「1万6000回のノグソ」で自然に恩返し。73歳の“糞土師”が説く自然との共生

 その男はおもむろにズボンを下ろした。温かな陽光が差す、爽やかな空気に満ちた林の中、彼はしゃがみ、手に葉っぱを持ち、虚空を見つめる。これが彼の日常的なうんこのやり方だ。伊沢正名、73歳。その累計“ノグソ”回数は1万6000回を超える。彼は“糞土師”を名乗り、ノグソによる自然との共生を説いている。なぜ伊沢はこれほどまでにノグソにこだわるのか。伊沢が所有する林、通称「プープランド」(茨城県)で彼が提唱する“糞土思想”について聞いた。

◆「食は権利、うんこは責任、野糞は命の返しかた」

※糞土思想

うんこは動植物の命を奪った「責任のかたまり」だとし、ノグソで自然に命を返すことが人間の責任だとする思想。「うんこをトイレに流すことは、自然の循環を止める行為なんです」

──プープランドは空気が澄んでいて気持ちいいです。失礼ながら、普段ノグソをしている林だと聞いて、少し臭うのかなと想像していました。

伊沢:土の消臭効果はすごいんですよ。深さ5〜10㎝の穴を掘り、うんこをして、土をかければ全然臭わないんです。

──そもそもノグソをするようになったのはいつ頃ですか。

伊沢:23歳のときですね。もう50年近く、ほぼ毎日ノグソをしています。簡単な記録をノートにつけていますが、累計すると1万6000回を超えました。連続記録は'00年6月1日から'13年7月15日までの13年間ですね。

──連続記録ということは、ノグソをしない日もある?

伊沢:街中で下痢に見舞われたときなど、たまにトイレを使います。21世紀になってトイレに行ったのは17回。'15年に舌がんの治療で入院した際は病院で6回しました。こればっかりはしょうがなかった。

◆ノグソしたうんこを掘り返し味見をした

──伊沢さんはもともと写真家として、きのこなどの菌類を撮影されていて、その世界では有名ですよね。ところが'06年から糞土師を名乗りだした。どんな経緯があったんですか。

伊沢:実は写真家になるより、ノグソを始めたほうが先なんです。若い頃は自然保護活動に熱心でした。それで自然について勉強するうち、菌類が生き物の死骸や糞を分解する働きを知ったんです。ちょうど同じ頃、1973年にし尿処理場の建設反対運動が起こりました。しかし私は、自分で出した汚いうんこの処理をどこかほかでやれと言う住民のエゴに憤りを感じたんです。と同時に、それまでトイレを使っていた自分自身を反省したんです。

──それでノグソを始めた、と。

伊沢:はい。自分のうんこに責任を持たなくちゃ彼らを批判する資格はないですからね。その後、糞土師になってからも、自信を持って糞土師と名乗れるようになったのは、長期間かけて調査を重ねて、ノグソの素晴らしさを確信できたからなんです。

──どんな調査をしましたか?

伊沢:ノグソしたうんこを掘り返し、動物に食べられたり、菌類によって分解されたり、その養分が植物に吸収される過程を調べました。あと、味見もしましたよ。

──うんこを口に入れた……?

伊沢:もちろん口にするまで逡巡しましたが、だいぶ時間がたっていたので無味無臭でした。分解されている証拠ですね。

───現在、写真家としての活動は続けているのでしょうか。

伊沢:きっぱりやめました。写真家として、きのこを通して自然を深く知ってほしかったんですが「毒きのこかどうか、食べておいしいかどうか」という情報ばかり求められてしまい、写真で訴えることの限界を感じてしまったんです。

──きのこもノグソも、自然環境を守るための手段という点で一貫しているんですね。

伊沢:そうです。ノグソが開放的で気持ちいいのは事実ですが、自然環境のためであって、趣味などではないんです。

◆人間のうんこは生き物のご馳走

──この林でうんこをするのは気持ち良さそうですが、そもそもノグソは自然にとって良いことなのでしょうか?

伊沢:もちろんです。私は糞土思想を掲げていますが、それを端的に言うと、「食は権利、うんこは責任、野糞は命の返しかた」となります。うんこは自然への命のお返しなんです。最初にノグソを始めたのは、し尿処理施設への反対運動に対する反発からでしたが、実際に続けてみると、人間が自然に対して唯一与えられるものは、うんこだと気づいたんです。

──うんこはどんなプロセスで自然に返るのですか。

伊沢:まず、ノグソをすると野生動物や糞虫などが食べ、きのこなどの菌類もうんこから養分を得ます。するときのこは二酸化炭素や無機養分をうんことして出す。そして今度はそれを植物が食べ、酸素をうんことして出す。要するに我々は植物のうんこを吸って生きている。人を含めた動物、菌類、植物は、互いにうんこを与え合って共生する。それが自然のあり方でしょう。

──なるほど。うんこをトイレに流すと、その自然なプロセスを阻害してしまうんですね。

伊沢:そうですよ。みんな、自分のうんこを不要なもの、カスだと思い込んでるから、トイレに流してしまう。けれど以前は人糞を肥料にしたことからもわかるように、うんこは土や植物のエネルギー源です。人間は食べることでほかの動物や菌類、植物の命を奪いますが、そのお返しがノグソなんです。私はこのことを「100万回の『いただきます』より、1回のノグソ」だと言っています。

──言葉よりも行動で返す、と。

伊沢:そう。普通は「食べ物に感謝して『いただきます』と言いなさい」と教えられますが、それは人間の自己満足ですよ。優しさや思いやりは、人間同士では通用するでしょうが、ほかの生き物には通じません。だからノグソで命を返すんです。

◆自分のうんこに責任を持たなくちゃ

──人間にとって、うんこは不要なカスだけど、ほかの生き物には命の素なんですね。

伊沢:ええ。そして、カスという意味では、死骸も同じです。死体もうんこ。だから私は“人生最後の命の返しかた”として野垂れ死にしたいんですよ。

──自分の体も自然に返す?

伊沢:そうです。大半の人は、自分の人生しか考えてないから死んだらすべておしまいだと思っていますが、自然という大きなスケールで見たら、死は終わりではない。死体もカスじゃなくて自然の中で循環するんです。私はもうそろそろ死ぬなと悟ったら、ひっそりと消えて山にこもり野垂れ死にしますよ。

──猫のようにいなくなる。

伊沢:本当はこのプープランドで死にたいけれど、すぐ発見されるでしょうから、どこか遠くの地で朽ち果てるでしょう。

◆ノグソで暮らしは豊かになる

──ノグソが自然へのお返しになる理屈はわかったのですが、世間から批判はありませんか。

伊沢:講演会などで「ノグソは軽犯罪じゃないですか?」とか「衛生に悪そう」などという批判も出ます。しかし糞土思想は人と自然の共生を目指すもので、人間社会のルールなどよりずっと重要です。それに、山や森の中なら違法ではありません。また、“正しいノグソ”をすれば衛生的にも大丈夫です。

──適切なノグソですか。

伊沢:私の半世紀近い経験とデータに基づいたやり方です。正しいノグソの標語は「場所選び、穴掘り葉で拭き、水仕上げ、埋めて目印、年に一回」です。まず、分解力の弱い高山や水源地などを避け、穴を掘る。そこで排泄し、葉っぱで拭きます。

──葉っぱでお尻を拭くのは痛そうです。

伊沢:全然! この葉っぱを触ってみてください(と言い、ポーチから愛用の葉っぱを取り出す)。

──たしかにシルクのような手触りで気持ちいいですね。

伊沢:そうでしょう。この触感を知ると、トイレットペーパーには戻れませんよ。私もノグソを始めた頃は紙を使っていましたが、紙はなかなか分解されなかったので、葉っぱを使うようになりました。わざわざお金を払って二級品のトイレットペーパーを使うより、葉っぱのほうがずっと高級ですよ。葉っぱで拭いた後は、ペットボトルの水で指を濡らし、仕上げ拭き。それからうんこを葉っぱと一緒に埋め、木の枝などで目印を立てます。これは同じ場所にうんこをしないため。同じ場所にノグソを続けると土壌が富栄養化するので、気をつけてください。

◆糞土思想を通して、“自然との共生”を考えてもらいたい

──排尿はどうしていますか。

伊沢:最初はおしっこも全部外でしていましたが、今はトイレも使います。うんこと違って、一日に何回もしますから、そのたびに林に行くのはさすがに難しい。それで最初は庭先でもやりましたが、回数が多いと分解が追いつかず、臭いし、草も生えなくなりました。

──あくまでも重要なのは排泄物を自然に返すことなんですね。しかし、実践のハードルは高いです。都心部だとノグソに適切な場所も少なそうです。

伊沢:そこで、ノグソをするために田舎に住む発想に切り替えてほしいんです。都会は便利ですが、お金もかかる。その点、田舎は家賃も物価も安くて暮らしやすいです。私の今の収入は年金と一回2万円の講演料。あとは写真家時代の少しの蓄えだけ。それでも十分暮らせるのは田舎だからです。ノグソができる場所に住めば、生活も楽で豊かになる。私はこのプープランドと糞土塾で、ノグソの良さを伝えていますが、遊びに来てくれた子供たちも含めて林でのびのび過ごし、ノグソを楽しんでます。糞土思想を通して、豊かな生活とは何なのか考えてもらえたら嬉しいですね。

 林を吹き抜ける爽やかな風と伊沢さんの笑顔に噓はなかった。ノグソは私たちの凝り固まった常識を破壊し、新たな可能性をもたらす革命的行為になるかもしれない。

Masana Izawa

1950年、茨城県生まれ。1974年にノグソを開始し、通算1万6000回以上のノグソをする(’23年4月現在)。’06年に写真家を辞め、糞土師の活動に専念。著書に『くう・ねる・のぐそ 自然に「愛」のお返しを』(山と渓谷社)、『ウンコロジー入門』(偕成社)などがある

取材・文/安里和哲 構成/高石智一 撮影/杉原洋平

―[インタビュー連載『エッジな人々』]―

2023/5/25 15:51

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