【24年秋ドラマ】『若草物語』第3話 「売れっ子」として選ばれし者の恍惚と不安、その絶望に胸が詰まる
クエンティン・タランティーノの『デス・プルーフ in グラインドハウス』(07)は、公開初日に新宿武蔵野館で見たことをよく覚えているんです。クライマックスでね、あの健康優良不良女子のソバットが決まった瞬間、劇場内で拍手が起こったんですよね。100人かそこらで満席になる小さな劇場で、誰もが思わず手を叩いて喜んでしまった。
試写会でもなく、別にタランティーノがその場にいるわけでもないただ普通の上映で、あんなふうに万雷の拍手が起こったという経験は『デス・プルーフ』以外では一度もなくて、とても印象深い作品として記憶に残っています。エンドロールが流れる中、パラパラと拍手が止んでいきました。みんな、つい手を叩いてしまった自分が照れ臭かったんだろうな。そんな顔をして、客電が上がったら澄ました顔をして帰っていきました。
そんな『デス・プルーフ』がいちばん好きな映画だという脚本家志望の女性・リョウ(堀田真由)が主人公のドラマ『若草物語 ─恋する姉妹と恋せぬ私─』(日本テレビ系)も第3話。いよいよ、リョウが脚本家としての第一歩を踏み出すお話でした。
振り返りましょう。
■選ばれし者の恍惚と不安
今回は、リョウが差し当たって目指すことになった「売れっ子脚本家」が、どういう生き物なのかを語る回となりました。
前回、幼なじみの男の子・リツ(一ノ瀬颯)とともにたった一晩で書き上げたコンテスト用の脚本が大物恋愛脚本家である大平かなえ(筒井真理子)の目に留まり、弟子入りすることになったリョウ。とはいえ、すぐに脚本を書かせてもらえるわけもなく、まずは棚の修理や電球の取り換え、そして脚本作りのためのリサーチが主な仕事となります。
大平かなえの新作は、マッチングアプリを愛用している女性が主人公。アプリで出会ったオレ様系の男子に惹かれつつ、別の誠実な男性に思いを寄せられるというお話でした。
しかし、第1話の脚本からして若い男性監督に認めてもらえず、書き直しはすでに18回を数えています。監督は、この「オレ様系の男子」のキャラクターを「古い」と断じ、かなえの脚本を突き返し続けている。この道40年の大御所である大平かなえでさえ、監督とプロデューサーが首を縦に振らなければ仕事を進めることができない。脚本家という職業の業界内での立ち位置が描かれます。
ひどくプライドを傷つけられても、監督を納得させるしかない大平かなえ。リョウに実際にアプリを使って男と会い、アプリを使っている男性のリアルな人物像を探ってくることを命じるのでした。
恋愛に興味がないリョウは渋々ながらアプリで男を漁り始めます。最初に会ったのは、脚本の参考になりそうなオラオラのオレ様系。映画が好きで、特にカーアクションが好きだという男にリョウは興味を抱きかけますが、『ワイスピ』は見るけど『デス・プルーフ』なんて聞いたこともないという男に幻滅。その後もリョウとマッチした男たちは、どいつもこいつも会話さえ通じないヤツばかり。リサーチはまったく進みません。
ふと、同じ喫茶店でアプリの男と会いまくっていそうなアヤノという女の子に気づいたリョウ。男へのリサーチの代わりに、アプリで男漁りをする女のリアルを存分にヒアリングして大平かなえの元に戻るのでした。
一方、脚本の進まない大平かなえは荒れに荒れていました。マネージャーの元に、ほかの若手脚本家との差し替えの連絡が入り、すっかり自信を失っています。勢い、大平かなえはリョウに対し、自分が実はまったく恋愛経験がないこと、ゾンビとスプラッターが好きで脚本の世界に入ったのに、たった1本だけ恋愛モノが当たったことにより「恋愛脚本家」になってしまったこと、学生時代に少しだけ経験した恋を何度も焼き直して脚本を書いていることを告白。自分が書いてきた脚本を本棚から乱暴に引き出し、床にばらまきながら、絶望を隠そうとしませんでした。
40年、こうして生きてきたんだろうな、というシーンです。筆1本で瀟洒なマンションを手に入れ、悠々自適なクリエイター生活を送っているように見えた大平かなえも、他人に認められない不安と、才能が枯れていくことの恐怖に怯えながら生きてきたのです。散らかった部屋をそのままに、ファミレスでひとり生ビールをあおる大平かなえの姿に、胸が詰まります。それが、このドラマの描く「売れっ子脚本家」のリアルでした。
■リツとの関係にシンクロしていく
新聞社で文化面を担当しているリツは、大平かなえのインタビュー取材をしていました。その際、リツのリョウに対する思いを見抜いた大平かなえは、リツのことを「押しの弱い当て馬キャラ」だと言いました。大平かなえの恋愛ドラマにはいつだって「当て馬クン」が登場して、その「当て馬クン」の思いが叶うことは、これまで一度もありませんでした。
今回、大平かなえはリツとの出会いと、リョウがリサーチしてきたアプリ女子のエピソードから、「当て馬クン」の思いが叶う物語へと作り直すことにしました。こうなれば、筆が走るのがベテラン脚本家です。あっという間に直しを終え、監督に認めさせることに成功しました。
「すごいのよ、私」
「才能があれば書ける人は書けるの」
リョウにそう語る大平かなえは、自信に満ち溢れています。「才能が枯れた」と絶望し「やっぱり自分には才能がある」と思い直して筆を執る。そうして40年、生きてきたんだよなぁ。リョウが目指す「売れっ子脚本家」とは、途方もない道のりです。
リョウはこのドラマの3話目以降のプロットを任されることになりました。それはそのまま、リツのリョウに対する思いを成就させる物語を、リョウ自身が作っていくということになります。経験が空っぽの脚本家が、もっとも身近な人間をフィクションとして描いていく。大きく心が揺れることになるんだろうなと思うし、ピンピンにトガってたリョウがどんな感じで創作とプライベートの折り合いに向き合っていくかという、とっても楽しみなお話になってきました。おもしろくなると思う、『若草物語』。
あと、余談をひとつ。
むかし『カイジ』(講談社刊)シリーズの福本伸行先生に創作についてお話を伺ったことがあるんですが、福本先生は「ストーリーに詰まったことは一度もない」と言ってましたね。「勝手に出てくる」って。
バケモノかと思ったよね。
(文=どらまっ子AKIちゃん)