毒吐き用のSNSアカウントが、彼の親にバレた!慶應幼稚舎出身、27歳女の裏の顔とは
◆これまでまでのあらすじ
慶應幼稚舎出身の外銀で働く吉貴 瀬里奈(27歳)は、両親の泥沼離婚に巻き込まれたトラウマを持つ。かつて自分を振った同僚の男性と再会して、恋仲になるけれど…。
▶前回:親は弁護士・慶應幼稚舎出身の外銀勤務の27歳お嬢さま。人には言えない、彼女が抱える悩み
慶應幼稚舎出身 外銀女子/吉貴 瀬里奈(27歳)の場合【後編】
ほとんどのドラマでは、事件がおきるタイミングが決まっている。そのひとつが彼氏の親と食事をするときだ。
だから、恵比寿のイタリアンで、健斗の母親と一緒に夜ご飯を食べることになった時、私は気が気でなかった。
健斗の母親は、きらきらと輝く黒い瞳の持ち主で、美しく、黒髪で痩せている。アート関係の仕事をしているという彼女は、目を輝かせながら、よく飲み、よく食べ、よく話してくれた。
「健斗が小さい頃に離婚して、心機一転、仕事上のつてがあって思い切ってロンドンに移住したのよ。大学の学費が心配だったけど、奨学金を使えたのよね」
「返済額がえぐかったから、給料が高い外資系金融にしたんだよ。僕って親孝行~」
健斗がおちゃらけてテーブルに笑いがあふれる。
彼女は健斗が社会人になったタイミングで東京に戻り、パートナーとふたりで暮らし始めたらしい。3人の仲はよくて、よく食事もするのだという。
健斗の母親は、嫌な感じが全くしなくてとても素敵な女性だった。
お酒もすすむ楽しい夜だ。仕事の話とか趣味の話とか一通りしたところで、健斗は私に話をふってきた。
「瀬里奈は幼稚舎から慶應だっけ?」
私はうなずいた。ふたりとも私の話を聞きたがっている。
やさしい彼らに心を許し、私は当時の話を打ち明けた。
「ええ。でも両親は物心ついた時から、いつもケンカしていたわ。幼い頃は寂しかったです」
「友達に相談しなかったの?」
「『旅行に行った』って話はできても『パパとママは別室で、私は交互にふたりの部屋で寝てた』なんて、その頃は恥ずかしくて言えなかった」
中学に上がると、離婚裁判が始まった。親権争いをしていたから、別居はせず無理して3人で一緒に住んでいた時期は最悪だった。健斗は心配そうな目で私を見る。
「家の中が冷え切っていて、本当につらかった。ふたりとも弁護士だったから、裁判に不利にならないように工作してくるのが見え見えだった。誰にも言えなかったし…だからXのアカウントが作れるようになる年齢になったら、そこで吐き出していたの」
いいねやコメントをくれる人はいたけど、そんなことは何の救いにもならない。
6年に渡る裁判の結果、母親は親権を得た。お金には困らなかったけど、誰にも本音が言えずどこか孤独だった。
あの頃からすでに、私は誰にも頼らずに生きていこうと決めていた。
暗くなりかけたテーブルは、健斗の明るい一言で吹き飛ぶ。
「でも最近は、つらい時は『つらい』って言えるようになってきたよね。えらい!」
「健斗が受け止めてくれるから…」
「それまでは恋愛にびびってたよね。結婚は世界の果てだと思ってたでしょ?一歩でも進むと、あとは落ちるしかないって」
すると彼の母親が「ねえ。ごめん。Xって何?」と言い、「前のTwitterだよ、母さん。ほら、これ…」とスマホをいじりあっている。
私は席を立って、お手洗いに行くことにした。彼の母親は、じっとスマホを見つめていた。
お手洗いから戻ってくると、和やかだった空気が重くなっている。
「これ、瀬里奈ちゃん?」
彼の母親が見せてきたXの画面には、大学2年生の私が投稿したポストがうつっている。
『最悪。ママに彼氏ができた。子どもがいるのに、パートナー作るってどうなの?』
― これ、ショックで家を飛び出して、ひとり暮らしを始めたときに投稿したやつだ…。
もっと最悪なのは、このポストを固定表示していたことだった。
母親を許せない気持ちでいっぱいだった当時、投稿したもの。離婚裁判で私は嫌な思いをしてきたのに、母親だけ幸せになっていると感じて…。
だから母親への当てつけのつもりでポストして、解除するのを忘れていたのだ。
最近の投稿にある健斗との写真は、紛れもなく私だと告げていた。
健斗のお母さんだって新しいパートナーと幸せに暮らしているのに、嫌な気持ちになったに違いない。
「すみません。これ、かなり昔に投稿したものなんですけど。嫌な思いをさせてしまってごめんなさい…」
唇がこわばっていた。LINEの送信先を間違えた時のような、むなしい気分になる。それは解散するまで消えなかった。
◆
食事を終えて、ひとり暮らしをしている赤坂の自宅に戻る。
こだわりのインテリアでそろえたお気に入りの空間なのに、どこか空虚だ。
リビングのソファに座り、私が固定していた過去の投稿を削除した。そして、健斗とクラブイベントで撮ったツーショットを消そうとした瞬間。インターホンが鳴った。
コンシェルジュの女性から「フードデリバリーの方です」と伝えられ、ぼんやりと「はい、どうぞ」と反射的に返す。
― あれ。そんなの頼んだっけ?部屋番号、間違えてるんじゃない?
我に返ると、再びインターホンが鳴った…。
二度目のインターホンは、エレベーターのオートロックを解除するためだった。
応答する際にカメラを見ると、映っていたのは、配達員ではない。
― 健斗だ!開けた方がいい?でも追い返すと、コンシェルジュの人に怪しまれるし…。
私は解錠して、数秒後に彼を迎え入れることになった。
「この黒いリュックで良かったよ。コンシェルジュの人に疑われなかったし」
無邪気に笑う彼を、リビングに通しながら、私は言った。
「どうして…?」
「ん、デザートがまだだったからさ」
健斗は「じゃじゃーん」と、リュックからケーキ箱を出した。近くのホテルに入っている、レストランのロゴが入っている。
― ここに来るまでに、買ってきてくれたんだ…。
「閉店ギリギリだったから、とりあえず残ってるの全種類買ってきた!」
リビングテーブルの上に箱を置いて、開けてみる。そこには宝石のようなケーキがたくさん入っていた。
ソファの隣に腰かけた健斗に、私は礼を言う。彼はとっておきの笑顔を見せてくれた。
「人につらいって言えないし、人に頼ることも苦手。そんな子が彼女なら、当然でしょ」
「え。まだ私、彼女でいていいの?」
「え。なに、勝手に契約解除してるの?」
沈黙があった。顔を近づけて、問いかけられる。
「仮にもう彼氏彼女じゃなくなったとして、どうしてそんなに平然としてられるわけ」
じりじりとにじり寄って来る。後ずさりし続けて、背中がアームチェアにぶつかる。完全な沈黙が数秒間流れて、健斗は、はーっとため息をついた。
「まあ、母さんもデリカシーないっていうか…見つけても黙ってなよって感じだよね」
いつもの明るい声に戻っている。リラックスしている彼に、私は声をかけた。
「ねえ、一緒に食べない?ワインもあるの。開けてくるわね」
「それもいいし」と彼は言った。「写真、撮らなきゃ。スマホかして?」
ワインをあけて、次から次へとケーキをつまんでいく。彼は口の端にクリームをつけて、まるで少年のようだ。
「ふふ。健斗って子どもっぽいところあるよね」
「言ったな。僕をからかうなんて100年早いよ」
「100年一緒にいてくれるってこと?」
彼は挑発的な笑みを浮かべた。
「もちろん。瀬里奈とずっと一緒にいたい」
ふたりでさっき撮ったケーキの写真を見た。よく撮れている。私はそれらをXにあげずに、アカウントを消した。
100年のうちに、ふたりの写真をたくさん撮ろう。
これが、正しいスマホの使い方だ。
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▶1話目はこちら:メガバンク勤務、28歳ワセジョの婚活が難航するワケ
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