「怪物」松坂大輔、「ハンカチ」斎藤佑樹も目前で…長嶋茂雄に王貞治…プロ野球レジェンドたちの「泣ける!」引退名言プレイバック

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 一時代を築いた大物たちが、今年も惜しまれながらユニフォームを脱ぐ。

「注目度の高さでも、やはり松坂大輔と斎藤佑樹の引退は別格です。新たな才能は続々登場しても、“○○世代”と広く浸透したのは彼らぐらい。ここ数年の実績には賛否両論あるにせよ、両者はともに、紛れもない不世出のスターでした」(スポーツ紙デスク)

 現役時代の2000年に開幕戦で松坂と投げ合い、引退後はOBとして斎藤を間近で見てきた元日本ハムの岩本勉氏も振り返る。

「思えば、松坂の衝撃デビューは東京ドームのファイターズ戦。一つの時代を、ともに歩ませてもらった者として感無量ですよ。ここまで、よく辛抱してきた佑ちゃんにも、まず“大変やったなぁ”と声をかけたい。外では叩かれたりもしていますが、札幌に行けば、彼のユニフォームを着たファンは、今でもたくさん見かけますしね」

 そこで今回は、今季限りでの引退を決めた現役スターの足跡を振り返ると同時に、レジェンドたちの“去り際”を回顧。関係者の証言を織り交ぜつつ、昭和・平成を彩った彼らの“最後の言葉”を噛みしめたい。

「私は今日、ここに引退いたしますが、わが巨人軍は永久に不滅です」

 引退に際した名言中の名言といえば、一も二もなくミスターだろう。

 長嶋茂雄のラストゲームは、1974年10月14日。後楽園球場でのシーズン最終戦、対中日のダブルヘッダーで、そのときは訪れた。

「通算444本目の本塁打を含む猛打賞を記録した第1試合の後に、ミスターは場内を一周。それで緊張の糸が切れたのか、続く第2試合では安打も1本のみ。最終打席も遊撃への併殺打に終わりました」(元巨人担当記者)

 実は、この年のミスターは、川上哲治監督から「生涯打率3割のためにも引退したら、どうだ」との“勧告”を事前に受けていた。

■王貞治の“別次元”な引退理由

 その頃のベンチ裏での様子を、V9の盟友・黒江透修氏が、こう述懐する。

「まだ続ければいいのに、と声をかけたら、“もういいだろ、黒ちゃん。今度はネット裏から見させてもらうよ”ってことを言ってたな。それで私もロッカーで、“チョーさんも今年で終わりかもしれんけど……”と、若い連中に檄を飛ばしてね。ミスターとワンちゃんが、それを無言で頷きながら見ていたのは覚えてるよ」

 ちなみに、黒江氏によれば、ミスターが“不滅”としたのは、その精神。それらは今の巨人にも連綿と受け継がれているという。

「先輩の言葉は素直に受け入れ、練習となればベテランこそが誰よりもバットを振る。そういった姿勢は、チームリーダーの坂本勇人あたりを見ていても感じます。引退報道のあった亀井善行にしても、ワガママを言ってもいい立場なのに腐らずに、よくやっている。OBとしてはうれしいよね」

 一方、別次元の存在だと、自ら印象づける言葉でバットを置いたのが王貞治。

「30本も打ったじゃなく、30本しか打てなかったからもう限界なんですよ」

 最終年の80年シーズンも、30本塁打、84打点はチームトップ。それでも当人の決意は固かった。

「王さんいわく、投手からの牽制球への反応一つにも以前のような軽さがなくなった、と。
19年連続30本などという大偉業を達成しながら、引退会見では、打撃の難しさをして、“22年間もやりましたが、つかみきれないまま今日を迎えました”と答えている。王貞治という選手が、いかに常人には理解できない境地にいたかが分かる言葉ですよね」(前出の元担当記者)

 10月18日発売の『週刊大衆』11月1日号では、このほかにもイチローや江夏豊らの引退時の名言と舞台裏を特集している。

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  • 10/17 18:00
  • 日刊大衆

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