望めばいつでも結婚できると思っていた…。”若妻ステータス”に取り憑かれた女の末路
結婚・出産・転職。
20代には人生を大きく変えるイベントがぎゅっと詰まっている。
そんな大きな決断をまえにすると、多くの人は悩む。
世間一般で言われる“幸せ”と、「わたしはわたし」と考える“セルフ・ラブ”はズレるから―。
これはさまざまな葛藤を抱えながら、自分だけの正解を見つけようともがく、20代女子の内面を描いた物語。
今回お届けするのは、若妻というステータスに取り憑かれた女のストーリー。
▶前回:結婚を夢見る26歳こじらせ女子が、どうしても譲れない絶対条件
File3 三谷レイカ(24) 大手広告代理店勤務の場合
結婚は、キャリアもある程度成功し、男遊びもし尽くして、そろそろ落ち着こうと思ったタイミングでするもの。
だから、若いうち、とりわけ今の私の年齢で結婚は考えられない。そう思っていた。
けれど最近、同年代の中で静かに存在が大きくなってきた“若妻ステータス”。
私の決して揺らがないと思われた価値観も、じわじわと侵され始めていた。
◆
『ご報告・結婚しました』
今年になって、SNSで繋がっている同世代の子たちの結婚報告をよく見るようになった。
「はあ…」
自然とため息が漏れる。
「なに、どうしたの?」
今日は大学時代からの親友・リコと朝ヨガのあと、ホテルに併設されているカフェでブランチ。
「なんでみんな、SNSで結婚報告するんだろう?二人の中でとどめてとけば良くない?」
「うーん、それ完全に“若妻ステータス”だね。ほら、会社のアラサーの先輩とかってSNSで結婚報告してるの見たことなくない?滑り込みで結婚しました感がイタイからだと思うんだけど、若妻はその逆。あえてこの年齢で結婚したっていうステータスがあるのよ」
— “若妻ステータス”。
「私はまだまだ飲み会で男性にちやほやされたり、合コンに誘われたり、そういうのを楽しみたいけどな。既婚者になった途端そういうの完全になくなるじゃん。20代は女を謳歌しないともったいない」
「その選択肢があるなかでお互いを選びました、っていうのもステータスのひとつの要素なわけ。私は、独身でワンチャン狙いたい子ってより、早く結婚できそうな、妻候補の方になりたいよ」
「ふーん」
空になったアイスのラテをずずずっと吸い込む。リコの言葉がやけに胸に刺さる。早く結婚できそうな、妻候補か。リコが言う通り、もしかしたらそっちの方がステータス的に強いのかもしれない
ピロン
『宿取ったから、この間話した日程あけといてね!プランは行くまで内緒でーす!楽しみにしてて』
彼氏のシンから、もうすぐ1年になる記念日旅行についてのLINEだった。お互いのスケジュールを共有していないので、いつでも私の状況お構いなしに連絡がくる。
シンからのLINEを見ようとトーク一覧を開くと、3日前に届いた、大好きな雑誌の公式アカウントからのメッセージが目についた。
『クラシックからモダンまで!流行っているエンゲージリングとは?』
思わずタップし、すべてを舐め回すようにみた。
1年記念って、もしかしたらプロポーズもあり得るのかな?
断固として若いうちの結婚なんてメリットがないと考えていた私が、こんなことを考えるなんて。
この日以来、ウィンドウに飾られている指輪やすれ違う人がつけている指輪を無意識に見てしまうようになった。一瞬にして”若妻ステータス”に取り憑かれてしまったようだ。
記念日旅行のプランとは…?
「リコ、再来週の土日、レッスン行けないや。1年記念旅行行くのよね」
今日もリコと朝からヨガのレッスンを受け、お馴染みのカフェで会社までの時間を潰している。
「もう1年か、早いな〜。どこに行くの?」
「それが全くわかんないんだよね。あっちが全部計画してて、内緒って言われた」
「楽しみだね。プロポーズされちゃったりして」
リコの言葉にドキッとする。
「それはないでしょ。まだお互い若いし」
期待する気持ちが顔に出ないように、平静を装う。
「さあね。でもシンくんイケメンだから、早めにゲットしないと危ないかもよ」
冗談まじりで言っていると思われるリコの発言に、少し敏感に反応してしまう。
私と同じように、シンも女性にチヤホヤされると、嬉しいのかな…。
私は社会人1年目、シンは4年目のころ、コリドー街でナンパされて出会った。盛り上げるのが上手で、一緒にいた3人の中でも一際目立っていた。
長身で、くりくりの目とゆるくかかったパーマが似合っていた。
同じ業界で働いており、仕事とはいえ人付き合いが派手なことはお互い様だ。
シンは今年27歳、結婚を考えてもいい歳だ。
「ま、大丈夫でしょ」
リコにニコッと笑ってみせた。
◆
「レイカ、お待たせ!早朝だったのに寝坊しないでよく来てくれました」
少年のように笑うシンを見て、改めてかっこいいなと思う。
「色々準備してくれてありがとね。とりあえず、電車?」
「新幹線に乗りまーす!」
着いた場所は伊豆にある西洋風のヴィラだった。
夏とは思えない涼しさに、二人だけの世界かのような静けさ。記念日の旅行先としてはこれ以上ないくらいだ。
「1年ありがとう。これからもよろしくな」
海の見えるフレンチレストラン。予約してくれたディナーも最高だった。
― あれ、これで終わり…?
期待とは裏腹に、特にイベントがないまま、私たちはディナーを終えてヴィラに戻ってきた。
期待しないようにしてきたけれど、やっぱり何もないと気持ちはモヤっとする。
「レイカ、さっきからぼーっとしてるけど大丈夫?ヴィラ、嫌だった?」
元気のない私に気づき、シンが問いかける。
「あ、ううん。ヴィラもディナーも最高だったよ。本当にありがとう」
「喜んでくれたならよかった」
このまま、心のモヤモヤを無理矢理しまい込んで、結婚なんて意識してなかった頃に戻ればいい。わかっている、わかっているけれど。
「…あのさ。シンは私との結婚、意識したことある?」
気づいたら口に出してしまった。
言い終えて、少し困った表情をしたシンを見た瞬間に後悔が襲う。
答えが期待できる顔ではない。突然バクバク言い出した心臓。怖いような気持ちで、シンの口から出る次の言葉を待った。
結婚という言葉にあきらかに困惑するシン。その答えは?
「俺もレイカもまだ若いし、あんまり考えてないかな!ほら、お互い仕事上の付き合いとか結構あるじゃん?この関係でいるほうが、うまくいくと思わない?レイカもそう思ってると思ってたけど」
すごく、あっさりと、結婚を考えていないことを告げられた。
私も、そうだった。そうだったんだけど、最近どうしてしまったんだろうか。
“若妻ステータス”。くだらないとわかっているのに、気がつけば今の私はもうそのステータスを手に入れたくて仕方がないのだ。
シンの、あっさりとした感じが更に私の自尊心をえぐった。
「そうだよね、ちょっと聞いてみたかっただけ。これからもこのまま、ほどよい距離感で仲良くいよ!」
無理矢理笑顔を作った。
願えばいつでも手に入ると思っていた結婚が、早くても遅くても手に入れることすら危ういものになった。
◆
「で、何か私に言うことはないの?」
今日は仕事終わりにヨガに行き、リコとディナーを食べながら、記念日旅行についての話題になった。ニヤニヤしながらこちらを見ている。
「え、何もないよ。普通に楽しんだだけ」
余裕のある顔でニコッとして見せる。
「えー。なんだ」
実は期待していたこと、聞いてみたらあっさり結婚は考えてないと言われたこと、付き合い続けていいか悩み始めたこと。少し前とは変わってしまった自分。本当のことをリコにはどうしても言えなかった。
「まあ、これからもうちららしく気楽に付き合い続けるよ」
何も気にしていないふうに笑ったけれど、うまく笑えていたか自信はない。
リコとディナーからの帰り道。旅行以来、モヤモヤが消えないこの気持ちを誰かに話したくて、高校時代からの親友に電話をかけた。
「なるほどねえ。100歩譲って、“若妻ステータス”を諦めたとしても、このまま付き合い続けても結婚が確実じゃないのがつらいってことね」
「そうなの。しかも、仕事の付き合いの話を出されて、彼も自分がいない時にそれなりにやることやって楽しんでることを思い知られた気分でさ。人のこと言えないけど、知ってしまうといい気はしないよね」
「うーん、でもそれは必ずしもレイカと同じだとは限らないんじゃない?仕事の付き合いが優先になって帰るのが遅くなって喧嘩、とかよくあるパターンだし。気になるなら聞いてみれば?」
正直、こういった話題をシンにぶつけるのが怖くなっている。けれど、知るなら今だとも思う。目を瞑って後回しにしただけ結婚が遅れるだろう。
◆
「シンが結婚とか考えない理由って、他にも女の子がいるからなの?」
傷ついたとしても、今知るのが一番マシだ。
「なんか最近レイカ変じゃない?前はそんなこと一切気にしてなかったのに」
「いいから答えて」
「…いや、ないよそれは。疑われるのも癪なくらい」
「ごめん、気になっちゃって。そうだよね、これからはもうこういう疑いはなしで行くね!」
ないと確認できて嬉しいはずなのに、それでも結婚が見えていない現実と、以前と変わってしまった私たちの関係に、気持ちは全く晴れなかった。
恐ろしいほどの威力を持った“若妻ステータス”。存在さえ知らなければ、以前の自分でいられたのだろうか。
それとも…アラサー女は皆どこかでこんな気持ちを味わうのか。
私はこの先のことを想像し、思わず目をつぶった。
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隙のない女性は需要なし?男ウケもキャリアも諦めない女の決断とは。