食品メーカーとして在るべき姿へ。「Fibee」誕生の裏側にある事業担当者の確固たる思い
2025年3月にローンチ1周年を迎えた、ミツカンのブランド「Fibee(ファイビー)」。同ブランドは、生活者が手軽に健康をマネジメントできるようにという思いから誕生した。
腸の中にいる善玉菌のエサとなる発酵性食物繊維に着目し、ワッフルやバウムクーヘンなどの間食系からグラノーラやカレーなどの主食系まで、さまざまな商品を展開している。
2025年はブランドに対する生活者の評価が確かめられる、勝負の1年──。そう話すのは、「Fibee」を生み出した異食同源プロジェクトに発足時より携わり、「Fibee」の礎を築いた一人であるイノベーション開発部(25年3月よりダイレクトマーケティング部コミュニケーションチーム兼務)の栗原祐己(くりはら・ゆうき)だ。納豆ブランド「とろっ豆」の中長期戦略立案や複数の新規プロジェクトを推進する中、更なる挑戦として医食同源ブランドの開発を始動した。
栗原祐己(くりはら・ゆうき)コミュニケーション本部ダイレクトマーケティング部コミュニケーションチームマネージャー兼イノベーション開発部マネージャー。2011年入社。
「Fibee」の開発は、自社に対し食品メーカーとしての在るべき姿を問う大きな挑戦だという。今回は栗原に「Fibee」の原点とブランド開発の裏側、そして個人としての挑戦について話を聞いた。
「美味しくて楽しい」こそ健康の核心
「Fibee」誕生のきっかけ──。それは遡ること2021年11月。栗原は代表取締役専務兼COO・石垣(25年3月より株式会社Mizkan Holdings 執行役員 兼 株式会社Mizkan CINO)ともう1名のメンバーと共に、生活者の健康を支援するという軸で、新規事業の可能性を探っていた。定期的に集まり、お菓子やドリンクなど様々な商品を食べながら、どんな食品がどのように健康的になると嬉しいか、お喋りのような感覚でディスカッションをしていたという。
「プロジェクトの公募面接時に、マーケティングで最も面白いことは生活者理解、最も難しいこともまた生活者理解、と答えたのですが、まさにその通りで、チーム内ですら食べたいものや求める味わい、必要な栄養など異なることや、健康機能を求めていない食品カテゴリもあることなどがわかり、見通しが立つイメージが湧かない時期もありました」
具体的な構想がない中、カテゴリ別の市場分析や健康ニーズ分析、健康キーワードの認知調査、健康食品の試食会、健康コンセプトの外食店巡りなどをしながら新ブランドの核となりそうなものを探し続けた。
しかし、健康という観点でブランドを展開する上ではエビデンスが必要となる。実は、科学的根拠に基づいた健康的な食生活の常識は、健康メカニズムの解明が進む中で徐々に変化しているという。以前は健康とされていたことが、今もそうとは限らないのだ。
それなら、数年後に正しいと世の中に認知される健康メカニズムや健康エビデンスの兆しを捉え、予測し、それらを中心に据えたブランドコンセプトにするべきではないか──。そこで石垣が実施したのが、世界中に存在する健康的な食生活についての情報をマッピングし、種々の不調やそれに対する根本解決のためのアプローチ、将来の健康指標、必要な栄養成分、それらを含む食材などの相関を俯瞰することだった。
「ある1枚の資料を見た時、石垣の手法に感銘を受けましたね。ニーズの変化を捉えまいとするマーケティング事例をよく見かける中で、未来永劫変わらない大衆欲求ともいえる健康長寿に対し、解決策の未来予測を行うことはダイナミックでありながら理に適っている。マーケッターとしての成長を求めていた私としては、未知のマーケティングアプローチに好奇心が掻き立てられました」
ブランドコンセプトに必要な、未来の健康トレンドとそのエビデンスを見つけるため、有識者の元へも足を運んだ。中でも大きな転機となったのは、2021年の年末最終営業日に石垣と共に訪れたある大学教授との健康長寿についての会話だったという。
例えば、健康長寿の食文化で知られる地中海沿岸では、昼間から大勢で集まってワインを片手にゆっくりとおしゃべりしながら食事を楽しむ形が一般的だ。食事の時間が長いため、噛む回数は自ずと増える。健康長寿は食材からだけでなく、楽しい食シーン、十分な咀嚼回数などの要素が複合的に寄与しているように捉えることができた。
「自身も長い間食に関わる中で、いくら栄養豊富であっても、美味しくないと楽しくないし、身体的には健康でも精神的には不健康」という感覚があったので、話す中でまた感銘を受けましたね。同時に、これは今後ブランドの、というよりむしろ自身のコアとなる考え方かもしれないと思いました」
また、食品パッケージ上での健康訴求についても発見があった。世の中には「塩分50%カット」や「糖質50%オフ」などの訴求が見られるが、何か我慢しているようで美味しそうに思えない上に、1回の食事で何かを大きく減らすことは苦しくて続かない。それよりも毎食ほんの少し、例えば5%だけ塩分を減らすことを、我慢することなく生涯続けることで、人生トータルで摂取する塩分量を抑える方がよいとする考え方もあると知った。
「劇的な健康機能や即効性などなくても、ほんの少しだけ健康的で食べ続けてもらえる美味しい食品を広めていくことが、結果的に皆さんの健康に繋がるんだと思えて、やるべきことが明確になりました。たしかに健康なんて気にせずにコンビニ弁当を美味しく食べていたら、気づかないうちに健康を維持できていた、なんて未来が一番素敵じゃないですか。振り返れば、ここが私にとっての「Fibee」の出発点だったと思います。」
同時に栗原は「このプロジェクトの方向性が正しいと確信が持てた」と話す。自分たちが目指している「真に健康な食品ブランド」の輪郭がはっきりと見えた大きな転換点だった。
相次ぐコンセプト変更の末に。辿り着くは「発酵性食物繊維」
様々な健康ニーズやメカニズム、エビデンスの検討と並行して、商品開発も進めていた。素材は、ホールフーズやナッツ、豆類、スパイスなど。当初は漠然と主食を想定し麺やパンなどの試作を行っていたという。
「当初はプロダクトチームと連携し、健康的な原材料を練り込んだ麺を作ってもらってましたね。ただこれが難しくて。美味しく食べ続けたら健康に繋がるというブランドコンセプトなのに、食感や風味含めなかなか美味しいものが作れない。コストをかけているにも関わらず美味しさが損なわれるのであれば、生活者も我々も嬉しくない」
特定の素材だけでなく、発酵技術に注目したこともあった。発酵は素材本来の美味しさや栄養を引き出すという、発酵の再解釈をテーマに取り組んだという。栗原は並行して進めていた別プロジェクトで、女性向けにひよこ豆を発酵させた新商品を開発しテスト販売を行っていたのだが、売れ行きは芳しくなかった。
「数名にインタビューしたところ、発酵への期待値が低かったり、ベネフィットを感じていなかったりすることがわかり、これは発酵の再解釈の方向性としては難易度が高い。このままでは新ブランド(当時はFibeeとは異なるブランド名)でも同じことが起きてしまうと思い、チームに連携した上で総合的に判断し一度立ち止まることになりました」
単なる発酵だけでは難しい。ならば、発酵性食物繊維はどうか──。ブランド開発当時、発酵性食物繊維は一部の雑誌やTV番組で特集が組まれ始めたが、認知はまだまだこれからというタイミングであった。そういった背景も踏まえ、特定の素材や発酵技術中心ではなく、発酵性食物繊維を活用したプロダクト開発へと大きく舵を切り、それが後の「Fibee」誕生へと繋がった。
なんだって自らやる。「Fibeeを届けたい」思いに突き動かされ
栗原がプロジェクトに取り組み始めた当時、メンバーは数人程度であったため、ブランドの土台となる部分は全て担当する必要があった。その内容は、環境分析・ブランド/商品コンセプト設計・PL設計・需給体制構築、販売チャネル戦略策定、商談、D2C事業立ち上げ、KPI設計など、バリューチェーンの広範に渡る。未経験の業務もあったが、自身のスキル拡張の機会と捉え、自ら学び実践していくことが楽しく一心不乱になれたという。
「プロジェクト発足と、自身のキャリアにおけるタイミングがマッチしていたことも頑張り続けられた要因のひとつかもしれません。当時、営業や商品企画、新規プロジェクトを経てある程度経験を積み重ねた感覚があり、今後はより社会的意義のある取り組みで成果を追求したいという思いがありました。そうした中でこのプロジェクトは、自身がミツカンのマーケッターとして最も正しいと思うことに全力で取り組める絶好の機会だと思ったんです」
ローンチ時の流通との交渉も栗原が行った。自身が手掛けたブランドを説明しながら自身で試食準備を行い商談室で試食評価いただく。立上げの陳列もメンバーと共に自分の手で行った。栗原が陳列した店舗では販促物のぬいぐるみが足を組んでいるという。
中でも、D2C事業のPL設計や通販サイトやフルフィルメント体制などの立上げ、オンラインとオフラインを組み合わせた顧客体験設計などは初めての経験だったため、構造理解から必死に取り組んだ。考えなくてはならないことも作業も膨大だったが、その負荷の重さこそ自身の手で事業を作り上げているんだという実感に繋がった。
当時を振り返り栗原は「1人でも多くの人に『Fibee』を届けたいという使命感があった」と話す。「やりたいことの実現のために、業務は自分で作り増やしていった印象なので、やることが多くても辛くはなかった。2年半ぐらいかけて開発してきたブランドなので、徐々に形になっていく様は感慨深かったですね」
「自分にとって「Fibee」は仕事ではなくライフワーク」だと話す
また、ブランドローンチ後はイベントやライブショッピングなどで、Fibeeユーザーからリアルな声を聞く機会があり、それが原動力になっているという。過去には、オンラインでインタビューさせてもらったお客様が、後日オフラインのイベントでブースまで来てくれたり、ライブショッピングでコメントを送ってくれたこともあるそうだ。
「応援してくれている人がいるんだと実感できて嬉しかったですね。今まで、営業や商品企画なども経験してきましたが、ブランドのファンがこんなにも身近に感じられたのは初めてでした。消費者と企業なんて関係ではなく、人と人との繋がりであることを感じました」
「Fibee」のキャラクターが描かれたTシャツ。
現在では「Fibee」に関わるメンバーも増え、栗原が悩みながら始めた業務の多くは各メンバーに引き継がれている。事業戦略や商品企画などに集中しても良い体制ではあるが、栗原は今後も「イベントやライブショッピングなど生活者接点を持ち続けることを基本行動としたいですし、そこで得た気づきを踏まえ事業構造を大胆にアップデートしていきたい」と話す。
「Fibee」でこっそり健康支援。その実現のために
栗原たちイノベーション開発部がブランドの種を見つけ、土壌を整え、力を合わせて花を咲かせてきた「Fibee」。2025年3月でローンチ1周年を迎える。勝負の1年、自身で設計してきたあらゆる接点での顧客体験全体像を起点に、マーケティングコミュニケーション全体を推進することとなった栗原は、今年の動きについて、「複数の場面でFibeeを思い出してもらうことに主眼を置きながらも、欲しい人が欲しい時にすぐに入手できるよう販路を整備していく。そしてその活動を我々自身が楽しみながら取り組んでいきたい」と話す。
Fibeeの公式サイトで商品を購入すると、Fibeeたちが描かれた特別ボックスで届く。 ※キャラクターグッズは購入時に同梱されません
生活者との様々な接点をつくりFibeeを思い出してもらえたとしても、購入できる場所がないと生活者に届けられないため、「ミツカン公式通販」ならではの価値を高めながらも、ECモールやリアル店舗も拡大したいという。
また、さらなるビジョンとして、今後は「Fibee」ユーザー一人ひとりがマーケッターとなり、ユーザー自身の感動や言葉が起点となってブランドの輪が広がっていく形が理想だと話す。そのため2025年4月よりファンコミュニティも新たに本格始動する。
「ユーザーの皆様にブランドを広げていただくために、我々ができることはきっかけ作りに過ぎません。例えば、イベントであってもその場での購入を目的とするのではなく、現地での体験を家族や友人との会話のきっかけにしてもらえることを目的とし、それに見合うほどの魅力的な体験を徹底的に企画し、一緒に楽しむ」
真に健康的な食生活とは何か──。ブランドの種を探し始めてから現在まで、栗原はずっと生活者の健康に目を向け、ブランドの在り方や商品について人一倍考え、行動してきた。最後に、その原動力について聞くと「一人でも多くの生活者の健康を支援したいから、それもできるだけこっそりと」と笑顔で答えが返ってきた。
ミツカンの在るべき姿を体現するブランド「Fibee」。発酵性食物繊維の認知が広まると共に、その選択肢として「Fibee」が提供する価値もまた生活者に知れ渡りつつある。Fibeeの挑戦はまだ始まったばかり──。