日本がアジア太平洋で自由主義陣営を支えなくて、誰が支える?/倉山満

―[言論ストロングスタイル]―

◆“ソコソコ”頑張っている岸田文雄首相

 世界の最大関心事であろうウクライナ事変は、相変わらずだ。今のところウクライナが善戦しているが、国力差は挽回しがたい。ウクライナが欧米の盾かつ走狗としてロシアを苦しめている間も、中国は虎視眈々と勢力を伸ばしている。日本が属するアメリカ陣営も、必死に対抗している。我らが岸田文雄首相も“ソコソコ”頑張っているようだ。

 日本では注目されないが今月、国際政治では大きな選挙が二つあった。タイとトルコだ。それより日本のメディアの関心事はサミットか。

 何にせよ、部分を見る前に全体を見よ。

◆中国の実態はロシア寄りの中立

 現在の国際政治の二大アクターは、アメリカと中国だ。アメリカの覇権を奪わんと、中国が挑戦している。ただし、中国人の時間軸は日本人には想像もできないほど遠大だ。

 世界の主要争点の中で、アメリカはヨーロッパとアジア太平洋の二正面で挑戦者と張り合わねばならないが、中国はアジア太平洋でアメリカに勝てばいい。ヨーロッパでは、ロシアが盾となってくれている。ロシアがウクライナで暴れれば暴れるほど、アメリカの力を削げる。ロシアが疲弊すれば中国への従属が強まる。米欧はこれがわかっていながら、ウクライナに肩入れするしかない。

 中国はウクライナ事変で表向きは厳正中立を保ちながら、実態はロシア寄りの中立だ。何の拘束力も無い国連決議でこそ、ロシアの味方はほとんどおらず、世界の多数派はロシアの侵略を非難した。しかし、実際に経済制裁を行っているのは、ほとんどがNATO諸国で、白人以外では、日本・韓国・台湾・シンガポールだけだ。東南アジア・中東・アフリカ・中南米は、中国とともに中立だ。つまり、アメリカ陣営は世界の多数派でも何でもない。シンガポールの軍事力は皆無だし、韓国や台湾は自分が狙われる立場だ。「日本がアジア太平洋で自由主義陣営を支えなくて、誰が支える?」という状況なのだ。

◆マスコミの「対中包囲網」など幻想

 日本の一部マスコミの言うような「対中包囲網」など幻想で、むしろ我々が包囲されているくらいだ。これを毛沢東理論で「農村から都市を包囲する」と言う。毛沢東は国民党との内戦に勝って共産党政権を樹立したが、農村部に浸透、包囲を狭めて都市を陥落させた。これを国際政治でも実践した。大躍進政策で自国民が何千万人餓死しようが、アフリカに食糧支援を行っていた。そうした何十年もの努力の甲斐があり、アフリカのほとんどの国が「中国の票田」の如く従属している。毛沢東にしろ、今の習近平にしろ、「何十年かけてでも世界を征服する!」が、国是なのだ。そして経済力でアメリカを抜けば、台湾など自然と落ちる熟柿(じゅくし)戦略を考えている。

 これまた一部マスコミは「ウクライナ情勢に乗じて明日にでも中国が台湾に侵攻する」と煽る。そんな可能性はゼロだとまでは言わないが、今の中国に、自ら作り上げた有利な国際情勢を壊すモチベーションがあるだろうか。それよりも、中国は台湾相手には「戦わずして勝つ」、あと二十年くらい待ってでも。と、企んでいると想定する方が妥当だろう。

◆タイやトルコも米中のストラグルの一戦線

 だいたい、台湾進攻に備えるのと、熟柿戦略に備えるのも、あまりやることは変わらない。経済力を蓄え、軍事力を強め、外交交渉を行う。軍事抜きの外交は無力だし、経済力無しの軍事力は破綻する。現にアメリカも日本にそうした努力を求めてきている。

 世界中で米中のストラグルが行われているが、タイやトルコも当然その一戦線だ。

 タイは民主政権が腐敗するたびに軍がクーデターを起こし、正常化する。最近の民主勢力の背後には、中国がいると目されてきた。今回、プラユット陸軍大将の内閣が総選挙で敗れた。中国がどう出るか。タイに限らず、東南アジア諸国は経済的には中国に依存している。政局の混乱には、いったん静観。その後、影響力を行使することを考えるだろう。

 トルコはNATOに属しながら、ロシアとも“杯をかわす”ような二股外交を繰り広げてきた。そうしたアクロバティックな外交を可能にしたのは、エルドアン大統領が20年に及ぶ超長期政権を樹立しているからだ。それが今回の大統領選挙では大接戦となった。決選投票となったので有利とはみられているが、仮にエルドアンがいなくなるとトルコ外交は急速に視界不良となる。こちらは、選挙結果を待つのみ。

◆今の尹錫悦韓国大統領は真人間と評して良い

 こうした状況の中で、日韓関係の改善もある。もしかしたら劇的に改善するかもしれない。今の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、全斗煥(チョン・ドゥファン)以来40年ぶりの真人間と評して良いからだ。というか、その間がひどすぎた。「一線を越えた反日」と「極端な反日」のどちらかの大統領しかいなかった。

 最近は、支持率が下がると歴史問題を持ち出し、国内向けのパフォーマンスに走り、日本から金をせびる。その都度、日本が甘やかしてきた。

 しかし、前任の文在寅(ムン・ジェイン)があまりにもやらかした。側近の法務長官が、本人の年齢詐称・妻の私文書偽造・娘の裏口入学・息子の徴兵逃れ、などなど次から次へと疑惑が噴出、大スキャンダルとなった。

 こうした中で、政権の政治圧力に一時は屈しながらも、大統領選挙に出馬して当選したのが、尹錫悦だ。

◆尹大統領の抱える二つの課題

 尹大統領が、どれほど真人間か。

 その一。検察官なのに自由主義経済を信奉している。たいてい、法律センスと経済センスは両立しえない。あまりにも発想が逆で、どちらかの素養がもう一方の習得を阻害するからだ。ところが尹は例外だ。父親が韓国では高名な経済学者らしいが。

 その二。政治家経験が一度も無い。だから素人を自覚。安全保障は専門家に任せる。その任せる相手を間違えない。

 その三。現実主義者である。韓国はアメリカのみならず日本と組むしかないと理解している。反日しか生きのこれない韓国で生き残った、真人間の代表が尹なのだ。

 その尹大統領には二つ課題がある。一つが、前政権までに軍や情報機関に入り込んだ北朝鮮のスパイのあぶり出しだ。もう一つが、来年に行われる国会選挙だ。今は国会が野党多数なので、できることは限られている。だから選挙で勝たねばならない。

 日本が交渉相手として信じるのは、そこからだ。

 さて、我々はどうする?

“ソコソコ”上手くやるのか、それとも目指す理想を持つか。

―[言論ストロングスタイル]―

【倉山 満】

’73年、香川県生まれ。憲政史研究者。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、「倉山塾」では塾長として、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交についてなど幅広く学びの場を提供している。主著にベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』や、『13歳からの「くにまもり」』を代表とする保守五部作(すべて扶桑社刊)などがある。『沈鬱の平成政治史』が発売中

2023/5/29 8:50

この記事のみんなのコメント

3
  • トリトンさん、倉山氏はどちらかというと右寄りな人ですよ。youtubeとかで近現代の(韓国発信ではない)真実の朝鮮史などを発信しています。

  • トリトン

    5/29 20:17

    長いコメント赤よりだね、日本がやらねば?、ラリってるの金だけ出すのだよねいい加減にしろや褒めるのはただそして政府は自分の金で無いから大盤振る舞いそして泣くのは国民まあ今はそれで支持率上がってるからわからんが。韓国のサムスンのために日本に工場作るが政府は支援するのと韓国の自動車会社がトヨタと合同で開発まともなもの作れんからトヨタの技術を盗むだけ(共に決定では無いが)あれほどボロくそに言われてね。

  • 観音寺六角

    5/29 19:48

    そこそこでは真の外交は生まれない。が、そこそこで済まさないと均衡が取れないこのご時世は上手くやれているならいいんじゃない?

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