カスハラ客vs.店の壮絶バトル。「悪質な客を排除したら売り上げが増えた」

店頭の従業員に理不尽なクレームをつけたり、土下座を要求。果ては、その様子をSNSで拡散する「カスタマーハラスメント」が激増している。厄介なカスハラ客と店の壮絶な戦いの現場をリポートする。

◆「お客様は神様」と逆ギレ。カスハラ客の呆れた蛮行!

「クズ! アホ!! カネ払っただろ!」

 5月25日未明、東京・亀戸の弁当店「キッチンDIVE」で、男性2人組が店員に暴言を吐き、小銭を投げつける騒ぎが起きた――。長引くコロナ禍の影響もあってか、従業員への暴言や土下座の強要など、客側の度を越えたクレームや迷惑行為=「カスタマーハラスメント」(カスハラ)が近年激増している。

 同店が騒動の動画をSNSに投稿したところ大炎上。被害届が出され犯人探しが始まると、逃げた客は観念したのか、男性客1人が謝罪に訪れるも「とうてい許せない」と一蹴された。毅然と対応した代表の伊藤慶氏はこう話す。

「酔客に噛みつかれることはよくあるが、今回のようなトラブルは10年に一度あるかないかです」

 同店のように、敢然と応戦する店は少ない。産別労組・UAゼンセンの調査によれば、店側のカスハラへの対応でもっとも多いのは「謝り続けた」だ。

◆カスハラ被害者の悲鳴

 取材を進めると、多くのカスハラ被害者の悲鳴が聞こえてきた。ドラッグストアチェーン店の店長(50代・男性)はこう嘆く。

「きっかけは、釣り銭が床に落ちてしまっただけのことでした……。40歳くらいの男性客にお詫びすると、『わざとやっただろ!』『客に対する態度か!』と激怒して、同じ話が2時間も続いたんです。ほかのお客様にも迷惑だし、仕事にならないので『ほかにもお店はありますし、そちらへ行かれたらどうでしょう』と言うと、散々悪態をついてその客は帰ったのです。

 ところが翌日、SNSに私の発言の音声がアップされて、チェーン本部で大問題になった」

 百貨店に勤務する40代女性は、些細なことでカスハラ客に激怒された同僚の災難をこう振り返る。

「家具売り場で新人の女性スタッフが50代夫婦のお客様に応対したときのこと。成約となり、お名前を書いていただく際に『お名前を頂戴できますか』と話したことに2人ともキレてしまい、大クレームに……。顔を真っ赤にして『名前はお前にやれんだろ! 日本語がわからないのか!』と怒鳴り散らされました。

 そこまでの落ち度はないけれど、百貨店はもともとクレームに敏感なので、結局、上層部がご自宅に謝罪に伺いましたが、そのせいでそのスタッフは退職してしまいました」

◆空前のブームに沸くサウナにまで……

 空前のブームに沸くサウナにも、カスハラ客は現れる。元店員(30代・男性)が吐き捨てる。

「ブームの煽りで新たなお客様が急増し、以前では考えられないようなトラブルが多くなりました。当然ですが、サウナでは飲食物の持ち込みは禁止です。

 ところが、缶チューハイを飲みながらやってきたり、ハンバーガーやポテトチップスを食べながらやってくる客がいる……。禁止だと伝えられると、酒が入っているからか逆上し、『オレの自由だろう! こっちは客だぞ!』と騒ぐので、スタッフ数人がかりで何とか退店させました。

 また、ブームで増えた若いお客様のなかには、グループで飲んでから来店する人もいて、健康上危険なので止めても『オレはシラフだ! 放っておいてくれ』と強引にサウナに入り、案の定、倒れて救急車で搬送されました。ところが後日、その客が店に『倒れたのは店の責任だ!』と怒鳴り込んできた……。さすがに、すぐ警察を呼びましたよ」

◆カスハラの標的になりやすいファストフード店やコンビニ

 カスハラの標的になりやすいのは、ファストフードなどの飲食店やコンビニなどの小売店だ。イタリアンレストランのホール担当(30代・女性)はこう明かす。

「40代くらいの男性客が『料理に異物が入っていて、口を切った』『気に入ってるシャツが血で汚れたからクリーニング代と、治療費を出せ!』と騒ぎ始めたんです。『どこが切れたのですか?』と尋ねると、その客は洗面所に行き、延々とうがいを続けて、自分で口のなかを傷つけたんでしょうが、わずかに血が出ていました。

 すると『この店が好きだから、店のために言っているんだ!』と怒鳴り声は大きくなるばかり……。たまたま男性マネジャーが店に来て、『食事代は結構です。一緒に病院に行きましょう』と説得すると、現金を取れないと諦めたのか、ようやく帰りました」

 ファストフード店の店長(30代・男性)も、パラノイアじみたカスハラ客の被害に遭ったという。

「テイクアウトの電話注文を受け付けているのですが、『なぜ電話に出ないんだ!』とすごい剣幕でお客様に怒鳴り込まれ、『昨日電話を15回もかけたのに出なかった。今日、様子を見に来て、店内から電話したが出ようともしなかった!』と怒られた。

 調査しますとお引き取り願ったのですが、調べてみると通話記録がない。つまり、電話番号を間違えていたんです。後日、そう伝えると『そんなはずはない!』の一点張りで、また怒り始め、『本部に連絡して大ごとにしてやる』と脅してきたんです」

◆安価な店ほど標的に!? 従業員が辞めてしまう

 なぜ、こうした店がカスハラ被害に遭いやすいのか。甲南大学の阿部真大教授はこう説明する。

「『この時給ならこの程度のサービスしか提供できない』と理解すれば、コンビニやファストフード店で文句は言えないはずです。無論、職業に貴賤はないが、低賃金労働者と高給取りでは、提供するサービスに差がある。ところが、高級店でのカスハラは稀で、安価な店が標的になっている」

 カスハラから従業員を守るため、昨年、厚労省は企業向け対応マニュアルの策定に乗り出した。

◆「悪質な客を排除したら売り上げが増えた」

 また、カスハラに敢然と立ち向かう企業や店も現れ始めている。東京・向島の大衆酒場「かどや」もそんな店の一つだ。店主が話す。

「お金を投げつけられるなんていつものことで、看板を壊されたり、暴力を振るわれて警察を呼ぼうとたら、店の電話を壊されたこともあった。そんなクソ客の腹いせだろうけど、頼んでもいない出前が大量に届いたこともある。従業員に対して『ぶっ殺すぞ!』とかの暴言もザラで、メンタルをやられて辞めてしまうことも多い。

 飲食業界は人手不足で、客より従業員のほうが大事なんです。だから、クソ客がごねても『うるせえ!』の一言で終わりにする。ウチみたいな安い店で、酒も大して頼まず長居されたら商売になりません。悪質な客を排除したら客層がよくなり、売り上げが増えたくらいです。クソ客に対して、店は我慢なんかしちゃいけないんですよ」

 カスハラ客に屈しない勇気を持った店の登場が待たれる。

◆カスハラ客の弱点を突く撃退法とは?

 カスハラの深刻化を受け、昨年、厚労省は対応マニュアルの策定に乗り出し、同省所管の労働政策研究・研修機構は事例と対策を作成している。

 より効果的な「カスハラ撃退法」を、多くの現場を知るクレーム対応のプロの援川聡氏に伝授してもらった。

「第1に、対応に時間をかけることです。間違いがあってはならない企業や店を代表して客に対応しなければならない従業員は、絶対的に不利な立場にある。カスハラ客に怒鳴りつけられた従業員はパニックになり、一刻も早く事態を収拾したいでしょう。だが、逃げ腰の対応は、カスハラ客の思うツボ。時間をかけて、個の戦いから組織戦へ導くのです」

 有利なカスハラ客に個で対応しては、ますます不利になるばかりだ。援川氏は第2の対処法に「おうむ返し」を提唱する。

「相手が答に窮する状況を彼らは好むので、『誠意を見せろ!』と言われたら『誠意を見せろ、ということですね』と丁寧に繰り返す。こちらが防戦一方でなければ、カスハラ客にとってやりにくい相手になります。暖簾に腕押しの相手に怒鳴り続けるのも疲れるもの。音を上げるのを待ち、持久戦に持ち込むといいでしょう」

◆シンプルだが、絶大な効果がある対処法

 第3の対処法はシンプルだが、絶大な効果があるという。

「丁寧に相手の名前を確認することです。カスハラ客は名を明かしたがらないので、『しっかりと対応するために、お名前と連絡先を教えてください』とお願いする。個人情報を盾に拒まれても、『大事なことですので』お願いを続ける。要求の実現が困難とわかった時点で、クレームは収束に向かいます」

 毅然とした対応を取るにも、押さえるべきツボはあるのだ。

【甲南大学教授・阿部真大氏】

社会学者。専門は労働社会学、家族社会学、社会調査論。著書に『搾取される若者たち バイク便ライダーは見た!』(集英社)など

【クレーム対応コンサルタント・援川 聡氏】

エンゴシステム代表取締役。​元刑事の経験を生かしクレームに対応。「クレーム対応完全マニュアル」をダイヤモンドオンラインで連載中

<取材・文/齊藤武宏 取材・撮影/山本和幸 写真/PIXTA>

2021/6/27 8:54

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