コロナで売上7割減、月400万円赤字…激戦区の「ラブホテル社長」が明かす生き残る秘訣と“困った迷惑客”
地方の経済力が年々、弱くなっていると言われる。地方のラブホテルはどうなっているのかー。今回は、北海道函館市の「ホテル水色の詩(みずいろのうた)」を経営する有限会社工藤観光の代表取締役社長の工藤丈さん(46歳)に取材を試みた。
「ホテル水色の詩」(18部屋)は、北海道のラブホテルの生き残り競争が激しい地区で14年経営を続けている。全館改装や様々なイベント、飲食の豊富なメニュー、防音や盗聴、盗撮対策、社員教育に力を注ぎ、多くの利用者(風営法の定めにより18歳未満は利用禁止)に愛されている。その経営の秘けつや苦労、裏側をうかがった。
◆20代後半でラブホテル経営を決意
工藤さんは20代後半の頃、ラブホテルの経営を決意。32歳で代表取締役社長となり、2024年で14年目を迎える。父は函館市内でラブホテルを3店舗、経営していた。高齢となり、引退した時に3店舗(計51室)を売却したことで得たお金の一部を息子たちに与えた。工藤さんと兄は、そのお金で現在のホテル「水色の詩」の建物を購入した。場所は、函館市内のラブホテル街として知られる東山町だ。
「父は、経営者としての力はあったと思います。今年(2024年)他界したのですが、創業者らしく厳しいタイプでした。『お前たちが社会人になった後、すぐには継がせない』と言われたのでスーパーや農業、漁業に携わり、経験を積み、父の経営するホテルに入ったのです。室内の掃除では、毛1本、水滴1つも残してはいけないと特に厳しく教えられました。ある時から支配人を任せてもらい、ある程度の経験と自信を持つことができたのです」
北海道は首都圏に比べると、経済状況は芳しくはない。ラブホテル業界も景気や少子化の影響を受けている。市内随一のラブホテル街とはいえ、ここでも1年に1軒ほどのペースで経営難に陥り、廃業や閉店をする。すでに10店を超えている。2020年からのコロナウィルスの影響で閉店がさらに増えた。工藤さんは「ビビるけど、ホテル水色の詩はこうはなりたくない、負けてなるものかと自分に言い聞かせている」と話す。
◆1億円近く借り入れた大規模な改修
20代後半で後を継いだ時の大きな課題が、18部屋全室をはじめ、館内の大規模な改装だった。当時、設備が古くなりつつあったという。専門の建築士による設計デザインのもと、館内の廊下や室内の浴槽やジェットバス、水中照明、トイレ、照明、ベットやシーツ、65インチのテレビ、壁などからグッズや小物にいたるまでを変えた。安心して利用してもらえるようにと、防音対策を徹底させた。1億円近くの予算となるために金融機関から借り入れたが、大きな不安はなかったようだ。
「なんとか返していけるだろう、と思いました。父のもと、経営を学んできたし、この商売しか知らないし、できない。社員やパート社員やそれぞれの家族、僕の家族もいるから潰れるわけにはいかない。何よりも、ラブホテル経営が好き。これで生きていけることにとても感謝しているから、お客様に満足していただけるホテルにしたかったのです」
だが、改装後、2か月間は利用者が当初の想定よりも少なく、「どうしよう」とうろたえたという。工藤さんによると、18部屋ならば少なくとも1日に10組入らない状態が続くと、経営が成り立たなくなるようだ。
「経営を安定して続けるための1つの目安として18室の場合、1日最低2回、つまり、36組のお客様にご利用いただけるぺースを守ることとしています。3か月目から、お陰様でそのペースになりました」
◆リピーターが7割。集客アイデアには報酬も」
工藤さんがそのペースを維持できるように、4人の社員と20人のパート社員たちと力を注ぐのが、館内でのイベントだ。年末年始、バレンタインデー、市内の桜満開日を当てるクイズ、夏祭り、お盆、リンゴを浴槽に入れるリンゴ風呂、ハロウィン、お風呂の泡を10倍にする”バブルス10倍”、クリスマスなど毎月、イベントをする。さらに毎年、内容を変えている。
「お客様の7割前後がリピーターですから、常に新鮮さを感じ取っていただけるように工夫しているのです。いつも、全員の力でめちゃめちゃ凝ったイベントに毎回しています。赤字覚悟の試みの時もあるのですが、お客様に楽しんでいただきたいのです」
たとえば今年のクリスマスならば、大きな機械式のサンタクロースが登場したり、いたるところに装飾やグッズがあり、楽しい雰囲気を醸し出す。クリスマスにふさわしい飲み物や食べ物もつくる。オリジナルのプチシュークリームだ。
「僕よりも、社員やパートの皆さんのほうがアイデアははるかに豊富で、料理も上手い。いつもすごいなと感心しています。お客様から注文が多い場合、そのアイデアを出してくれた社員やパート社員には、感謝の意味を込めて給与とは別に一定のお金を支払っています。優れたアイデアは、お金に代えないと出てこないと思います。お金を払わずに、アイデアを求めるのは僕は避けたい。自分でアイデアを出すと、責任感を持つようになるのです」
◆大雪の日は「1日3回。2~3時間除雪」
1か月ごとのイベント以外にも、毎日、様々なイベントを行う。1か月間で同じイベントは2日ないようにしているのだという。飲み物や食べ物にも様々な工夫をしている。最近は、きなこ団子やミニマフィン、サラダパフェ、ようかんパフェ、アワビ入りお雑煮を始めた。衛生面に細心の注意を払いながら、常に100種類以上のメニューをそろえる。このメニューも随時、変えている。
「最近の目玉は、お部屋で炊き上げる“ホタテ釜飯”や“活メニュー”。たとえば、当店独自の水槽で育てたうえで料理する活アワビや活イカ、活ホタテ、活ホッキ、活エビなどです。活アワビでは酒蒸しや踊り焼き、刺しがあります。活エビでは、ボタン焼きが特に人気です。お部屋でカップルで調理をしていただくこともできます」
イベントやメニューをX(旧ツイッター)やYouTubeチャンネルで随時紹介する。全員でイベントに全力を注ぎ、常に新しく、清潔で楽しいホテルにしているが、1日36組のペースを維持できない日があるという。12~3月、雪が大量に積もる日は外に出る人が減る。そのような日は工藤さんと兄が中心になり、1日少なくとも3回程、除雪をする。1回につき、2~3時間。
「どか雪の日は、車が走るメインロードからホテル水色の詩までの約60メートルの道を除雪車に乗り、深夜3時間程かけて雪解けをしています。この道は私たちのホテルの敷地外ですが。そばには雪をどけていないから、駐車場にまで車を走らせられないホテルがあります。そのような方が、ホテル水色の詩に来てくださるのです」
◆1か月で最大400万円赤字が半年続く
1日36組のペースが維持できなくなったのは2020年だ。この年、新型コロナウィルスの感染が本格化する。利用者は大幅に減るが、社員やパート社員の人件費、ホテルの光熱費をはじめ、各種のコストは発生する。税金の支払いもある。1か月で300万~400万円の持ち出し(赤字)となり、この状態が約半年続いた。
「経営を続けるのは難しくなるかも、と一時は思ったのです。いつ、感染拡大の影響が沈静化するのかわかりませんでしたから。売上は前年度比7割マイナスでした。それでも7~8か月後にお客様が増え、1年後に元のペースに戻りました」
1日36組のペースを守るためには、リピーターを増やすことが大切のようだ。そのために衛生面にも力を注ぐ。2024年の今も館内や室内の除菌対策には抜かりない。各部屋の清掃では、亡き父の教えである「掃除がとても大事。毛1本、水滴1つも残すな。不潔な印象を与えたら、ラブホテルは潰れる」を守り、全員で注意しながら取り組む。
◆焼肉セットと肉を持ち込む迷惑客も
許容範囲を超えるほどに室内を汚す人が数年に1組くらいのペースでいて、困る時があるという。10年以上前に大便がトイレ以外の数か所にあったために、室内を徹底して清掃、除菌をした。なぜか、床のいたるところにガムテープが貼ってあった時もあるそうだ。
「室内に焼肉セットと肉を持ち込み、食べていた方たちもいます。ご利用は大変にありがたいのですが、臭いが充満し、なかなか消えないのです。ほかのお客様がこの部屋を利用できなくなります。これは困りますので、どうかお止めくださいと申し上げました。
素敵なお客様もいます。ある日、清掃のために入室したところ、シーツが赤くなっていました。テーブルの上にそのお詫びが書かれた手紙と1000円が置いてありました。お金はありがたく頂戴し、ジュースを買い、社員やパート社員で飲ませていただきました」
全館、全室の盗聴、盗撮対策もしている。工藤さんが盗聴器・盗聴カメラ発見器を使い、隅々まで調べる。
◆幼少期はラブホ経営が恥ずかしかった時期も
「ホテル水色の詩では、過去に1つもありません。万が一に備えたいのです。利用者の中に盗聴器や盗聴カメラをしかけ、いったんは退出し、数日後に同じ部屋を予約し、その盗聴器や盗聴カメラを持ち帰る人がいるかもしれません。それを確実に防ぐために、このような発見器で確認しているのです。
室内の玄関、洗面台、鏡の裏、天井や浴室、トイレの隅々まで、裏の裏まで念入りに調べ上げます。床、テレビ、ベットやソファー周辺やその裏側、壁の隙間、電化製品の配線、周辺機器、コンセントなどを徹底します。お客様に安心してご利用いただきたい。その一心で試みています。ここまで調べるホテルは、ラブホテル以外も含め、全国でも少ないと思います」
工藤さんは10代の頃に、父がラブホテルを経営していることで恥ずかしかった時期がある。先輩から冷やかされる時が多々あったようだ。そのようなこともあり、子どもがある程度成長するまでは、YouTubeチャンネル「ホテル水色の詩」に出演する際にマスクをしていた。顔がはっきりとわからないようにするためだ。今は子どもが成長したので、マスクを外し、画面に登場する。2024年12月のチャンネル登録者数は、2300人を超えた。工藤さん自ら今後も説明を続けていくつもりだという。
<TEXT/吉田典史>
【吉田典史】
ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』『あの日、負け組社員になった…』(ダイヤモンド社)など多数