「おなかに赤ちゃんが…」そう言いかけて撤回した女に、男が告げた衝撃すぎるニュースとは

結婚しても子どもを持たないという選択は、もう特別なものでもない。

“2人”が、家族のかたち。

明るい未来を信じて、そう決断する夫婦も多い。

それでも…悪気のないプレッシャーや、風当たりの強さに、気持ちがかき乱されることがある。

これは、3人の女が「夫婦、2人で生きていく」と決めるまでの、

選択と、葛藤と、幸せの物語。

◆これまでのあらすじ

長年に渡る不妊治療をやめる決意をした美容皮膚科医の藍子(43)。大学教授の夫と共に二人で生きて行く決意を固めた。しかしそんな矢先、生理が遅れていることに気づき…。

▶前回:「ごめんなさい…」何度も夫に謝りながら泣きじゃくる妻。その予想外の本心とは

期待をしてはいけないとわかっていながらも、出産祝いを選んでいるつもりが、なぜか自分の未来を想像してしまう。

―性別は生まれるまでのお楽しみっていうのもいいわね。そうなるとやっぱり、黄色か、白かしら。クマさんの柄ならどっちでもいけそう。

デパートのベビー用品売り場に来るのなんて、どれくらいぶりだろうか。不妊治療中は特に足が遠のいた場所でもあり、これまで知人に贈る出産祝いはネットで見繕うことが多かったのだ。

ガーゼ素材のおくるみに、ファーストシューズ、ベビー食器セット。どれもこれもかわいらしく、思わず笑みがこぼれてしまう。

妊娠中の看護師のお腹にいる赤ちゃんは、女の子だそうだ。女の子向けのお祝いを選べば良いとわかってはいるのに、妄想が広がる。

医師と米文学の教授という、理系と文系の最先端で活躍する夫婦の子どもは、どちらの才能を強く受け継ぐのだろう。そんな想像を巡らすのは楽しく、ついつい頬が緩んだ。

―生理が遅れてるだけでそこまで考えるなんてね……。

「あれ?藍子ちゃん?」

突然男性に名前を呼ばれ、藍子は驚いて振り返った。

「やっぱり、藍子ちゃんだ。久しぶり。こんなところで偶然だなあ」

驚く藍子の顔をまじまじと見ながら、男性は笑顔を浮かべた。藍子の記憶もみるみる蘇る。

「…篤彦くん!?」

懐かしい旧友の変わらぬ佇まいに、藍子は驚きの声を上げた。

衝撃の告白に藍子は?

二人の出会いは、もう25年近くも前になる。当時、医大生だった藍子と、広告代理店勤務だった篤彦は、いわゆる合コンで出会ったのだ。結局、篤彦と藍子の友人たちが付き合うことになり、グループでの交流がその後数年間続いた。

そのカップルはいつの間にか別れてしまい、藍子たち医大生は学業も忙しく、自然と交流の機会は減っていった。だが誰かしらの結婚パーティーで再会したり、ときには集まってお酒を飲んだり、細く長い縁が続いていた。

それでも、篤彦と藍子が会うのは10年ぶりくらいだろうか。藍子はクリニックを開業したばかりのころで、篤彦は…

「そうだ。離婚祝いぶり!?」

思わずそう言ってから、慌てて口をつぐんだ。10年前、篤彦は離婚したばかり。そんな篤彦を励まそうと、“離婚祝い”と冗談めかして昔の仲間が集まったのだった。

「懐かしいな。あのときはありがとう。おかげさまでもうすっかり元気だよ」

相変わらず人当たりの良い篤彦は、冗談を交じえながら笑った。

「そうだ。噂に聞いたよ。篤彦くん、ずいぶん年下の方と結婚したんだって!?さすがね」

「言おうと思ってたんだけど、タイミングもなかったしな。なんとかやってるよ」

篤彦の照れ笑いに、つられて藍子も笑顔になる。

「色々落ち着いたら、お祝いさせて。奥さんのことも、ぜひ紹介してね」

「ああ。ありがとう」

そして、藍子はふと、この売り場の状況に気づく。

「え?もしかして、奥さん…」

たしか、奥さんはまだ20代だと仲間内で聞いた気がする。もしかしておめでた?と藍子は思ったが、答えは予想外だった。

「違う違う。奥さんじゃなくて、娘がさ…」

「娘さん?里奈ちゃんだっけ?元気?もう大きいでしょ」

「そう。里奈はもう22歳で仕事もしてるんだけどさ」

「えー。あっという間だね。私、里奈ちゃんに最後にあったの小学生のときだ」

「実はあいつ、妊娠して、結婚するんだよ」

「え!?まさか…孫!?」

「そう。俺、40代にして、おじいちゃんだ」

さすがに仰天してしまう。青春時代を共に過ごした仲間に、孫が生まれる年代なのだ。

「篤彦くん、最高!おめでとう!」

藍子は驚きと喜びで胸がいっぱいになった。

「ありがとう。俺もびっくりだ。この歳になって20歳も歳下の奥さんもらったり、孫ができたり、いろんなことあるもんだな」

「10年前、真っ青な顔して“もう生きる意味もない”なんて言ってた姿が嘘みたいよ。幸せだね」

「人生っておもしろいな。うちの妻、まだ28歳なんだけど、私、おばあちゃん!?って大喜びしてるよ」

運命の不思議を、藍子も実感する。離婚してこの世の終わりのような顔をしていた篤彦が、想像もつかないような幸せな生活をし、藍子もこうして、身近な人たちが命を授かったことに喜びを感じている。

「で、今日はお祝いを見繕ってるってわけね?」

「ベビーグッズっていい値段するんだな。働きがいがあるよ」

そう言いながら目尻を下げる篤彦は、若いのにも関わらず“おじいちゃん”の慈愛に満ちていた。

「藍子ちゃんも買い物中だったな。ごめんごめん、お取り込み中」

篤彦は、とくに買い物の目的を聞かなかったが、なぜか藍子はこんなことを言っていた。

「うん。ちょっと、必要になるかもしれなくて」

「え?」

藍子の発言の真意は…?

「また詳しくは連絡するわ。楽しいお知らせができれば良いけど」

篤彦は、何かを言いかけたが、それを遮るように藍子は続けた。

「私、クリニックに戻るから。また連絡するわね。とにかくおめでとう。奥さんにもよろしくね」

「ああ、うん。またあらためて連絡するよ」

藍子は、何かを取り繕うように笑顔で手を振ると、足早にその場を去った。

一人、ぼんやりと昼間の街並みを歩く。家族連れも、小さな赤ちゃんを抱いた母親も、みんな一様に幸せそうだ。

―私、諦めたんじゃなかったっけ。

長年通っていた不妊治療のクリニックに卒業の挨拶をし、夫とも夫婦2人で過ごす人生について話し合ったばかりだ。

自然妊娠はほぼ不可能と医師から聞かされていたし、当然理解もしていた。だからこそ淡い期待すら抱いてはいけないと思っていたのだ。

―でも、もし、赤ちゃんが来てくれるなら…。

藍子の手は自然とお腹に触れていた。生理は、もう10日ほど遅れているだろうか。

もしもを、考えてはいけない。そう思い続ける以上、きっと夫婦2人で生きていく覚悟がぐらついてしまうだろう。

でも、“不妊治療をやめた途端身ごもった”というのは、医師である藍子もよく聞く話だ。

2人で住むためのマンションを買った途端。一念発起して再就職したらすぐに。そんなケースを何度となく耳にしてきた。

不妊治療における身体的、精神的、金銭的あらゆる負担は想像を絶するものだ。やはり妊娠するためにストレスは大敵なのだと思い知らされる。

―今考えても仕方がないことだし…。

と、思いつつも藍子は薬局に向かっていた。妊娠検査薬を使おう。もやもや考えているくらいなら白黒つけたいという、藍子らしい判断だった。

「前言撤回する。私、未練があったみたいだわ」

その日の夜、夫の淳之介が帰宅するなり、藍子は言った。

差し出した妊娠検査は、箱に入ったままだ。

帰宅後、あらゆる覚悟を決めて入ったトイレで…10日遅れの生理がきていたことに気づいた。

「私、あまり後悔しない方なんだけど、さすがにこれを買うのは1日待つべきだったわね…」

淳之介は、明るく振る舞う藍子の気持ちを察し、優しい目線を送りながら何度か小さく頷いた。

「また調べたくなることがあるかもしれないから、取っておこうか」

「捨てましょう。未練が長引くのも辛いわ」

藍子はため息をついたが、落ち込んでいるわけではなかった。ただ、自分が自分でないような、不思議な感覚に戸惑っているのだ。

「藍子。思いを断ち切るって、そう簡単なことじゃないよな。藍子が今後の人生について前向きに語るから、俺も同じスタンスでいようと思ったけど、心配だったよ」

「私は…」

―まずい。涙がこぼれそう…。

慌てて笑顔を作ろうとするが、当然うまく笑えない。

「自分では、私はもう大丈夫って、思ったんだけど…ダメだったみたいね」

「藍子。いったん思い切り泣いてもいいんだよ」

「ううん。私、そういうことをすると、余計に自己嫌悪に陥るの。かっこつけだとしても、潔く振る舞わせて」

淳之介は、何も言わず、笑顔で頷いた。胸を貸し、肩を抱くことだけが慰めではない。淳之介は藍子の心に寄り添いながらも、プライドを尊重することを選んだ。

「淳之介さん。私、この一週間くらい最後に夢を見させてもらったような気がするわ。もし赤ちゃんがお腹にいたら…って想像するだけで、お母さんに近づけた気がするもの」

藍子は言葉を搾り出しながら、これまでの不妊治療のことを思い出していた。

絶望的な数値を目にしたことも、ホルモン注射から逃げ出したくなったこともある。仕事に穴をあけたこともあるし、痛みに耐えきれずドクターストップがかかったこともある。「毎年豪華客船に乗れる」と、領収書を集めて夫婦で苦笑いしたこともあった。

初期の流産も何度か経験し、陽性判定にも喜べなくなったこと。今月もダメだったと言いながら、ひとりでワインのボトルをあっという間に飲み干してしまったこと。

どれもこれも、悲しみや辛さとは切り離せない。逃げ出したいと思ったことも何度もある。ただ、今となっては、どれも大切な思い出だと感じるのだ。

―ああ。ようやく卒業できるんだ。

二度目の決意は、固かった。

そんな藍子に、淳之介がぽつりとつぶやく。

「なあ、藍子…。実は、考えていることがあるんだ」

顔を上げた藍子は、思わず息をのんだ。

それほどに、淳之介の表情はいつになく真剣なものだったのだ。

▶前回:「ごめんなさい…」何度も夫に謝りながら泣きじゃくる妻。その予想外の本心とは

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淳之介の言葉に仰天した藍子は…

2021/5/26 5:04

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