせてしまった私たちの恋愛観。それは恋愛をはじめる上でも、続けていく上でも、弊害になりうることのほうが多いかもしれない。
…だけど、こじらせてしまったからこそ私は、大好きな人から毎日こんな言葉をかけてもらえる。その事実だけで、胸がいっぱいだった。
「…ショーちゃん、大好き」
あたり構わず彼に抱き着き、私はその幸せをかみしめた。
― …もしかしたら、こじらせててよかったかも。
そんなことを思いながら。
Fin.
▶前回:「好きだ」と告白したら「私も好きだった」と、過去形で返されて…。意味深な言葉の意味とは