神視点発動!シャイな男子の葛藤が女心をくすぐる/『アオハライド』

少女マンガに登場するステキな王子様に胸をときめかせていたあの頃——いつか自分も恋をしたい。

そんな風に思いながら、イイ男とは何か、どんなモテテクが効果的なのか、少女マンガを使ってお勉強していたという人も少なくないハズ。

時は流れ大人になっても、少女マンガによって植え付けられた恋愛観や理想の王子様像は、そう簡単に劣化するものではありません。

むしろ王子様の亡霊に取り憑かれて、リアルな恋愛がしょぼく思える人もいたり?

この連載では、新旧さまざまなマンガを読みながら、少女マンガにおける王子様像について考えていきます。

素直じゃない王子様『アオハライド』

恋愛をする中で最もヤキモキさせられること、それは「相手の心が見えない」ということではないでしょうか?

まだ付き合う前ならば、相手が自分を好きなのか嫌いなのか分からなくて不安になるし、順調に付き合っている時でも、気持ちを言葉で伝えてくれなければ不安になってしまうし。より確かな愛情を手に入れたくて、ついイライラしてしまうことってありますよね。

だからこそ、相手の心が手に取るようにわかった時は、なんとも言えない甘美な気持ちになります。

少女マンガを読む楽しみのひとつは、神の視点を獲得して、登場人物の恋心をのぞき見られるということ。

物語世界の中に入り込み、相手の心が見えなくてやきもきしている恋人たちを観察する「お見通し」な感じ、たまりませんよね。

「実は君たちすでに両思いなんだよ!」とか「愛し合ってるのにすれ違ってるだけだよ!」とか言いながら先を読み進めることは純粋に喜びであり、リアル恋愛でいつもやきもきさせられている分、ちょっとしたストレス発散にもなっていたりして。

マンガを読むときだけじゃなく、普段もこんな風に人の気持ちが分かったら、あの失恋も、あの喧嘩もなかったかもしれないのに。無理な相談と分かっていても、そう思ってしまいます。

今回ご紹介する『アオハライド』は、神視点で読むことの喜びを存分に味わえる作品です。

お互いにほのかな恋心を抱きつつも、ワケあって離ればなれになってしまった中学生の「双葉」ちゃんと「洸」くんが、高校で再会。

しかし、しばらく会わないうちにお互い昔とは全く別のキャラになってしまっていて、なかなか昔のようにはいかない。そんなところから物語はスタートします。

守ってあげたい!心を閉ざした王子様・洸

昔とはまるで別人みたいなあの人……会わない間に何があったの? というような具合で、はやくもすれ違うふたりの心。

これはさっそく神視点の登場か?と思いきや、これが必ずしもそうではない。とくに、本作に登場する女子たちは、自分の気持ちに正直な女子たちばかり。どんどん自分の心境を語っていきます。

たとえば、主人公の「双葉」とその友だちの「悠里」がふたりとも洸のことを好きになってしまった時、双葉は

「私も洸のこと好き…なんだ/悠里と好きな人かぶっちゃって…ごめん」

と告白します。

そして、言われた方の悠里も「…そっか!/じゃあこれから/どっちがうまくいっても恨みっこなしだからね!」と答える。

さらに、その場にいた「修子」まで「…私———/田中先生が…好き…っ」と聞かれてもないのにしゃべり出してしまう始末。このように、女子たちのまっすぐさは、この作品の大きな特徴です。

そんな女子たちに対し、男子たちは、自分の心を素直に打ち明けるのが苦手そう。とくに、本作の王子様である洸の気持ちは、本当に見えないし掴めない。

中学時代はシャイだったし、高校になってからは無口だったり、ひねくれていたりするから、双葉たちもなかなか彼の本心が引き出せずにいます。

しかもその性格が、生まれつきのものではなく、私生活でいろいろ苦労しているからなのも、見ていて切ない。

そんな洸の気持ちを分かってやれるのは……そう!神視点を持っているわたしたちです!大人の女ならではの包容力で、洸のことを見守ってあげる!

そんな気持ちで読み進めると、もう洸が可愛くて可愛くて仕方なくなります。

秘密主義男子の本心は?

さきほども少し触れましたが、洸は、高校生にしては、かなりヘビーな経験をしているキャラクターであり、その全てを同年代の双葉たちが理解するのはやはりどうしても難しいのです。

その意味で洸は大人読者の保護者意識を刺激する王子様だと言えるでしょう。本人の口ベタもあって、周囲にはなかなか理解されない洸の心を、わたしだけが分かってやれる。そんな優越感をくすぐってくるのです。

しかし、ここで重要なのは、洸が秘密をエサに女を釣る遊び人とは違うのだということ。「こんな話をするは、君だけだよ」みたいなことを言って、女をうっとりさせる恋愛詐欺師がいますが、洸は自分からは何も言いません。

双葉たちに無理矢理心の扉をこじ開けられたり、神視点を持つ読者に全て見抜かれたりはしますが、自分から何かを打ち明けようとはしない。そこに、洸の愛されポイントがあるのではないでしょうか。

洸の魅力は、他者によって発見され、分析され、理解されるタイプの魅力なのです。

そして、実は洸のお兄ちゃんである田中先生(彼はみんなが通う高校の教師をしています)もまた、なかなか本心を語らないタイプ。

この兄弟、揃いも揃って秘密主義というか、ほんとにアピールしない男子だな(超ステキ)。

9巻での洸は、ようやく双葉への想いを確かなものにし、動き始めます。

高校生の恋愛モノだからといって「もう高校生じゃないし」「こんな恋愛あり得ないし」なんて言っているヒマはありません。洸が自分の言葉で語れるようになるその日まで、みんなで彼の心を見守り続けようではありませんか。

Text/トミヤマユキコ

初出:2014.05.05

2024/5/24 12:00

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