「学校だけが子どもが育つ場ではない。通学が楽しくなる居場所づくりを。」商業施設で初めてのフリースクール「YUME School」誕生秘話
川崎駅前の複合商業施設・ラ チッタデッラには、「YUME School」というフリースクールが入っています。商業施設にフリースクールが入居した事例は過去になく(※自社調べ)、今でも全国的に珍しい存在です。
なぜラ チッタデッラには、商業施設でありながらフリースクールがあるのか、その開校の経緯や、実態はどうなのか。YUME Schoolを運営する一般社団法人YUMEの代表理事 新美順康氏、ラ チッタデッラの館長(株式会社チッタ エンタテメント 取締役) 武智俊行が語ります。
商業施設×フリースクール 誕生の理由
――「YUME School」についてご紹介ください。
新美:「Empower children」をビジョンに掲げているフリースクールです。体験的な学習を重視しており、子どもたちが自発的に「また来たい」と思える環境を大切にしています。
武智:ラ チッタデッラ校では、商業施設という環境を活かした体験学習も多いですよね。映画館のバックヤードを見せていただいたり、ケバブ屋さんの厨房でケバブを作らせてもらったり、リアルな社会経験を積めるのが魅力だなと思っています。そして、それが単位になる。
新美:他のテナントさんが好意的にかかわっていただけるのはありがたいですね。
――そもそも、どのようなきっかけで商業施設にフリースクールを入れようという話になったのでしょうか。
武智:きっかけは7年ほど前にナゴヤドームで行われていたイベントで、新美さんと出会ったことでしたね。
新美:そうですね。そこから交流を持つようになりました。そのなかで、何かしら子ども関連の取り組みができたらいいねと話していたんですよね。そこから、ラ チッタデッラに子どもの居場所を与えられたらいいねという話になり、「学校に行けずにいる不登校の子たちが喜んで行きたくなるようなところをつくれたらおもしろいよね」というアイディアが生まれました。ただ、すんなりとは進まなかったですよね。
見学で知った驚きと子どもたちの笑顔。不登校のネガティブなイメージを変えたい
武智:私自身、フリースクールという言葉は知っているもののどういうことをやっている場所なのか知らなかったんです。そのため、まずはそれについて知るところからスタートしました。
新美:私の知人がやっている浦和のフリースクールを見にきていただきましたね。
武智:僕や役員陣など8人ほどで訪れたのですが、驚きましたね。別に特殊な子が通っているわけではなく、ただ今の学校になじめないだけの普通の子どもたちが通う場所なんだと知りました。彼らの笑顔が印象的でしたね。フリースクールに通う子たちは「障害児童」と書かれることがあるのですが、心からその表現を改めてほしいと思っています。
通学のきっかけに繋がりやすいことに期待。進学先としてグループ運営の通信制高校とも連携
――新美さんは、ラ チッタデッラになぜフリースクールをつくりたいと思われたのでしょうか。
新美:場所ですよね。商業施設につくることで、子どもたちが通いたいと思える場所をつくれるんじゃないかと思ったんです。映画館やショッピング、カフェなど、商業施設内にある店舗にお母さんと来ることが、YUME Schoolに通う最初の一歩につながるかもしれない。一歩を踏み出せば、だんだんと来れるようになるかもしれない。ビル内のフリースクールとは、そこが大きな違いだと思いました。
グループで通信制高校を運営しているのも、フリースクールをつくりたかった理由の1つです。フリースクールを出たあとの進学先として通信制高校がすでにあるので、下の年齢の子どもたちの場所をつくることに意味があるなと思ったんですよ。ただ、順序としてはラ チッタデッラという場があったからフリースクールをつくりたいというのが先でした。
武智:調べたなかで、川崎市内にはフリースクールが少ないというのも課題だと思うようになりました。当時、横浜市には10校以上あるのに、川崎には2校しかなかったんです。その2校はマンション内にあるもの、公園に併設されているもので、子どもたちが自発的に行きたいとは思いづらいのではないかと感じました。ラ チッタデッラにフリースクールができれば、子どもたちが行きたくなる場になるんじゃないかなと思いましたね。
商業施設のフリースクールは、人生に関われる学校になれる可能性を秘めている
――今に至るまで、何か苦労はありましたか?
武智:まずは開校ですよね。経営陣みんながフリースクールを見に行ったわけではないため、どうしても反対意見があったんです。役員陣へのプレゼンをした際、実は1度保留になったんですよ。
新美:そうだったんですか。
武智:当時の立場上、私が直接プレゼンできず、商業施設としてフリースクールの入居が本当に正なのか、という懸念が残った形になりました。そこで「私にやらせてください。」と頼み込み、翌週に再プレゼンしました。役員陣が知りたいのは「ラ チッタデッラとしてどう見せていくのか?」で、そこにきちんと回答したことでGOサインをもらえたのだと思っています。
私が大事にしているのは、自分の感じたものを信じること。自分がフリースクールを見て感じた「こういう場がラ チッタデッラにできたら絶対にいい!」を信じてプレゼンしました。何かを始めたいと伝えるときは、ロジックだけではなくパッションが重要なんですよね。情熱は実体験から生まれます。その得たパッションを伝えきることが大事だとあらためて思いました。
施設との親和性、各テナントとの親和性、地域と社会の課題解決、経営陣の懸念点として想定されていた集客やブランディングイメージのダウンになるか等、あらゆる角度からメリット・デメリットを考え抜いた上で、それでもやはりフリースクールに新しい商業施設の可能性を見出したいという強い想いが実現まで至ったすべてだと思います。
新美:武智さんたちのように、現場を見ていただければ懸念しているようなことはないとわかっていただけるんですけどね。ただ、商業施設にフリースクールをつくるという取り組みは全国で前例がありませんでしたから、不登校のお子さんがいる親御さんにも当初は不安を抱かせていたようです。開校から3~4カ月は生徒がゼロで、思っている以上に来ませんでした。商業施設が誘惑になり、かえって子どもにとって良くないのではというご不安があったのでしょう。
でも、徐々に通う子どもたちが増えていきました。フリースクールは生徒によって授業日数が週5、週3、週2とさまざまなのですが、ラ チッタデッラ校は通いたがる子が多く、登校率が高いんです。なかには、YUME Schoolに通った結果、学校に戻れた子もいます。自分の気持ちに合わせて、YUME Schoolと学校との両方を使い分けている子もいますね。
ただ子どもを預かる場を運営するのではなく、社会に適応していけることを考えています。あとはメンタルケアですね。お子さんはもちろん、保護者の方のケアも重視していて、心理士の先生にも来ていただいています。
商業施設だからこそ卒業後も続く関係性。人生に関われる学校を目指して。
武智:ラ チッタデッラに開校して良かったと思えるエピソードはありますか?
新美:式典らしい卒入学式ができるのは良いですね。
武智:当施設のチャペルで開催していただいていますよね。私も参加させてもらっていますが、毎年本当に感動します。
新美:お子さんはもちろん、親御さんの心にも響くようで、涙される方も多いです。「ラ チッタデッラだから通えたのだと思います」と親御さんから言っていただいたこともあります。
武智:卒業後、ラ チッタデッラのテナントでアルバイトする子もいますよね。
新美:それも魅力ですよね。高校生になってデートで訪れたり、結婚後に家族で買い物に訪れたりと、商業施設ならではの関係性が長く続く。その子の思い出の地として、人生に関われる学校になるのが理想ですし、なれると思っています。
武智:母校がラ チッタデッラになるんですよね。商業施設にフリースクールをつくる事例はまだまだ今も増えていません。ただ、私は10年後には必ず必要になると思っているんです。不登校児が集まる場をつくることへの懸念は、ただの偏見にすぎません。まずは、ぜひフリースクールに通う子どもたちのリアルな姿を知ってもらいたいと思っています。フリースクール自体の認知度も上げていきたいです。それにより、「公立校だけが絶対の選択肢ではない」と子どもたちも親御さんも思えるようになると思うんですよ。
新美:不登校の子は年々増えていますが、データ上の数字は実態とは異なっています。なぜなら、保健室登校や先生への挨拶だけして帰るといった子は不登校児としてカウントされていないからなんですね。不登校=ダメではなく、自分に合った場所で過ごせる子が増えるといいなと思っています。
武智:YUME School開校にあたり教育委員会に行ったり、議員さんに来ていただいたりもしてきました。興味を持つ大人は確かにいるので、さらに活動を広げていきたいですね。
新美:フリースクールを卒業して通信制高校に進学し、医学部に入った子もいれば、テニスの全国大会に出た子もいます。本当に、従来型の学校になじめないだけなんですよ。不登校は高校までしかなく、自分でペースを決められる大学生では「不登校」という言葉を聞きません。毎日同じ空間で同じ人と顔を合わせ、いろいろと決められたなかで過ごすのが苦手な子にとって、従来の学校は息苦しさを覚えるのでしょう。フリースクールや通信制高校は、自分のことを自分で決められるため、「そういう場所もあるんだよ」と子どもたちに伝えたいですね。
大人ができるのは、子どもが一歩踏み出そうとしている背を軽く押すこと。強制的に「フリースクールに行きなさい」と言うのは逆効果です。一歩踏み出すためには、その子が興味のある材料を揃えることが大事です。ラ チッタデッラは、いろいろなことをやれる大きな引き出しを備えています。卒業生本人からも「ラ チッタデッラだから通えた」と言ってもらえたことがあります。これからも、子どもたちが「行きたい」と思える場をつくり続けたいですね。親御さんには、どうか無理やりではなく、背を少し押す子育てをしていただきたい。そうすれば素敵な子に育っていくのでは、とお伝えしたいです。
武智:前例のない取り組みでしたが、オープンしていただいて良いことしかなかったです。商業施設の1つのコンテンツとして、フリースクールが入る社会になってほしい。私自身、子ども時代に身近にフリースクールがあれば通いたかったなと思っています。これからもよろしくお願いします!
おわりに
ラ チッタデッラについて
2002年に開業したイタリアのヒルタウン(丘の上の街)をモチーフに作られた「ラ チッタデッラ」は、首都圏最大級のシネコン「チネチッタ」と大型ライブホール「クラブチッタ」を中心に、ショップ&レストランや、美容・ウェルネス、ウェディングなどのサービスが集まる、楽しみいっぱいのエンタテイメントの街です。
ラ チッタデッラでは、各テナントとのリレーションシップを大切に、お店も従業員も輝けるあり方を追求し続けています。また今後も、地域に根差した商業施設として、お客様に心地のよい空間と様々なエンタテイメント、グルメやサービスをご提供いたします。