「妻は愛しいが頭が悪い。救ってあげねば」モラハラ加害者の心理を当人が振り返る

◆酒に酔っては、妻に暴言を吐いてしまっていた

 厚生労働省の発表によると「いじめ・いやがらせ」に関する個別労働紛争の相談件数は年々増加の傾向にあり、2019年には過去最高を記録している。

 その結果を踏まえてか、2020年6月には「パワハラ防止法」を実施。被害者救済と予防に乗り出した。しかし事態は収束するどころかパワハラ、モラハラなど既存のハラスメントに加えて、高学歴と頭のよさを駆使して部下を精神的に潰しては出世していく「クラッシャー上司」なるものの存在も明らかになり、問題は深刻化する一方だ。

 そんな中、被害者側の声は有り余るほど目にするが、加害者の言い分についてはほとんど取り沙汰されたことはなかった。

 えいなか氏はなぜ、日本ではまだ珍しいハラスメントの「加害者向け」の団体の起ち上げに至ったのか。それは自身もまた、ハラスメントの加害者だったからだ。

「被害者支援が非常に重要であること、いまだ十分でないことに議論の余地はありません。しかし、被害者の数だけ加害者がいます。加害者を野放しにすると、被害者は増え続けます。DV・モラハラの問題に取り組むにあたって、加害者側の変化を促すことも間違いなく重要です」

 そう語るのは、DV・モラハラなどの加害者向けのオンライン当事者会やトレーニングを行う団体「GADHA(ガドハ)」の主宰であり、自身が経営するコンサルタント会社の代表でもある「えいなか」氏。

 

 えいなか氏が、現在の妻と結婚したのはおよそ5年前。妻を愛し、幸せに暮らしていたつもりだったのだが……。

「仕事上でストレスがかかっては大量の酒を飲んで妻を怒鳴り、強い言葉で責めてしまう。いわゆる絡み酒というやつです。しかし翌日になるとすべて忘れていて、妻にだけ苦痛が残っている。そんな関係性に悩み、2018年頃から自発的にカウセリングへ通うようになりました」

◆「妻は愛しい存在だが頭が悪い。俺が救ってあげなければ」

 そんなえいなか氏、当初は自身のことを主にアルコール依存症なのではと疑っていたという。

 しかし妻に話を聞くと「普段から話が通じないなと感じていた」と言うのだ。

「仕事の悩みを夫に相談をすると、夜中まで何時間もネチネチクドクドと説教をされたり、ケンカをすれば有無を言わさず一方的に責め続けられるのでよく泣いていましたね。もちろん私自身にも問題はあると思いますが、一緒に住んでいるのに自分の思いや考えを伝えられない関係をこの先ずっと続けていけるのか、本当に不安でした」(えいなか氏の妻)

 ところがこれらの言動、えいなか氏の言い分としてはこうなる。

「妻は愚かゆえに、僕の言っていることが理解できないのだ。でも僕は妻をとても愛している。だから理解させてあげなければ……と思っていました」

 正しく導いているはずなのに、妻はいつも泣いている。うつ症状も見え始め、仕事を辞めるとまで言い出した。

「自分では妻を慰めたり励ましたりしているつもりなのになぜ?と、ふと感じたことから、もしかして自分にも悪いところがあるのではないだろうか……という疑問が、ようやく浮かんできたんです」

◆「もうあなたとは働けない」部下から連名で届いたメッセージ

 同じ頃、今度は仕事で最も信頼していた部下たちからSlackで「もう一緒に仕事ができない」と告げられてしまった。そこには、こんなクレームが羅列されていた。

・社員の声を真剣に受け取らずに潰す

・仕事に対して指示が適当。それなのに「自分で考えて」などと雑な扱いをする

・情報を持っていても相手に渡さない

・理解責任だけを相手に求め、自身の説明責任は果たさない

「そこで初めて、問題は相手ではなく自分にあるのだということに気づきました。ショックを受けたとともに、幸いコンサル業で培った知識のおかげで自分を客観視することができたのだと思います。他社の労働環境相談にはさんざん乗ってきたのに、なぜ自分を省みることができなかったのか……いまでも思い返すと本当に恥ずかしいです」

 えいなか氏は仕事上で自身がパワハラ、モラハラを行っていたことを知った。にも関わらず、結婚生活でも同じことをしていると気づくには時間がかかったという。

「気づくのが遅れた理由はいくつかあります。まずアルコール依存症だと思い込んでいたけれど診断名はつかず、発達障害であるASD(自閉症スペクトラム)とADHD(注意欠陥多動性障害)があることが判明したこと。そして何よりも100冊以上の関連書籍を読み漁り、ようやく知識として自分の行為や考え方の間違いを認識できたことですね」

◆ハラスメントをしてしまう加害者の共通項

 他人を潰すほどのハラスメントをしてしまう加害者の共通項として、

・高学歴で地頭がよい

・他人への共感性が著しく欠如している

・常に自分の理屈が正しいと思っている

・相手に対して悪意がないので加害者であることに気づかない

 といった特徴がある。えいなか氏も例に漏れず、当てはまっていた。

◆ハラスメント加害者が陥りがちな思考「この世に正義はただ一つ」

 えいなか氏は、どのようにして自身の加害性を客観視することができたのか?

「被害者たちからのアクションがあったことが直接的なきっかけであることはもちろんですが、実は大学院で学んでいた科学哲学が役に立ったと思います。

 知識の捉え方には二種類あります。この世に正しいことはただ一つであると考える普遍主義、もう一つは知識や正しさとは絶対的なものとして存在するのではなく社会的合意を取りながら構築されていくものと考える社会構成主義です。

 自分は元々普遍主義的な考えだったのですが、科学哲学を学んだ結果、考えが変わったんです。社会構成主義の立場にたてば、正しさには多元性があり、答えは1つではありません。パワハラ、モラハラ、DVをする加害者は、自分だけが正しく、相手は間違っていると考えます。まさに社会構成主義の対極の信念に基づく行為です。

 そう気づけた時に、自分に問題がある可能性を感じ、アルコール依存症、神経科学の本、発達心理学や臨床心理学、コミュニケーションやケアリング理論まで知見を拡大し、自分に接続した瞬間に目の前が開けたという感じです」

◆周りの人が離れていくわけがようやくわかった

 本業であるコンサルティング業ではパワハラ上司と呼ばれるような人たちをカウンセリングする機会も多かったという、えいなか氏。それでもなお、自分に当てはめて考えることができなかったのは、「普遍主義の立場に立ち、自分の正しさを盲信していたから」だという。

「感情や心での理解が難しく、目の前で人が傷ついている事実をうまく自分の中に取り込めない。それはASDであることも関係していると思います。あくまで自分の場合ですが、ASDだからこそ、人がどういう時に怒り、悲しむのかということを本から知識として学習したときに、ようやく理解できたのです」

 自分が正しいわけではなく間違っていた。自分は100%加害者だったーーそう気づいた時、えいなか氏はとにかく「うれしかった」と言う。

「昔から、大切にしているはずの友人や恋人が離れていってしまうことばかりでした。俺は正しいことを言っているのにどうして傷つくのだろう、傷つくほうがおかしいと思っていましたが、その答えがようやくわかった。

 しかしその後にやってきたのは恥と後悔の感情でした。取返しのつかないことをしてきてしまって、謝ってもどうしようもないこともたくさんあり、今でも死にたいほどの苦しみを味わっています。これからはその苦しみをきちんと背負い、加害者としての責任を果たしていこう、というのが現在のスタンスです」

◆「悪意のない加害者」向けのコミュニティを立ち上げ

 そうして生まれたのが、ハラスメント当事者が自己変容するための団体「GADHA」である。パワハラに関しては本業のコンサルで扱っているため、ここでは主にモラハラ夫と呼ばれる男性たちが対象だ。

 GADHAは悩み相談、オンライン当事者会の開催、トレーニング等を目的とした「悪意のない加害者」向けのコミュニティだ。今年2月から本格的に活動を始め、これまでに総勢30人が参加したが「想像以上のスピードで人が集まり、ニーズを感じてはいる」という。

 まず、参加者は一体どういう経緯でGADHAのホームページに辿りつくのだろうか?

「大きく2種類います。まずは妻と別居や離婚まで行きつき、ようやく自身でその原因について調べ始めた人ですね。

 ネットの中には被害者の言葉はたくさん転がっていますが、加害者側の変化について書かれた情報はほとんどないですし、あったとしても加害者は変われないという記述が目立ちますから、GADHAは特徴的なんだと思います。私は人は変われると信じています。

 あとはやはり妻やパートナーからGADHAの存在を教えてもらったという人も多くいらっしゃいます。共有したら『俺を病気扱いするのか』と怒鳴られたという方もいらっしゃいますが、少なくない人が関係を改善するためにできることをしようとコンタクトをくれます」

◆ホモソーシャルの中にある「女は雑に扱ったほうがかっこいい」という価値観

 GADHAの最大の特徴とも言えるのが「オンライン当事者会」。匿名、顔出しなしで加害者が5人ほど参加して話し合うパターンが多い。中にはパートナーと一緒に参加する人もいる。

 だが参加者は当初、驚くことに若干の被害者意識も持ち合わせている場合がほとんどだ。自分は物理的な暴力をふるっていないから加害者ではないと主張する人、「(妻から)そんなことを言われたら責めてしまうのは仕方ないですよね?」などと傷の舐め合いをしてしまう人、「~してあげる」「やらせる」といった支配的な言葉づかいがクセになっている人などが多く見られるという。

 加害者意識が希薄な原因は、ホモソーシャルの中に「女など多少、雑に扱うほうがカッコいい」「男なら妻はビシッとしつけてやらないと」といった風潮があるからだとえいなか氏は言う。

◆体験を共有しあうことで、過ちに気づきやすくなる

 しかし、この当事者会に参加すると自分が加害者であることを認め、深く反省するようになる人も多いという。

「当時者会には企業の役員クラスの方も参加することがあります。そういう人も含めて、自分が部下やパートナーにやってきたことを話すのを聞いているうちに、自分とまったく同じことをしていることにまずは『気づく』。

 そんな相手が『本当に悪いことをしてしまった』『あの時もっと違う言い方ができなかっただろうか』などと心から反省している様子を見ると、今まで持っていた特権意識が剥がれ落ち、自分こそが加害者だったのだとようやく腹落ちできる。これが当事者会の最大の目的なんです」

 当事者会ではグループで話し合うが、トレーニングは1対1。実際に起こしてしまった加害を題材に、徹底的に加害者の「加害を起こしてしまう原因となる考え方」を明らかにし、「再発防止の方法を探る」という。

 GADHAでは加害者が変わるための理論も提唱しており、ケースに合わせて一部をレクチャーしているそうだ。

「これは過去の僕の例ですが、妻が就寝直前、まだ電気をつけている状態のときに『寝るんだったら電気消したら?』と言ってしまったことがあります。妻がもう立派な大人で電気くらい自分で消せるにもかかわらず、その人間性を根底では認めていないから余計な一言をいって不快感を与えてしまう。こうした実例を挙げながら加害性について理解してもらうようにしています」

◆加害的な信念や考え方を自覚し、修正する必要がある

 ネットやSNSでよく見られる被害妻たちの声に触れると、モラハラ夫側はより頑なになって自分の非を認めなくなってしまう。

 しかし当時者会は、「やってしまいましたね」「私もそれをやっていました」と共感しあい、解決法をともに探ることができるため実用性が高い。GADHAは主催者自身も、加害をしてきた経緯がある。上から目線に正解を教えるような形を取らない。

「加害者はある意味では、治療が必要な弱者であり、病人であるとすら言える。しかし被害者もいる以上弱者だとは思われづらいため、治療の対象ではなく単に罰されるべき存在として捉えられてしまう。

 もちろん、たとえ弱者であっても、どんな原因があろうとも、加害の責任を引き受け、被害者への一生消えない償いの責任はあります。一方で、少年犯罪やアルコール・万引きの依存症などもそうですが、基本的に罰しても変わることはできないのも残念ながら事実です。

 その問題が起きてしまった構造を解決しなければ、ただ痛い目を見たからしばらく大人しくするだけです。DV・モラハラ加害者は、加害的な信念や考え方が染み付いてしまっています。それを自覚し、修正していく必要があるんです」

◆加害者側のほうがパートナーと別れたがらない傾向

 一般的に別離となった場合は加害者側のほうがパートナーと別れたがらない傾向が強いという。それはなぜなのか。

「加害者にとって、加害できる相手がいることはとてもハッピーだからです。加害する=自分の思い通りに相手に影響することができるということ。

 そして、相手が苦しんでいる時に『自分は相手に何ができるだろうか』と考えないどころか、自分をケアしてくれないことへの苦しみを感じる。苦しんでいるのが、自分の加害のせいであってもです。恐ろしいことですよね。

 これは僕自身がそうだったからこそわかります。嫌なことも腹の立つこともすべて相手のせい、自分は責任を取らずに自分が望むことを相手にやらせ、望まないことは相手にやらせない……ひどい言い方をすれば、加害者にとって相手はラブドール兼サンドバッグ兼お母さんなわけです」

 相手に別居されても、自分の問題を自覚できずに「早く(好き勝手加害できていた)元のような関係性に戻りたい……」という相談者もいるというのだから、何をかいわんや、だ。

◆僕たちの世代で、不幸の連鎖を終わりにしたい

 さらには、そうした問題のある人のほとんどが同じような問題のある親に育てられていているという現実もある。

「僕自身も、能力さえ高ければ世間のルールを多少逸脱してもお咎めなしという育てられ方をしましたからね。これはもう代々続いている価値観。結局親の親もそうだったということになるわけです。

 ある意味では親も被害者であり、加害者。自分も被害者であり、加害者。でもそれに気づくことのできた僕たちの世代で、この不幸の連鎖を終わりにしましょうとよく伝えています」

 えいなか氏は現在、GADHAの加害者変容理論を構築・提唱している。そもそも人間とはどのような存在なのか、そのような存在にとって幸福、愛、配慮とはどのようなものかということを哲学的な議論から具体的なハウツーにつなげているという。

 そして、なぜ人にやさしくしなければならないのか、やさしさと幸福はどう繋がるのかというところを追求したトレーニングを作成している。

 ハラスメント加害者の当事者団体GADHAの画期的な活動に、今後も注目が集まりそうだ。

【えいなか】

経営コンサルタントとして組織開発と起業家支援等を行う傍ら、自らのパワハラ・モラハラ加害経験をもとに「GADHA」を立ち上げる。活動を通じて「悪意のない加害者」が少しでも変容するきっかけを提供し、自らも実践中。6月27日 「悪意のない加害者」オンライン当事者会を開催。詳しくはGADHAまで。ツイッター:

2021/6/21 8:54

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