麻布十番在住・29歳港区女子に「何の仕事してるの?」と尋ねたら、意外な返事が…
◆前回までのあらすじ
アパレル関連の会社を経営する翔馬(32)は、食事会で出会った香澄(31)と2回デート。キスをした後、香澄に好きだと告白されるが保留にしたままで、男女6人で軽井沢に行くことになったが…。
▶前回:「2人きりで旅行は微妙…」曖昧な関係の彼女に旅行に誘われたが、煮えきらない男は…
Vol.9 軽井沢で一波乱
「うわぁ、美味しそう!いただきま〜す」
軽井沢の別荘で重厚なダイニングテーブルを男女6人が囲み、賑やかなディナーが始まった。
テーブルには手料理とシャンパンが注がれたグラスが並び、窓の外に広がる紅葉やキャンドルが、雰囲気をさらに盛り上げる。
女性陣が作ってくれた料理はどれも美味しく、特にサーモンは火入れが抜群だった。
メインは、今晩のメニューを決めたミナが担当したのだろう。
「ねぇねぇ!玲ちゃんって、商社で働いているんだよね?」
全員に柿とブッラータチーズのカプレーゼを皿に取り分けた後、香澄が玲に仕事の話題を振った。
「そうだけど。どうしたの、急に?」
「ん〜?純粋にどんな仕事してるのか気になるの。私たちは年も近いし、同じ悩みを抱えていたら嬉しいなぁ…なんて」
香澄は昼から飲んでるからか、頬がじんわりと赤みを帯びている。
「あ、そう。じゃあ簡単に説明するわ。今は再生可能エネルギーの供給契約が主な仕事。市場の価格変動が激しいから、政治情勢や環境政策なんかの要因を分析しなきゃなの」
「へぇ。エネルギー部門にいるんだ?さすが、エリートなんだね!」
玲の回答に反応したのは、秋山だった。
「エリートなの?やっぱり玲ちゃんすご〜い!かっこいいなぁ♡」
香澄がニコニコしながら玲を持ち上げるので、俺は嫌な予感がした。
「ところで…」
香澄は、ミナに視線を移した。
「ミナちゃんって、どんな仕事をしてるの?食事会の時に聞けなかったから気になるぅ!」
― やっぱり…。
俺の予感は的中した。香澄は玲を褒めちぎった後で、ミナの職業をみんなの前で暴くつもりなのだろう。
香澄は、ミナが六本木で夜職をしていると思っている。秋山とミナがそういう店に入っていくところを目撃したからだ。
「私?」
「うん!仕事、何してるの?」
急に香澄に聞かれたミナは、驚いている。
それもそうだろう。香澄の言葉は仲良くなりたいという優しいトーンで発せられたものじゃなかったから。
「秘密」
「えっ?」
「だから、秘密」
ミナは表情ひとつ変えることなく、香澄の質問をサラリとかわした。
「それって…言えないような職業だからってこと?例えば、男の人とお酒を飲む仕事だとか。それとも、もっとヤバいことしてお金もらってるとか…」
香澄の発言に全員が固まる。しかし、ミナは俺たちが思っているより強かった。
「そう見えるなら、そうかもね」
否定するわけでも、真の職業を明かすわけでもなく、さらりとかわしたのだから。
しかし、香澄も引かない。
「ふ〜ん。でも、もうすぐ30歳になるのに、どうして定職に就かないの?将来が不安じゃないの?
それとも、経済的に頼っている人がいるとか?玲ちゃんみたいに親が太いわけでもないよね?」
「はぁ…」
ミナはため息をつく。
そりゃそうだ。話したくないことは話さなくていいし、旅行中のディナーで責められるなんて、予想外だっただろう。
しかし、香澄はミナへの追及をやめない。
「私は、心配してるんだよ?今からでもまだ遅くないって。今どき、ふらふらしてる港区女子みたいなのって流行らないよ」
「香澄ちゃん、もうやめなよ」
ミナが歌手を諦めきれず、もがいてるのを知っている俺は、我慢できずに口を挟む。
それでも香澄は止まらなかった。
「翔馬くんも見たじゃない。六本木のビルに秋山さんとミナちゃんが入って行くところ」
「そうだけど。だからと言って、香澄ちゃんが思っているような店で働いているとは限らないじゃん。どうしてそんなに突っかかるの?」
香澄の目にはうっすらと涙が溜まっている。
「だって……私や玲ちゃんが昼間頑張って働いているのに、ミナちゃんみたいな子たちは、夜の数時間チヤホヤされるだけで、私のお給料の何倍ももらって、麻布十番に住めるし犬も飼えるんだよ。必死に働いてる私たちがバカみたいじゃん」
― はぁ…思い込みが激しいな。
「あのさ、香澄ちゃん」
何って言おうか悩んでいると、ミナが立ち上がった。
「そんなに悔しがらなくても、私はそんな稼ぎ方はしていないし、それなりに苦労もしているよ」
ミナはそれだけ言うと席を立ち、食事もそこそこに2階へ上がっていった。
「……っ!!」
香澄も椅子から立ち上がると、そのまま外に飛び出していってしまった。
「ちょっと、香澄ちゃん!どこ行くの?夜は寒いよ〜!コートコート!!」
秋山が香澄の上着を持ちながら後を追う。本当は、香澄は俺に追いかけてきて欲しいと思っているのかもしれないが、とても追いかける気にはなれなかった。
「こ、こぇぇえ」
オロオロしていただけの元太が、やっと口を開いた。続いて、玲がハンバーグの最後の一口を食べ終えてから言った。
「ミナちゃんが料理上手だったのが気に食わなかったのかもね〜。こうもセンスの違いを見せつけられちゃあね」
「俺、ちょっとミナちゃんのところ行ってくるわ」
俺は元太と玲に告げると、2階の寝室へ向かった。
「ミナちゃん」
ノックをしてから呼びかけると、ミナはコムギを抱きながらドアを開けた。
「ミナちゃん、ごめん」
「どうして翔馬くんが謝るの?」
「それは…俺はミナちゃんの職業知ってるのに、上手くフォローができなかったから」
「あはは、いいよ別に。歌手やってるって言えなかったのはね、有名でもない上に自信がないから。だから、香澄ちゃんの言ってることも一理あるんだよね。
それに、秋山さんに夜の仕事を紹介されたのも事実。でも、この年齢から始めるのも無理じゃない?だから、断ったの」
「そうだったんだ」
ミナは香澄を相手にしていなかったわけじゃない。ちゃんと咀嚼した上で、あの対応をしていたのだ。
「もしかして、翔馬くんって香澄ちゃんと付き合ってるの?」
「いや…まだ。まだっていうのもおかしいんだけど、何回かごはんは行ったかな」
本当は香澄に好きだと言われていて、それを保留にしているのだが、なんとなくミナには言いたくなかった。
「そっか…。ごめんね、食事途中になっちゃったから、まだお腹空いてるでしょ。下に戻る?それともこのプロテイン飲む?」
「えっ?持ってきたの?飲まないよ。せっかくの料理、温め直して一緒に食べよう」
ミナと一緒に階段を降りると、下の階は妙に静かだった。
― あれ…リビングには元太と玲ちゃんがいるはずなんだけど…。
「あっ」
先を歩いていたミナが、両手で口を押さえた。
彼女の視線の先を見ると、リビングで元太と玲が抱擁し、その直後にゆっくりと唇を重ねていた。
― やっぱりそうなったか。
そう思った次の瞬間、俺のお腹がぐぅ〜と鳴り、ミナがクスクスと声を殺して笑った。そのやり取りがなんだか楽しくて、このまま時間が止まればいいのにと思ったほどだ。
「ミナちゃん、こんなところで誘うのおかしいかもしれないんだけど」
「ん?」
ミナが後ろを振り返る。
「東京に戻ったら食事に行かない?」
ミナは元太と玲のキスを見たときよりも驚いた表情で、俺のことを見ていた。
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