「できれば美人に生まれたかった」そうつぶやく26歳OLの恋と仕事の行方は
美人か、そうでないか。
女の人生は“顔面偏差値”に大きく左右される。
…それなら、美しく生まれなかった場合は、一体どうすればよいのだろう。
来世に期待して、美人と比べられながら損する人生を送るしかないのか。
そこに、理不尽だらけの境遇に首をかしげる、ひとりの平凡な容姿の女がいた。
女は次第に「美人より、絶対に幸せになってやる!」と闘志を燃やしていく。
◆これまでのあらすじ
広告代理店の営業として働く“さえない女子”の園子。苦手な美人の先輩・清華が仕事に復帰したが、園子はすでに得意先の三木谷から、清華を超えるほどの強い信頼を得ていた。
そんなとき会社からの帰り道に、幼なじみの晋から電話がかかってくる。
▶前回:「ご出産おめでとうございます!」産休明けのキツい女上司の変化に、26歳OLが感じたこと
「どうしたの?急に会おうなんて」
神楽坂の老舗蕎麦店で、園子は2ヶ月ぶりに会う晋の顔を見つめる。晋に彼女ができたことをきっかけに、疎遠になっていたのだ。
園子はドキドキしていた。長い片思いを続けてしまうと、その相手がいつまでも特別に思えてしまうものだ。
そんな園子をよそに、落ち込んだ様子の晋。彼が何も話さないので、もう一度聞いてみた。
「なにかあったの?」
「いやあ。…彼女と、終わっちゃったんだ」
晋はため息に言葉を乗せるように、がっかりした表情で告白した。園子がかける言葉を探していると、彼は自分の頭をわしゃっとかきながら半笑いでこう言うのだった。
「あー。やっぱり園子といるのが一番落ち着くわ。一番相性がいい相手は、園子かもしれないな」
その言葉を聞いて園子はとっさに、自分に何かしらの想いがあるのではないかと期待する。
同時に、頭の中ではわかっていた。異性として誘われることがないことを。
結局、どれだけ内面の相性が良くても、恋愛対象にはならないのだ。
「晋ちゃん。そんなこと言ってないで元気出してよ。彼女とは、何があったの?」
晋が彼女と別れた理由とは?
「会話が合わないって、彼女から言われたんだ。僕も納得した。笑うタイミングや会話のテンポとか、確かに最初からちょっと違和感はあったんだけど…」
そう言って蕎麦をすすり、晋は話し続けた。
「フラれたことはものすごくショックなんだ。だけど、じゃあ彼女のどこをそんなに好きだったのかって言われるとさ、見た目がタイプだからとしか言えないんだよなあ」
「…そりゃ、見た目は大事よね」
曖昧な返事をするしかない園子に、晋は含みのある言い方をするのだった。
「でも彼女にフラれて、相性や一緒にいて楽しいと思えるかが大事ってことを痛感したわ。実際、園子とは何時間でも喋れるし、最近は仕事もイキイキやっててかっこいいし」
園子はいつになく手放しで自分を褒めてくる晋に向かって、ごまかすように笑った。
「なーに。口説こうとしてる?」
その言葉に目を泳がせた晋は、意外にも少し真面目な声で「かも知れない」と、園子の目を見ながら話しかける。その慣れない空気感にソワソワして、おちゃらけた声で対応してしまう。
「いやいや。私なんかがよく見えるだなんて、晋ちゃん相当傷ついてる証拠よ」
「ハハ…。そうかな」
晋の乾いた笑いが、虚しく響く。
店を出て、言葉少なに2人並んで歩きながら、園子は失望していた。
もしかしたら晋と恋人になれるチャンスだったかもしれないのに、自分からごまかしてしまった。これじゃ、完璧な女友達のまま。
でも、期待して傷つくのが怖かったのだ。
「じゃ、晋ちゃん。またね」
そう言って、手を振り晋と別れた。横断歩道を渡ったあと、目の前にあった小さなビルの前で園子は突然足を止める。鏡のような加工が施されたガラス窓に、自分の姿がくっきりと映っているのだ。
一瞬、園子はある想像を働かせた。
― 自分に少しでも異性としての自信があったら、晋ちゃんとどういった展開になっていたのか。もし自分が“美人に生まれた場合”は、一体どういう気持ちなんだろう。
そして、脳内で自分の姿に『美女』を上塗りしてみる。
晋の別れた彼女。上司の清華。学生時代のキラキラしたクラスメイト。テレビに出ているタレント。
これまで園子の目に映ってきた様々な美人を、代わる代わる自分の姿の上に重ねてみた。
うまく想像できないけれど素晴らしい容姿を持った場合は、自分の姿を見るたびに満たされた気持ちになるのだろうと思う。園子にとってその人生は、とても眩しいものに思えた。
ちょうどそのとき、ビルの前で立ち止まっている園子の横を、騒がしい声が通り過ぎたのだ。
騒がしい声の主とは…?
声がする方へ振り向くと、綺麗な女性がナンパ師にしつこくつきまとわれて苦笑いをしている。
― ほら。ああいった面倒なことが起こらないのがメリットよ。美人に生まれなくてよかった…。
晋との会話のせいで暗い気持ちになっていた園子は、そんな自分を慰めるように心の中でハッキリと言葉にしてみる。
しかし、本心ではそんなふうに全然思えないのだ。
できることなら美人に生まれたかった。その思いを拭いきれず、来世に期待してしまう自分がいる。来世なら、もしかして清華のように自分の美しさを楽しめるのかもしれない。
でも、こんなふうにしょんぼりしたまま来世を待つなんて、園子の性に合わない。だから、今の人生を楽しむために、世の中が変わることを願うのだ。
そして世の中が変わるためには、結局、誰かが大きな声で騒がしく主張することが必要だと思う。
だったら、それを自分がやってみせると園子は思うのだ。
「社会の方が変わるべき」と強い口調で言い切ったハルヤのような強さは、今の自分にはない。それに、美しくない者が過ごしやすい世界になるには、相当な時間がかかるだろう。
それでも、と園子はひとりで頷く。
今の自分には、ようやく手に入れた三木谷からの信頼がある。世の中を変えるような、大きな仕事ができる環境もあるのだ。
園子の気持ちがぐんと大きくなったとき、メールの通知音が鳴る。反射的にスマホを取り出して確認すると、三木谷から新しい仕事について相談メールが入っていた。
「山科さんだから任せたいと思う案件があってね。明日、どこかで時間もらえますか?」
三木谷の言葉は、園子のぼろぼろになりかけた自尊心を満たしてくれる。
「もちろんです。なんでもやります!」
そう返信してズンズン歩いていると、あっという間に自宅へ到着した。玄関のドアを開けると、いつものように両親が温かな笑顔で出迎えてくれる。
「お疲れさま。園子、今日もかっこいいねえ」
笑いながら肩を叩く父親の手の温もりを感じながら、園子は思うのだ。
よくよく考えれば、そんなに悪い人生じゃない、と。
美人に生まれなかったからといって“さえない人生”だと決めつけてしまうなんて、もったいないことだ。
手を洗いながら洗面台の鏡の前にいるさえない女の姿を見て、ふとあることに気づく。
営業部に配属されてから、嫌な思いをたくさん経験して傷ついた。けれど、今は以前よりも自分のことが好きになっている。
園子の心は折れなかった。
折れるどころか、むしろ強くなったのだ。
それは、仕事を通して“楽しいこと”を知ったからだと、園子は思う。
自分ならではの視点でやりたいことを見つけた。仕事をもっと頑張って、自分の手で世の中の生きにくさを変えてみたいと強く思った。そして、その夢に向かって足掻くことの楽しさを、知ったのだ。
大変だけれど、生きているということを以前より強く感じられるようになっていた。
そんな、夢中になれることに出合ってしまったのだから。
園子は、鏡の前で口角を上げながら、決意した。
― 美人に生まれた場合より、絶対に楽しく生きてやる!
▶前回:「ご出産おめでとうございます!」産休明けのキツい女上司の変化に、26歳OLが感じたこと