フィリピンの水上スラムで少数民族の女性と国際結婚した日本人男性の“その後”

 グローバル化が進み、海外移住の末に現地で国際結婚する人が増えた。しかし育った環境や価値観が異なることから、すれ違いが生まれてしまうケースも多い。

 都内在住の松田大夢さん(28歳)は2016年、フィリピンのセブ島に住む少数民族「バジャウ族」の女性と、出会って2ヵ月でスピード結婚。結婚から1年半後には長男も生まれた。

 ふたりの仲睦まじい様子は当時、テレビ番組をはじめ、さまざまなメディアに取り上げられて話題を呼んだ。順風満帆かのように思えた結婚生活。しかし大夢さんが行っていた活動が引き金となり、夫婦の仲は少しずつ壊れていったという。いったい、何があったのか。ふたりの“その後”に迫った。

◆出会いはバジャウ族の結婚式

 10代でセブ島に渡った大夢さんは、現地でのNPO活動を通してバジャウ族と知り合った。バジャウ族とは、東南アジア周辺の水上に住み漁業を生業としてきた民族だ。

 彼らの魅力を伝えたいと活動を始めた大夢さんは、人間関係を築くなかで村に住むことを許されるようになる。

 のちに妻となるシャイマさんとの出会いは、ある日参加した村の結婚式だったという。

「バジャウ族の結婚式って、三日間くらい続くんだよね。村長の家の前の水上広場でやるの。男たちの演奏と歌に合わせて、着飾った女の子たちが伝統舞踊を踊るんだけど、その中のひとりにシャイマがいたんだ」

 一目惚れした大夢さんは、近くにいた妙齢の女性に「あの子可愛いね」と伝えた。すると、“パンジ”を勧められたそうだ。 

「パンジはチップ的なもので、踊り子がヒラヒラさせている掌に、折り曲げた紙幣を挟む行為。踊っているシャイマの手にパンジしたのが、最初のきっかけ。結婚式のあと『あの可愛い子は誰?』って聞きまわっていたら、俺がシャイマを好きだってうわさが広まったんだ」

 さらには近所の世話焼きな女性により、シャイマさん本人に「ヒロがあなたに会いたがっている」と勝手に話をされていた。

「そんなことになっているなんて俺は知らなかったけど、むこうは俺が来る準備をしていたらしくてさ。おばちゃんに『シャイマが待っているから早く行きな!』って急かされて、行かざるをえなくなったんだよね(笑)」

◆出会いから2ヵ月で電撃結婚

 家を訪問したことがきっかけで、ふたりはデートを重ねていった。友達以上、恋人未満な関係ではあったが、彼女の家族にも受け入れられたという。

 出会いから2ヵ月後、大夢さんは結婚を決意する。決め手となったのは、彼なりの直感と、いくつかの出来事だ。

「シャイマと遊ぶようになったタイミングで、フィリピンのNCIP(※国家先住民問題委員会)が俺を訪ねてきたんだ。『何でこんなところに日本人が住んでいるんだ』って。バジャウ族の人たちは『ヒロはいいヤツだし、バジャウ族のための活動をやっているんだ』って助けてくれていたけど……NCIPからすると、少数民族のコミュニティに変な日本人が住んでいるのが気に食わないらしくて。鬱陶しそうな扱いを受けたんだよね」

 NCIPに何度も呼び出され、事情聴取を受けるうちに、「俺がバジャウ族と結婚しちゃえば、誰も文句を言えないだろう」と考えるようになったという。

 さらに、シャイマさんの引っ越しも大きな理由となった。

「彼女の両親は真珠を売る仕事をしていたんだけど、セブ島よりも稼げるパラワン島(※フィリピン南西部にある島)に家族で移住する予定だったんだよね。そうなると、シャイマと離れ離れになって会えなくなってしまう。俺と結婚するならセブ島に残れるって言うから、『離れるなんて絶対にイヤだし、結婚するなら今しかない!』と思ったんだ」

 話はとんとん拍子で進んでいき、交際0日での電撃結婚となった。バジャウ族以外の友人からは「考え直したほうがいい」と反対されたものの、最終的には周りを納得させたそうだ。

◆価値観の違いから喧嘩続きの毎日

 そうして2016年、大夢さんは21歳で結婚した。婚約した時点で全財産が2000円しかなかった彼は、自身のブログで結婚式のカンパを募る。記事は2日間で3万人に読まれるバズを記録し、無事に挙式へと至った。

 結婚から1年半後には長男も生まれ、順風満帆に思えた結婚生活。ところが……。

「じつは今、離婚に向けて話を進めている。結婚して2~3年目くらいには、離婚話が出ていたんだ。俺はその頃、バジャウの魅力を外に伝えるのに必死で、村の中にゲストハウスを建てたり、自宅にもいろんな人を招いたりしていた。ふたりだけの生活を送れないのが、嫁には耐えられなかったみたい」

 バジャウ族の文化を知るツアーを主催していた大夢さんのもとには、毎日ひっきりなしに人が訪れていた。自宅に常に誰かがいる環境のストレスや嫉妬から、シャイマさんは徐々に精神的に不安定になっていったという。

「シャイマが求めていたのは、家族を最優先する普通の家庭。それは分かっていた。でも俺は、バジャウに来てくれる人みんなが大切だったから、彼女も含めて全員とフラットに接していたんだ。それが原因で愛情不足に陥って、ヒステリーを起こすようになって。シャイマの求める愛に、俺は応えられなかったんだよね」

◆自宅の崩壊がきっかけで別居

 喧嘩ばかりの日々が数年間続き、もはや話し合って解決することすら不可能だった。大夢さん自身も、心のバランスが取れなくなってしまったそうだ。

「俺が愛をもっと注げば解決したことだけど、喧嘩が激しくなるにつれて、意識的に愛することができなくなってしまって。どっちが悪いとかじゃなく、お互いが大事にしているものが違っただけ」

 そんな状況に変化をもたらしたのが、2021年の台風による災害だ。大型台風の影響でバジャウ族の村は壊滅状態になり、大夢さんの自宅も全壊してしまう。

 崩壊を免れた別宅にシャイマさんと息子を避難させ、大夢さんは村の復興に尽力した。復興作業が終わると、妻子を残して一時日本に帰国し、国内やカンボジア、タイを放浪してまわっていたという。

「離れてからは、生活費を送るときに連絡を取ったり、息子と話したいときにビデオ通話をしたり。フィリピン人からは『無責任だ』『なんで家族と一緒じゃないんだ』って言われたけど、離れてからのほうが良い関係でいられてさ。

 離婚を決めたのは、つい最近。シャイマはずっと『大夢とは離婚した』って言っていたそうだけど、俺はあいまいなままにしていたんだよね。この先の目的がやっと明確になってきたから、決心がついたよ」

◆新しいパートナーと次の人生を歩むと決意

「タイミングが来たらセブ島に戻ろう」と考えていたものの、先のビジョンが見えないまま日本国内で日々を過ごしていた大夢さん。

 しかしフィリピン現地の状況を知ったことで、リモートでのマネージメントによるバジャウ族ツアーの再開、そして日本を拠点にした新たな活動を決める。

 それにともない、あやふやにしていた婚姻関係にも整理をつけることにした。

「シャイマはすごく愛情深い女の子だから、俺が家族を最優先に生きていたら、良い家庭を築けていたはず。俺はずっと、バジャウ族と日本人、双方の中心で起点になって、どちらにもポジティブな価値を生み出すことに注いでいた。日本社会での生きづらさや悩みを抱えた人たちが、より自分らしくハッピーに生きるためのきっかけ作りが、俺の生きがいでもあった。今までたくさんの人々がバジャウを訪れて、人生が変わるきっかけの場になっていたと思う。

 家庭を蔑ろにして別のことに夢中になり続けていたのは、シャイマに対して本当に申し訳ない。コロナと台風のおかげで夫婦として物理的な距離ができて、お互いに冷静になって話せたおかげで、これからはそれぞれのベストな道に進むことができそう」

 結婚生活を振り返り、そう語る大夢さん。じつは今、日本で“パートナー”と呼べる女性がいるのだとか。今後は彼女とともに、日本に拠点を構えて新しい暮らしを作っていくという。

 

「今のパートナーとはお互い目指す先が一緒なんだ。喧嘩しても話し合ってお互いの理解を深めて、同じ方向に進んでいく大事さを、俺はシャイマから学んだ。息子に対しては、大きくなって俺にヒントを求めてくることがあったら、いろいろ教えてあげたいなって思っている。今はシャイマのもとでバジャウ族として育っているから、それまでは価値観を押し付けることなく、好きなことができる環境を整えてあげて、のびのび育ってほしいね」

<取材・文/倉本菜生>

【倉本菜生】

福岡県出身。フリーライター。龍谷大学大学院在籍中。キャバ嬢・ホステスとして11年勤務。コスプレやポールダンスなど、サブカル・アングラ文化にも精通。X(旧Twitter):@0ElectricSheep0

2023/9/17 15:54

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