「え、あの清楚系女子が?」21歳女のSNS裏アカが流出。しかし、真相は嫉妬する周囲の罠だった!?
港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「友人の結婚式でスピーチなんてしたくない…」32歳女の誰にも言えない本音とは
Customer2:東条みず穂(21歳)【裏アカ発覚…炎上して活動自粛中の有名女優】前編
「あ、またネットニュースになってる。5億円かぁ~。こういう賠償金ってマジ事務所が払うのかな。どう思います?ともみさん」
ルビーはそう言って、自分が見ていた画面をともみに見せた。そのタイミングで「へい、おまち~」と2人分の豚骨ラーメンが運ばれてくる。
「にんにく抜いといたからね」という大将の声に「ありがとぉ&いっただきまぁす!」とテンションを上げたルビーは、早速スープをすする。
「んぁ~うんまい!」
BAR TOUGH COOKIESがオープンしてから今日で1週間。昨日までに来た客は3組ほど。店が終わる時間に必ず訪ねてくる光江に、その日の接客内容を報告するのが決まりとなりつつある。
秘密保持契約書には、店側で秘密を保持できるのは3人と書かれている。ともみとルビー、そしてオーナーである光江だ。
光江は黙って報告を受けるだけで、指示も注意もしない。自分はこのままでいいのだろうかとともみが聞いても、「いいんじゃないか」とほほ笑むだけ。
だからともみは文字通り手探りの日々だ。接客中に、こんな時光江さんならどうするだろうという意識がよぎることが何度もあった。まるで“店長のコスプレ”をしているようだと少し情けなくなる。
今日最初の客の予約時間は21時。開店準備を終わらせた19時半頃に、今すぐ豚骨ラーメンをバリカタで食べたくなったとルビーは駄々をこね始めた。ともみは、これから接客なんだからにんにくは絶対ダメという条件を出し、店から歩いて5分、西麻布交差点近くのラーメン屋にきていた。
半ラーメンで精一杯のともみと比べて、すでに2人前の水餃子をペロリと平らげたあとだというのに、テンポ良くラーメンを吸い込んでいくルビーは食べることが大好きな、いわゆる痩せの大食いだ。
ポールダンサーとしては、もう少し体に凹凸があっても良かったのに胸もお尻も全く育たなかった、とルビーはいつも笑いながら嘆いている。
『裏アカが発覚し大炎上した女優・東条みず穂。賠償金は5億円以上とのウワサの中、独占取材!スタッフへのパワハラ疑惑も浮上し、近しい関係者が暴露した清楚系人気女優の恐ろしい裏の顔とは?』
ともみは、ルビーから差し出された携帯画面の中に並ぶそれらの文字に、心の中で小さなため息をつく。この“東条みず穂”こそ、この後ともみが店長を務めるBAR TOUGH COOKIESにやってくる客だ。
週刊誌の有料記事がSNSでリツイートされまくっているようだが、この手の“近しい”関係者というものは、ほとんどの場合ちっとも近しくはないことをともみは体験から知っている。
「こういう記事ってどこまでほんとなのかなぁ。ともみさんって元業界人だから、その手の事情にも詳しかったりします?」
ともみは、幼い頃から芸能界にいて、6年前に引退した“元芸能人”だ。
アイドルとして少しは顔と名前が売れたことや引退時に流れたウワサのせいもあって、ともみが元アイドルの「AN(アン)」だと知ると、気を使い腫れものに触るような話し方をする人や、下世話でイヤらしい質問をしてくる人も多い。
その点ルビーの“元芸能人”扱いはごく自然で、ともみをイヤな気分にさせることがない。だからともみも本音でさらりと返すことができる。
「どうだろうね。私の場合は記事に書かれていたことも、SNSで回ったウワサもほぼウソだったけど」
「やっぱりそうですよねぇ~。でも思わず見ちゃうんだよなぁこういうニュースって」
「ま、東条みずほと私じゃ格が違うから状況も違うと思うけどね」と答えながらともみは、記事についているコメントを開く。
【清楚系がパワハラ女王とか漫画みたいな展開じゃん。裏切られたわ~】
【裏切られたっていってるやつらバカなの?汚い世界で生きる芸能人なんて全員クソに決まってんだろ】
【裏アカ暴いた人、マジ優秀リスペクト。ビッチの本性丸裸でカワイソwww】
ともみが読んでいる間にもコメントは増え続け、記事も拡散され続けているようだった。
【ハイ人生終了。生意気ブスざまあ、乙】
匿名が故の強気で汚い言葉が並ぶコメント欄に、ともみが苦い記憶を思い出していると、ルビーが「まだお腹空いてるなぁ~」とつぶやき、ちらりとともみを見た。
「え?まだ食べる気?」と呆気にとられたともみに、てへっと舌を出して、大将替え玉っ!と叫んだ。
◆
ルビーはともみとその客から距離を保ち、まるで借りてきた猫のようにカウンターの端で大人しくなっている。むやみに近づくのは危険と判断したのだろか。ルビー独自の野生の勘、その本能にともみは笑いをこらえながら感心する。
― 実際に会うと、さらに大人びて見えるな。
ともみは、カウンター席に座った女優・東条みず穂が、酒を作る自分を観察している気配を感じながらそう思った。
年齢より落ち着いて見えるのは子役から芸能界にいた人間にはありがちなこで、メディアでも常々大人っぽいと言われていたみず穂だが、ともみは外見というよりもその佇まいに、21歳とは思えない迫力を感じていた。
約束通りの時間、21時の5分前に東条みず穂はビルの地下駐車場にマネージャーの運転する車で入り、そのまま、エレベーターでBAR TOUGH COOKIESのある4階まで上がってきた。
マネージャーは、この店の決まりである秘密保持契約書に、みず穂とともみがそれぞれサインをしたことを見届けると、車で待っていると言い残して駐車場に降りていった。
― もっとボロボロになってるかと思ったけど。
ウイスキー…マッカランの18年のロックを濃いめで、と注文したみず穂の声も、姿も、これまでドラマや映画で見てきた彼女そのもの、人気女優の佇まいそのままで。
お待たせしました、とともみがグラスを差し出すまで、みず穂は一言も話さなかった。
「お味や濃さなどは大丈夫でしょうか?もしお好みと違ったらおっしゃってください」
ともみの言葉に、みず穂が小さく笑った。
「わからないんです。そういうの」
「わからない、とは?」
「このお酒…マッカランは映画の役で飲まなきゃいけないシーンがあって。好みとかっていうよりは、芝居に必要だったから覚えたお酒で、それ以来なんとなく癖になって注文しているだけだから。美味しいとか好みとか、よくわからないまま飲み続けています」
そう言ってグラスを見つめたみず穂の瞳が、懐かしいものを見るように優しくなっていることにともみは気づいた。
「お芝居が、本当に好きなんですね」
「好きというよりは…全てです。あ、全てでした、かな」
みず穂が今度は自虐的な笑みを浮かべる。
氷をカランカランと鳴らし、グラスを口に運ぶみず穂の指先、その所作はまさしく飲み慣れた人のもので様になっている。それらも芝居で覚えた動きだろうかとともみが見つめていると、みず穂が顔を上げた。
「仕事が無期限休止になって以来ずっと家の中にいたので…気分転換をしたいならこの店に行っておいでと事務所の社長に言われました。秘密は絶対に守ってくれるから何を愚痴ってもぶちまけてきてもいいって。私には友達もいないと思われてるから心配してくれてるんでしょうけど」
言葉を区切ったみず穂の瞳が鋭くなり、射るようにともみを見た。
「私は愚痴りたくて来たわけじゃないんです。本当は来る気もなかった。でも店長さんも、元アイドルだったって聞いて興味がわいて。少し調べさせてもらったんです。そしたら、AN(アン)さんだったんですね。
一瞬でもそこそこ売れたグループにいらっしゃった方だったなんて、驚きですから」
「一瞬でもそこそこ売れた」という表現にともみは苦笑いしたが、みず穂の話に驚きはしなかった。彼女の来店が決まった時、この店のオーナーである光江はこう言っていた。
「東条みず穂が家に閉じこもりっきりらしいんだよ。そのうえ、家に誰も寄せ付けない。マネージャーも入れてもらえない上にどうやら家族とも疎遠だっていうから、このまま思いつめたら最悪の行動に出る可能性もあるんじゃないかって、社長が気が気じゃないらしいんだよ。
だから、彼女がこの店に興味を持つように、アンタが元アイドルだったって話をしてもいいかって聞かれたんだけど…大丈夫かい?」
アンタがイヤなら黙ってるように言うよと気遣ってくれた光江に、伝えてもらって構いませんと答えた。
売れている芸能人は警戒心が強い。ましてや問題を起こして謹慎中の身ならばこれ以上のトラブルも流出も絶対にさけなければならない。
となれば自分の社長に紹介された店であったとしても、店への安心材料が必要だし、ともみのことも調べてから来るだろう。自分だったらきっとそうする。だから想定内だったのだ。
「はい、アイドルグループにいました。お芝居もさせて頂いていましたが、東条さんの前であれをお芝居だったというのはちょっと…恥ずかしい気もしますが」
ともみの言葉にみず穂の唇が皮肉に歪んだ。
「それってなんか…アイドル上がりの女の芝居をディスって炎上した私にとってはイヤミに聞こえますけど」
ともみはしまったと思った。
東条みず穂が無期限活動休止になったきっかけは、東条みず穂が自身の裏アカで「目薬がなきゃ泣けないウソ泣きド下手女優。あの女のせいで作品が台無し」とアイドル出身の女優を名指してこき下ろした、そのポストが流出したことだったからだ。
「そんなつもりはなかったのですが…失礼しました」
頭を下げたともみに、まあ別にいいんですけど、とみず穂が続けた。
「私があなたに会ってみたくなったんです。AN(アン)さんこと、ともみさん。あなたが芸能界を辞められた理由が私と同じで…人に騙されてハメられたことがきっかけになったっていうのは…本当ですか?」
何かが落ちた音にともみが視線を動かした先には、いつの間にかソファー席の方へ移動していたルビーがいた。
落ちたのは手にしていたマッチの箱のようで、おそらくテーブルのキャンドルが消えたことに気がつき火をつけに行ったのだろう。失礼しましたと言ったあと、ルビーは心配そうにともみに向かってパクパクと口を動かしてみせた。
みず穂がともみを攻撃しているように感じたのか、その口パクはおそらく「大丈夫?」と動いたと思われた。なんならそちらに助けに行きますけど?というルビーの勢いを目で制しながら、ともみはみず穂に向き合いなおす。
「騙されたとか、ハメられたとかいうのは随分物騒な表現だと思いますが…たとえそんなことがあったとしても、もう随分昔の話なので」
― そこまで調べたなんて。
21歳とは思えない用意周到さのようなものにも驚きながら、ともみはそれを顔に出さぬよう気を付けながらそう思った。
ともみが芸能界を辞めた6年前、みず穂は15歳で既に芸能界にいたわけだし、「一瞬でもそこそこ売れたグループ」にいたともみを知っていることは不思議ではなく、どこかの現場で一度くらい一緒になった可能性もある。
しかし、ともみがアイドルを辞めることになったきっかけは、よほどともみの近くにいた人でなければ知りえないことなのに。
― さすが人気女優。友達はいなくても、調べてくれる伝や方法があったわけだ。でもそんなことよりも。
「さっき、私が芸能界をやめた理由が東条さんと同じ…的なことをおっしゃってましたけど」
ということは。
「つまりそれは…あなたが無期限活動自粛に追い込まれた今の状況は、自分の間違えによるものではなくて、実は誰かに“騙され、ハメられた”結果だということでしょうか?」
ほんの一瞬だが、みず穂の瞳が揺れて潤んだように見えた。そのほんの一瞬が今日初めての21歳らしい表情のように思えて、ともみが次の言葉に悩んでいると、「ああああっ!もう!」とルビーが叫んだ。
まさかのタイミングのまさかの奇声にともみの制止が遅れた。その間に、ルビーは勢いよくカウンターに戻り、みず穂の隣に座り、ガッツリと彼女の手を握りしめて言った。
「みず穂ちゃん、アタシ、ルビー。ちな、22」
「え?」
「アタシ22歳ってこと。みず穂ちゃん21でしょ、ネットニュースで見たから知ってる。ほぼタメだから敬語はなし、ルビーって呼んでね」
おののくみず穂にニッコリとほほ笑んでから、ルビーは怒りを爆発させた。
「ダマすとかハメるとか、一番、ぜっっったい許せんのよ。誰にやられた?アタシがシバキ倒してやりたいっつーの!!
「…ルビーそういうことじゃないの、立ちなさい、早く!すみません、東条さん…」
言葉を失いルビーを凝視するみず穂とデジャブ…と頭を抱えそうになったともみを気にせず、「ムカつくからとりあえず飲も!ともみさん、アタシにもなんかお酒ください!」とルビーは鼻息荒く言った。
◆
「あら、友坂のとこの坊ちゃんじゃないか」
ルビーにより、ともみとみず穂が混乱に陥っていた丁度その頃、TOUGH COOKIESから徒歩10分程のところにあるBAR Sneetで、光江は久しぶりの人物と遭遇していた。
「そろそろ、その坊ちゃんっていうのやめてくださいよ。大輝です、だ・い・き」
友坂大輝。日本有数の名家の1人息子で、その父と光江が古くからの付き合いだということもあって、28歳になった今でも坊ちゃんと呼ばれている。
大輝はカウンター席にいた光江にお隣いいですかと聞きながら、その返事を待たずに並んで座った。
「座っていいとは言ってないだろ。これだから自分の容姿に自信がある男はいやだねぇ」
光江のイヤミも物ともせずほほ笑んだ大輝は、店長にジントニックを頼んでから言った。
「そういえば、オレ、光江さんに聞きたいことあったんだ」
「ただじゃ喋らないよ。一杯奢りな」
西麻布の女帝と呼ばれる光江には、政財界の大物から闇社会のボスまでが相談にくる。その相談料は、光江がその日飲みたい酒を一杯おごる、というもの。
ただし、相談を持ち掛けたところで必ず受けてもらえるとは限らないし、そもそも光江は常にこのSneetにいるわけではなく、会えたらラッキーといういわばレアキャラだ。
「もちろん奢らせていたきます」
と、大輝が芝居がかって頭を下げると光江は、今日はワインの気分だねぇ、と店長からワインリストを受け取り、そのページを生き生きとめくり始めた。
「で、聞きたいことって?」
「え?もう話しはじめていいんですか?まだワインも決めてないのに」
光江がにやりと笑った。
「話の内容によって、どのワインにするか決めようと思ってね」
だからとっと話しなと急かされた大輝は、じゃあ…と切りだした。
「はぐらかさないで本当のことを教えて欲しいんですけど。光江さんが新しい店をともみちゃんに任せた本当の理由はなんなのかなぁって」
「本当のって、どういう意図の質問だ」
「お客さんは女の子だけでその子たちの話を聞くための店は、ともみちゃんの得意分野とはとてもいえない。でも、ともみちゃんは求められて引き受けたことなら、どんなに不得意なことでも役柄として演じて…やり遂げられる。
尊敬してやまない光江さんに求められたことなら、なおさら全力でやるでしょうしね」
「へえ、お坊ちゃんアンタ…思ったよりはともみのことを理解してんだねぇ」
光江の視線は、パラパラとめくるワインリストに落ちたままだ。
大輝が知っているのは、店のコンセプトとその店長をともみが任されたということだけだ。それ以上のこと…秘密保持契約書に守られているという店の詳細を探りたいわけでもない。でもだからこそ光江に直接聞きたかった。
「もしかして…光江さんは本当のことをともみちゃんに伝えてないんじゃないんですか?ともみちゃんに店長を任せた、本当の理由、をね」
▶前回:「友人の結婚式でスピーチなんてしたくない…」32歳女の誰にも言えない本音とは
▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
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