男らしさを諦めたおじさんには魅力がある『恋は雨上がりのように』
少女マンガに登場するステキな王子様に胸をときめかせていたあの頃——いつか自分も恋をしたい。そんな風に思いながら、イイ男とは何か、どんなモテテクが効果的なのか、少女マンガを使ってお勉強していたという人も少なくないハズ。
時は流れ大人になっても、少女マンガによって植え付けられた恋愛観や理想の王子様像は、そう簡単に劣化するものではありません。むしろ王子様の亡霊に取り憑かれて、リアルな恋愛がしょぼく思える人もいたり? この連載では、新旧さまざまなマンガを読みながら、少女マンガにおける王子様像について考えていきます。
自信のない王子様は、つねに徐行運転『恋は雨上がりのように』
『恋は雨上がりのように』は、ヒロインの女子高生「あきら」がファミレス店長の「近藤」を好きになってしまう所からはじまるラブストーリーです。
店長はバツイチ(子持ち)で、後頭部には10円ハゲがあり、くしゃみの音は「ぶえくしょい」。LINEがどういうものかすら知らないですし、お客さんにはヘコヘコ謝ってばかり。つまり、おじさんの中でも、かなりダサい&情けない部類に属しています。
でも、あきらは店長のことが大好き。クラスメイトに「あきらのタイプってどんな人さ」と訊かれると「ちょっと寝ぐせがついてたり。たまにズボンのチャックが開いてたり。ストレスで頭に10円ハゲができてたり。大きな声でクシャミしたりする人、かな…」と答えています。
ふつうだったらJKが嫌がるようなおじさんの特徴をこそ、あきらは愛するのです(そしてライバルが少ないことを喜んでいる)。
あきらがなさけないおじさん店長に惚れた理由。それは、かつてお客さんとしてこのファミレスを訪れたときに、彼からコーヒーをサービスしてもらったから。ただそれだけです。しかし、コーヒーの出てくるタイミングや、その時店長がかけてくれた言葉が、彼女の人生にとって非常に意味のあるものだった。
ネタバレになるので詳細は伏せますが、あることが原因ですっかり元気をなくしていた彼女にとって、店長のさりげない優しさは、彼女を悲しみの底から引き上げてくれる、とても力強く優しいものだったのです。まあ、店長はそんなこと、知るよしもないのですが。
男としての自信がないおじさん
JKとおじさん。この組み合わせから、ブルセラ的なものを想像する人もいるかと思いますが、不思議なことに、というか、奇跡的なことに、本作からはブルセラ臭がぜんぜん感じられません。というのも、店長が男としての自分に自信がなく、若い女の子にデレる余裕すらないから。
店長は「気をつけよう 体臭セクハラ オヤジギャグ」という標語を掲げるくらい、自分に自信がない。冴えない中年男性だという自意識を強く持っています。
その自意識の根源は、文学の道を志しているけれど、いっこうに芽が出ないという彼の人生にあるようです。
書いても書いても、小説家デビューのチャンスは巡ってこない。そうした状況は、彼のプライドを少しずつ削っていきます。しかし、だからといって、夢を諦め、ファミレスの仕事に打ち込むこともできない。そんな宙ぶらりんの人生を送る店長にとって、あきらからの告白は、まさに青天の霹靂でした。
仮にわたしが店長だとしても、びっくりして、怪しむと思います。こんな俺が好きって、どうかしてるんじゃないの? 君、ちょっと落ち着きなさいよ。なんて、お説教のひとつもしたくなるってもんです。
ほんのちょっとの進展で、死ぬほど胸キュンを味わえる
世間的には情けないおじさんである店長のことを、王子様として見ることができるあきらは、実にいい女です。
思春期の女子といえば、イケメンだとか、名門校に通ってるとかいったスペックが気になりがちなのに、あきらは「あなたの魅力は、あたしだけのもの」と言い切っている…はっきり言って、超カッコいいし、超かわいい。
他人にどう思われるかじゃなく、自分がどう思うかを大事にできるあきらは、いまでも十分いい女ですが、大人になったらもっといい女になりそうです。
あきらのピュアで一途な恋心を、店長はこの先どのように受け止めるのでしょうか。好きですなんて言われても、相手は職場のアルバイトの子だし、自分には息子だっているし、べつに金持ちでもないし。かといって、おじさんならではのスケベ心で突進するタイプでもないわけで。
さあどうする、近藤正巳、45歳。
自信のない王子様の恋は、つねに徐行運転。そのトロさが、なんとも焦れったくて、なんなら童貞臭さえ漂わせていて(子持ちなのに童貞感があるという奇跡!)、なんだか放っておけません。
ほんのちょっとの進展でも、死ぬほど胸キュンを味わえる…これは並のイケメン王子様よりよっぽど中毒性があると言わざるを得ません。
Text/トミヤマユキコ
初出:2017.04.24
次回は <あなたはどっち派だった?90年代を代表する『ピーチガール』のデキがいい男の子たち>です。
もうすぐ実写化映画が公開する、二人のイケメンの狭間に揺れたい全女の子の理想をつめこんだ王道少女漫画!私だったらどっちを選ぶか、でもどちらも捨てがたい…勝手に妄想が捗ります!少女漫画の醍醐味をトミヤマさんがご紹介します。