「離婚したのに、つい頼っちゃう…」バツイチ女性が元夫とこっそり連絡をとるワケ
◆これまでのあらすじ
彩花(27歳)は、和菓子店経営者・橋村から告白を受けた。しかし彼の「結婚を前提に」との言葉に戸惑い、保留に。彩花は、昔から両親が不仲で、結婚に希望を持てないのだった。そんなとき両親の離婚を告げられ、結婚にますます幻滅し…。
▶前回:「条件はいいけど…」27歳女が萎えた、デート中に経営者男が発した“NGワード”とは
結婚への躊躇い【後編】
「ススキは水揚げが悪く枯れやすいので、根元にお酢をつけてあげると長持ちするんです」
彩花の説明に、熱心に耳を傾けていた橋村は「なるほど」と深く頷いた。
今日、彩花と橋村は、花展を訪れていた。
合同展となっており、会場には様々な流派の生け花が並んでいる。その中には、彩花の母親・佑美の作品も出品されていた。
花展の開催情報を入手した橋村のほうから、「一緒に行きませんか?」と誘ってきたのだった。
橋村は和菓子店の経営者で、海外進出も視野に入れている。だから、華道など和の嗜みに関心を持っているようだ。
― 今日こそ、返事をしないとなあ。
告白を受けて1週間。
彩花は、まだ回答を伝えていない。
「これが、彩花さんのお母さまの作品ですね?」
佑美のいけた花の前に立つ。
「うわぁ、綺麗だなぁ…」
橋村が、感嘆の声を漏らした。
秋桜、鶏頭(ケイトウ)、吾亦紅(ワレモコウ)、竜胆(リンドウ)と、主に4種の秋の花をあしらった、彩の良い涼やかな雰囲気を漂わせる作品。
それぞれの花の個性を活かしつつも絶妙にバランスを保ち、空間と調和の織りなす慎ましやかな美しさのなかに、力強さを感じさせる。
「秋桜っていうのは、コスモスのことですよね?」
作品の脇に添えられた席札に書かれた文字を見て、橋村が尋ねる。
「ですね。ただ、“アキザクラ”と読むことのほうが多いかもしれません。コスモスという呼び方は、歌手の山口百恵さんのヒット曲から広まっていったみたいですよ。所説あるかもしれませんが」
彩花は中学生までは、母親の華道教室に通っていた。そのため、花の習性や周辺の知識、作品についての簡単な意図などは、説明することができた。
「そうなんですか!さすが彩花さん。勉強になるなぁ」
橋村がまた大きく首を縦に振って感心する。
その大袈裟な反応に、彩花は気恥ずかしさをおぼえながらも、どこかホッと安心させられた。
「あら?彩花さんじゃない?」
名前を呼ばれ、声のするほうに振り返ると、母親の年齢ほどの女性が立っている。
背筋の伸びた上品な佇まいに、彩花は見覚えがあった。
女性は、母親の華道教室に長く通っている生徒だった。
「響子さん。ご無沙汰しています」
響子とは何度も顔を合わせてはいたが、彩花が社会人になり家を出てからは、その機会がなくなっていた。
「彩花さん。今日は佑美先生のお花をご覧になりに?」
響子はそう尋ねながら、彩花の隣にいる橋村にも穏やかな視線を投げかける。
橋村も一礼を返した。
すると、響子が思いがけないことを言った。
「でも、残念ね。佑美先生、いなくなってしまうなんて…」
「ええ?いなくなる?」
― もしかして家を出て行くってこと?
離婚との関連が疑われたが、状況は異なるようだった。
「佑美先生、海外に行くのよね?」
「海外…ですか?」
母親は在宅仕事でいつも家にいる。そのイメージだったので、海外と聞いても彩花はピンとこなかった。
「ええ。教室は、涼花さんが引き継いでいくと仰っていましたよ」
― 涼花が継ぐ?知らなかった…。
妹の涼花もまた、彩花と同様に幼いころから華道教室に通っていた。
途中で断念した彩花とは違い、華道から離れることなく母親のもとで研鑽を積み、師範の免状を取得している。
― 涼花に話を聞いてみないと…。
把握していない事情が多く、自分だけが蚊帳の外にいるようで、もどかしさをおぼえた。
◆
涼花の仕事終わりに合流し、食事を一緒にすることにした。
涼花はフラワーデザイナーという肩書で活動しており、土曜日の今日は、結婚式場でブライダルフラワーのコーディネートを担当したという。
青山にある式場からの帰りだったため、徒歩圏内にある『ミソラ』を予約した。
涼花は、炭火で焼いた仔羊肉を口に含み、ワインで流し込むと満面の笑みを浮かべた。
「このお肉すごく柔らかい!美味しい~」
仕事帰りということもあり、旺盛な食欲を発揮。表情からも、ここ最近の私生活の充実ぶりがうかがえる。
「こうやってお姉ちゃんと2人で食事をするのも、久しぶりだね」
「2年ぶりぐらい?もっとかな?」
気兼ねなく会話を交わし、近況を報告しながらしばらく談笑が続く。
やがて彩花が、本題ともいうべき用件を切り出した。
「お母さん、海外で仕事をするって聞いたんだけど。本当?」
「うん、アメリカにね。ほら、お母さん。昔、海外で外国の人にお花を教えたいって言ってたじゃん」
「ああ…。確かに言ってたような」
10年近く前に聞いたかもしれない、と彩花は思う。それほど大きな意味を持っているとも思わず、記憶にとどめようともしていなかった。
他愛ない会話の一端だと思っていた願望を、佑美がずっと胸に抱いていたのだと考えると、どこか感慨深い。
「教室は涼花が引き継ぐんでしょう?仕事、忙しいんじゃない?」
「仕事はフリーだから自分で調節できるし。それに、教室は守っていきたいから」
涼花の発言に、彩花は頼もしさを感じた。自分の妹ながら成長を実感し、熱いものが込みあげる。
「この前、私が実家に戻ったとき、お母さんは何でその話をしてくれなかったんだろう…」
「お姉ちゃんには話しにくかったんだよ。だって、お姉ちゃん、どっちかっていうとお父さん派だったし。不満でも言われそうだと思ったんじゃない?」
「ええ?私がお父さん派?そんなことないけどなぁ…」
ただ、家にいつもいる佑美とは顔を合わせる機会も多く、ぶつかることも多々あった。
対して、仕事で海外を飛び回る父親の彰浩への憧れは、確かに強かったかもしれない。
「お父さんもお母さんも、なんだかんだ夫婦を続けていくのかと思ったけど、結局離婚しちゃうなんてね」
あっけなく崩れ去る関係への憂い。賛同を得られるかと思いきや、涼花の口から出たのは意外な言葉だった。
「でも、お母さんが海外に出られるの、お父さんのおかげでもあるんだよ?」
彩花はいまいち釈然とせず、事情を尋ねた。
「ほら。お父さん、顔が広いから。海外にもたくさん知り合いがいて、華道教室の話をしたら、興味を持ってくれる人がいたみたいなの」
華道になど一切関心を示さなかった彰浩の協力的な姿が、彩花には想像つかなかった。
「それでもう、サンフランシスコでは教室を開く準備が始まってるんだって」
「そんなトントン拍子に…」
「ううん。結構な時間をかけて進めてたみたいだよ。私が大学を卒業して、落ち着いて、教室を任せられるようになるのを待っていたみたい」
「ってことは、お母さんとお父さんは密に連絡を取り合ってたってことでしょう?なんで離婚なんて…」
夫婦仲が改善に向かうような、建設的な意見が出ていたのではないかと思ってしまう。
「別れることも、かなり前から決まってたみたいだよ」
「別れるのがわかってて、なんで協力できるのよ…」
「それはやっぱり…夫婦だからじゃない?」
夫婦のつながりが形式的な関係だけではないとの意図を伝えたいのはわかるが、彩花は腑に落ちない。
「別れるから終わりっていう、単純なものじゃないんだよ。きっと」
「なにそれ。理解できない…」
「理解できなくて当然だよ。だって、私たちが生まれる前から夫婦だったんだから。長い時間をかけて積み上げてきた、2人にしかわからないものがきっとあるんだよ」
涼花の言葉が、スッと胸の奥に入ってくる感覚があった。
― 積み上げてきたものが、崩れてなくなってしまうわけじゃないのか…。
彩花は、夫婦が離れてしまうことで、すべて台無しになるような印象を受けていた。しかし、それは誤解なのかもしれないとの思いが浮かぶ。
積み上げてきたものは、別れという転機を経てまた別の形をなし、消えることなく2人の中にあり続けるのかもしれないと…。
言葉で表現するのは困難な、夫婦という枠に囚われない、もっと別の関係を築きあげようとしているのかもしれないとの新たな気づきに至った。
ふと、昼間に花展を訪れた際に目にした佑美のいけた花が、彩花の脳裏に浮かんだ。
◆
翌日。
彩花は、再び花展を訪れた。
佑美の作品の前に立つ。
個性を放つ4種の花が、花器の上でひとつにまとまる生き生きとした造形は、自分たち家族を想起させた。
家族それぞれが別の方向を向き、足並みがそろわないながらも、絶妙にバランスをとり、調和が保たれていたことを実感する。
「彩花さん」
背後から声をかけてきた相手は、橋村だった。
彩花が呼び出したのだ。
「もう一度、この花を一緒に見ておきたくって」
彩花がそう言うと、橋村が傍らに立つ。
「僕もです。なんというか、ただ美しいだけでなく趣があるというか。僕なんかでは上手く言えないんですが…」
相応しい表現が見つからず、歯痒そうにする。
「曖昧でいいと思いますよ。私も、昨日見たのとはまた違った印象に感じるので」
― 『趣がある』か…。私も、そんな関係を築いていけるといいんだろうな。
両親のようでなくとも、自分らしくありながらパートナーとともに時を重ね、新たな関係を築き上げればいいのだと、前向きな気持ちが湧く。
彩花は首を傾け、「橋村さん」と呼びかける。
「この前の告白の返事なんですけど…」
突然の話題の転換に、橋村がサッと腰を引く。
居住まいを正し、あからさまに表情を強張らせる様子に、彩花は吹き出しそうになる。
「あの…」
彩花は少し出し惜しみをしながら、橋村の耳もとに顔を寄せ、囁くように答えを告げた。
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