西友の買収で「小売業界6位の巨大チェーン」が爆誕。総合スーパーの課題「アパレル・雑貨」の販売不振を乗り越えられるか注目
中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。
福岡市に本社を置く総合スーパーやディスカウントストア運営のトライアルホールディングスが、西友を買収すると3月5日に発表しました。
M&Aが成立すれば、売上高は1兆3000億円を超える見通し。1兆2000億円台のウエルシアホールディングスを抜いて小売業界6位の巨大チェーンが誕生します。
◆ダークホースだったトライアル
トライアルは1974年に福岡市で誕生したリサイクルショップが前身。ディスカウントストアとスーパーマーケットを組み合わせた、スーパーセンターを中心として業容を拡大。撤退した総合スーパーの居抜き物件などを活用して出店を重ねました。
グロース市場に上場したのは2024年3月。一般的な認知度は決して高くありませんでした。
西友の買収にはイオンのほか、「ドン・キホーテ」を運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスが手を挙げているとされていたため、ダークホースともいうべきトライアルの買収は世間を驚かせました。
◆トライアルと西友の総資産は「同規模」
西友の総資産は3200億円。トライアルと規模はほぼ同じであり、大きな賭けに出た様子がわかります。買収額は3800億円で、銀行から3700億円の借入を行います。西友の2023年12月期における売上高は6647億円、営業利益は314億円。営業利益率は4%。スーパーの平均的な営業利益率は1%程度であり、西友は収益性が高いことが特徴です。そうとはいえ、3700億円の借入を行ったうえに、トライアルは2600億円を超えるのれんを積む計算です。
のれんとは、株式の取得額と純資産の差額のこと。トライアルのように日本の会計基準を採用している場合、最長20年でこれを償却しなければなりません。仮に10年で償却するとなると、1年で260億円の償却費が発生します。これは費用として計上するため、営業利益を圧迫する要因となるのです。
また、のれんは買収した会社の収益性が悪化した場合、価値が下がった分を減損損失として計上する決まりがあります。スーパーを取り巻く環境の変化などで業績が悪化した場合、巨額の損失を出す火種にもなりかねないのです。西友の純資産はトライアルとほぼ同じ。強い覚悟で臨んだ買収だったでしょう。
◆「郊外型」と「都市型」で相互補完する、理想的な買収
トライアルが買収した一番の狙いが立地。西友は関東圏を中心に駅近物件を数多く保有しています。トライアルは千葉市や茨城県笠間市、栃木県小山市などに出店をしていますが、東京に店舗はなく、郊外型が中心。西友の買収によって人口集積地である関東、中部、関西エリアの事業基盤を迅速に構築することができました。
これまでの小売業界は、消費者の声に応えるべく物流に多少の無理が生じても要望をかなえるという常識がありました。ところが物流業界にも働き方改革が導入され、無理がきかなくなってきました。一方で消費者が求めるものを素早く提供しなければ、競争力が失われてしまいます。
小売業界は物流の効率化が、成長に向けた一つのキーワードになっているのです。トライアルと西友の物流ネットワークを統合することにより、シナジー効果が創出されるでしょう。
トライアルは郊外型の大型店、西友は都市型の中規模店を得意としています。商圏が重なって顧客を取り合うカニバリゼーションが起こりづらく、相互補完を図るM&Aだと見ることもできます。
◆「一番の特徴」は、西友でも活きるか
トライアルの一番の特徴はデジタル化を推し進めていること。「Skip Cart」というシステムを取り入れ、商品を顧客がスキャンして決済ゲートを通過すれば会計が完了する仕組みを導入しています。レジ待ちがなく、端末上にはクーポンなどのお得な情報も表示されます。
購買データは生産や調達計画、物流の効率化に活用でき、サプライチェーンの最適化も図ることができるのです。
ただし、導入費用や顧客の利便性の観点から「Skip Cart」を西友にそのまま導入するのは難しいかもしれません。データの一体化が、効率化を図る一助になるでしょう。
◆「食料品以外の販売不振」を乗り越えるには…
買収後のポイントは、西友の企業価値をいかに高めるかにかかっているでしょう。
西友はすでに営業利益率が4%を超えており、効率的な運営体制を整えていました。これはウォルマートから経営を引き継いだ投資ファンドのKKRが、流通業界のプロ経営者である大久保恒夫氏をCEOに迎えて経営改革を行った成果。大久保氏は組織改革を進め、デジタル化を推進。付加価値の高い商品を販売することで、利益率の向上を図りました。
ただし、好調なのはスーパーで、伸びしろは衣料品やインテリア、雑貨など食料品以外にあります。かつてウォルマートの傘下にあった西友は、イギリスのアパレルブランド「ジョージ」を展開して衣料品の強化を図った時期がありました。しかし、失敗に終わっています。
総合スーパーで苦戦している多くは、食料品以外の販売不振に悩まされています。イオンもアパレルの強化に乗り出しており、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスが買収したユニーも、衣料品を中心としたプライベートブランドを強化しています。
トライアルもアパレルの独自ブランドを持っているものの、ラインナップはまだ多くありません。中長期的にはアパレルや雑貨を強化し、西友とのシナジー効果を高める取り組みが必要になるでしょう。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界