「正直、疲れたな…」最高のデートの翌日に女が思ったある本音とは
「相手にとって完璧な人」でありたい—。
恋をすると、本当の姿をつい隠してしまうことはありませんか。
もっと好かれようとして、自分のスペックを盛ったことはありませんか。
これは、恋するあまり理想の恋人を演じてしまう“背伸び恋愛”の物語。
◆これまでのあらすじ
東京に暮らすズボラ女子・芹奈と、伊勢志摩でワーケーション中の瑛太。2人はついに付き合うことになったが、瑛太は自信のなさをカバーするために、様々なサービスを使って自分をごまかしていた。
▶前回:「絶対に失敗できない!」勝負デートの前日に、男がコッソリ仕込んだ“完璧な計画”とは?
朝、目が覚めると見慣れないカーテンが芹奈の目に入ってきた。
― ん?あ、そうか。瑛太の部屋だ。
カーテンの向こうに広がる37階からの景色。寝返りを打つと横には瑛太がいて、小さな寝息を立て微笑みながら眠っていた。
その可愛い寝顔を見つめ、芹奈は顔をほころばせる。
― 私、この人の彼女になったんだな。
それは、芹奈にとって夢のような現実だった。昨日の素晴らしいデートをなぞるように思い返して余韻に浸りながら、瑛太の額にかかる前髪に触れた。
しばらくそうしていると、瑛太がうっすらと目をあける。
「んー?」
寝ぼけた様子でそう言った瑛太は、芹奈を見てハッとしてすぐに笑顔をつくった。
「…!おはよう、芹奈」
芹奈は彼に「おはよう」と返しながら、あることを思いついた。
― この人に、ご飯を作ってあげよう。
「ねえ。ブランチ、作ろうか?」
リゾートホテルで暮らしている彼。以前、家庭的な料理が食べたいと言っていたのを、芹奈は思い出したのだ。
「え?うちに食材なんか、なんもないよ」
「下にスーパーがあったでしょ?買ってくるよ!手料理を振る舞いたいって、ずっと思ってたから」
瑛太は「本当に?」と言って、驚いたように上半身を起こした。
張りきる芹奈の手料理に、彼の反応は…?
芹奈は料理教室に参加して以来、慣れない料理をたくさん勉強してきた。だから、そこそこの腕前にはなったという自負がある。
瑛太は、すぐ三重に帰ってしまうのだ。その前に、リモートではできないことを披露したい。
それで、もっと好きになってもらいたい。そんな気持ちが、芹奈を突き動かしていた。
◆
マンションの1階にあるスーパーマーケットでせっせと買い出しをして部屋に戻り、調理を始めた芹奈。
そんな芹奈を見守るように、瑛太はカウンターキッチンの前で彼女を愛おしそうに見つめた。
「ようやく、このキッチンが意味を成す日がきたな。ここに住んでから、ほとんど使ってなかったんだ」
キッチンは一通り調理道具がそろっているが、瑛太の言うようにすべてピカピカで、新品のようだった。
慣れない調理道具のせいなのか、瑛太の視線を感じるからなのか、芹奈の手元はおぼつかない。焼き魚と味噌汁がやっとのことで完成した頃には、1時間近く経過していた。
― 簡単なメニューなのに、手こずっちゃった。料理初心者だって思われたかな…。
芹奈が焦りながら瑛太の待つテーブルに料理を運ぶと、瑛太は無邪気に「おー!」と嬉しそうに声を上げた。
「美味しそう。いただきます」
「召し上がれ」
肝心の料理の出来は、そこそこだった。
味噌汁は少し濃かったし、鮭の塩味は少し薄いように感じた。けれど、瑛太は「美味しい」を連呼しながら、すべて笑顔で食べてくれたのだ。
「ごちそうさま。片付けは俺がやるから座ってて」
「そう?ありがとう」
芹奈はソファに腰掛けて、広々とした部屋を改めて見回した。
― 幸せの絶頂だなあ。
あの日、Instagramで瑛太を見つけた自分に拍手を送りたいと思う。
― こんなにかっこよくて、しっかりしていて、優しくて、お金もあって。
キッチンに立つ瑛太のいいところを数えながら、芹奈は自分の自己肯定感がぐんぐんと上がっているのを感じた。
そして、スマホをふと見ると、料理教室で出会った美羽からLINEが届いていた。
幸せの絶頂にいる芹奈に届いた、美羽のLINEの内容とは…?
『デート、楽しめた?』
美羽のゆったりとした喋り方が、脳内で再生される。
― 昨日がデートの日だってよく覚えてたな。
そのことに驚きながらも、芹奈は浮かれた気分で返信を打った。
『はい。告白されちゃいました!今、まだ彼の家です♡』
美羽からの返信はすぐに来た。
『おめでとう!!順調なのね!よかった!』
― 順調。
芹奈はその言葉に少し違和感を覚え、本音をLINEに打ちつける。
『順調は順調ですが、私は相当背伸びしてる感じです(笑)』
朝から率先して起き、買い物をして料理を作るなんて、まったく自分らしくないと本当は思っているからだ。
瑛太がいれてくれた食後のコーヒーを飲んでゆったりし、飲み終わったタイミングで芹奈はソファから立った。
「そろそろ帰ろうかな」
「ん、わかった。送ってくよ」
スタスタと廊下を歩き玄関のドアの前に立ったとき、瑛太の大きな身体が後ろから芹奈を包んだ。
くるりと身体を回転させて瑛太の方を向くと、照れた笑顔がある。彼はその照れた表情のまま身をかがめて、芹奈の唇にキスを落とした。
「あー俺、幸せだな」
◆
品川駅を並んで歩きながら、芹奈は思わず笑みをこぼす。自分にこんなに素敵な彼氏がいることを、すれ違う人々に見せびらかしたいような気分だ。
そう思いながら歩いていると、あっという間に改札に着いてしまった。そこで瑛太は立ち止まり、こうつぶやいた。
「俺、東京に戻ってこよっかな」
その言葉が嬉しすぎて、芹奈は「本当?」と言って、思わず顔を覗き込む。
「うん。もっと会いたいし、考えちゃうな」
「嬉しい。大好き。私も、もっと会いたい」
何度となく男の人とデートをしてきたが、去り際がこんなに寂しいのは、芹奈にとって初めてのことだった。
「…じゃあ、またZoomで」
「うん、Zoomで」
つないだ手を離し、芹奈は何度も振り返りながら手を振る。彼女は、涙が出そうなくらい、寂しさでいっぱいだった。
◆
瑛太と別れ、自宅に到着した芹奈は床に仰向けでゴロンと寝そべる。
「んあーー」
声にならない声を上げながら伸びをすると、全身がカチコチに凝っていることに気づいた。
― なんだかすっごく疲れたなあ。
慣れないことをした疲労が、身体中にどっと溜まっている。
こういうときは甘いものだと思い、芹奈はキッチンの戸棚にしまっておいたお菓子箱を持ってきた。その箱を脇に置いて、また寝そべる。
テレビをつけて、あまり興味のないドラマの再放送を見ながら、苺チョコレートとかりんとうを交互に口に入れる。
そうしているうちにウトウトして、いつの間にか寝入ってしまい目を覚ましたときはもう夕方だった。
― なーんもする気が起きないなっ。
よいしょ、と上半身だけ起こし、ポテトチップスを取り出してあける。芹奈の今日の夜ご飯だ。
瑛太に会うまで“ちゃんとした生活”を実践していたが、今夜はそんなエネルギーなど残っていない。
電気をつけてカーテンを閉めるのも面倒で、暗くなっていく空を寝そべったまま見つめた。
瑛太といるときの完璧な自分と、今のこんな自分。まったく違う2人の自分を抱えもってしまったことに、乾いた笑みを浮かべる。
芹奈は、ぼんやりしたまま手だけせわしなく動かして、ポテトチップスを食べ続けた。
▶前回:「絶対に失敗できない!」勝負デートの前日に、男がコッソリ仕込んだ“完璧な計画”とは?
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その頃、瑛太に予想もしないことが起こっていた