岸田政権の支持率をあげるたった一つの方法<著述家・菅野完>

◆安倍・菅時代より「右」で「タカ派」な岸田政権

 2千億円の国費を投じ、トマホークを買うことが決まった。これで日本は「敵基地攻撃能力」とやらを実装することになる。そればかりではない。これまで半ば国是のように取り扱われていた「防衛費GDP1%枠」は放擲され、今後は一挙に防衛費を倍増するのだという。

 タカ派路線は外交面でも鮮明だ。ここ十数年、一部では問題視されていたいわゆる「中国交番」問題に関し、国はようやく重い腰をあげ、北京政府に猛烈な抗議を行う予定だという。さらには、政府は年明けから積極的な外交攻勢を重ね、ロシア・中国の二大強国に対する強硬な国際世論を形成しようと西側主要国を飛び回っている。

 エネルギー政策でも大転換がおこなわれつつある。国は原発の再稼働を推進するだけでなく、今後は建設後60年を超える老朽原発も利用していく方針を示した。原発のレギュレーションを福島第一原発の核災害の発生以前より緩めるというのだから驚くしかあるまい。

 ……と、ここまで書き連ねてきた動きは、先の臨時国会終了後、わずか半月ばかりで岸田政権が実現した諸政策である。こうして書き連ねてみると、専守防衛路線の放棄、防衛費倍増、対中・対露強行路線の採用、西側諸国のオピニオンリーダーとしての動き、原発政策の大転換などと、この半月で岸田政権が達成したあれこれが、これまでの日本の「国是」ともいうべき諸価値をすべて根底から覆す動きであったことがわかるだろう。安倍政権があれほど熱心に唱えていたにもかかわらず8年かけても達成しえなかった「戦後レジュームからの脱却」とやらを、岸田政権はいとも簡単に、わずか半月の間にやってのけてしまったのだ。

 岸田政権が誕生した際、一部の好事家たちは、ひさびさの宏池会内閣の誕生を歓迎した。野党支持者の間にさえ、宏池会の伝統を念頭に「岸田政権は安倍・菅政権とは一味違ったリベラルでハト派な政権運営をしてくれるにちがいない」との声があった。しかしそうした期待は見事に裏切られてしまっている。岸田政権が並べ、あるいは達成した政策の大半は、安倍・菅両政権の事績とは比べ物にならないほど、はるか「右」であり「タカ派」な内容のものばかりだ。

◆安倍・菅政権にあって岸田にないもの

 しかしどうだろう?

 もはや「極右内閣」といっていいほどの諸政策を並べ・達成したにもかかわらず、岸田政権の支持率は一向に上昇しない。年明けの一部世論調査では「支持率底打ち」の様子が伝えられているが、その「底打ち」の水準が低すぎる。自民党支持率と内閣支持率の合計、いわゆる「青木数」は、倒閣水準といわれる50ポイントすれすれのところを推移し続けている。

 そればかりか、安倍・菅両政権を支えた「岩盤支持層」や「保守層」と呼ばれる人たちは、こぞって岸田政権を批判している。その舌鋒は、野党による政権批判よりもはるかに鋭い。『WiLL』や『Hanada』などといったいわゆる「保守論壇誌」は飽きることなく岸田政権を口汚く罵り続けているし、死後半年も経つのに安倍路線の復活を訴え続けている。ここまで「右」で「タカ派」な政策を並べても、「保守層」や「岩盤支持層」は、岸田政権を「右」だとも「タカ派」だとも認めていないのである。

 これは不思議なことではあるまいか。

 戦後類を見ないほどの「右」で「タカ派」な政策を並べ実現してみても、頼みの綱の「保守層」は岸田内閣を「右」と認めず、いまだに安倍・菅政権を懐かしんでいる。そして「保守層」とも呼べぬ「中間層」からの岸田政権支持も一向に向上する気配はない。だとすると、具体的な政策以外の面で、安倍・菅政権にはあり、岸田政権にはない「何か」が存在すると考えざるを得まい。そしてその「何か」こそ、「保守層」や「岩盤支持層」と呼ばれる人々をして「ああ、これは右だな」と思わせる要素であるに違いない。

 その「何か」とは、畢竟、「下品さ」「女性への嗜虐」ではあるまいか。

◆岸田は「行儀が良い」総理!?

 岸田文雄は総理としてこれまで、21年臨時国会、22年通常国会、22年臨時国会と、3つの国会を経験している。そのつど政権はそれなりの試練に直面してきた。とりわけ22年臨時国会は、国葬問題や統一教会問題、さらには相次ぐ閣僚の不祥事と、野党からの鋭い批判にさらされる局面が相次いだ。しかしその間、岸田文雄はただの一度も、感情を露わにしたことがない。むしろ野党側の批判が鋭ければ鋭いほど、いずまいをただし、時に頷き、あるいは悲痛な顔をし、全身で傾聴姿勢を表現し続けている。

 とある野党議員が先日、こんな話をしてくれた。

「予算委員会さ、岸田政権になってから疲れちゃうんだよ。総理が行儀いいでしょ? だから俺たちも気を抜けない。安倍さんの時は、総理が足組んだり貧乏ゆすりしたりヤジ飛ばしたりしてたから、こっちも自堕落にいてもなんとも思わなかった。」

 確かにそうだ。安倍政権時代は、閣僚席で総理が足を組み、貧乏ゆすりをし、書類を投げつけ、怒号をあげ、ヤジを飛ばすことが常態化していた。総理の態度は政府部内にも伝播するようで、安倍政権や菅政権の時代には政府委員つまり官僚が、野党議員へのヤジを飛ばすというありうべからざる事態さえしばしば発生していた。

 だが支持者たちは総理のそういう姿にこそ熱狂していたのではないか。総理が野党議員を下品になじり、総理が自席から「日教組! 日教組!」などと愚にもつかないヤジを飛ばし、野党を嘲笑うたび、支持者たちは熱狂していたではないか。

 とりわけ、支持者たちを熱狂させた国会における安倍晋三や菅義偉の態度は、野党の女性議員に対する「あしらい方」ではなかったか。辻元清美や蓮舫、森ゆうこや田村智子など、政権を舌鋒するどく批判する野党の女性議員に対峙する時、安倍晋三にも、菅義偉にも、その顔には決まって「微笑」がうかんでいた。それも口角だけが上がり、目は一切笑っていない薄汚い「微笑」である。そして野党の女性議員が犯す、審議時間の若干の逸脱や言葉の誤用など、わずかなミスをとらえて、薄汚い微笑をたたえたまま「ルールを守ってくださいね」「常識的に考えてくださいね」などといってのける。そしてこうした態度は、決して、男性議員には向けられない。

 この態度そのものと、男女による対応の差そのものが、明確に言語化するよりもさらに雄弁に「女のくせにうるさい」「女は黙っていろ」というメッセージをこれでもかというほどに伝えていた。あからさまにいえば、安倍や菅による女性議員に対するあの態度は「女性への嗜虐のショー」であったのだ。「物いう女」を「うるさい」と一蹴し嘲り笑う総理の姿を見て、支持者たちは溜飲を下げ、熱狂していたわけだ。

◆「右にウイングを広げろ」論が筋違いな証左

 端的にいえば、岸田文雄は、安倍晋三や菅義偉に比べて、「家父長」としての振る舞いが少なすぎるのである。あくまでも表層面においてではあるが、下品に傲岸に振る舞い、女性に辛くあたるという家父長然とした「昭和のオヤジ」の要素が岸田文雄には少なすぎる。それゆえ、具体的な政策面でどれだけ「右」な要素を並べ立ててみても、「保守層」や「岩盤支持層」から「右」として認知されないのだ。トマホークを買うよりも、防衛費を倍増させるよりも、老朽原発を動かすよりも、中国に強くあたるよりも、「保守層」や「岩盤支持層」は、「傲慢で下品な総理」「女に辛く厳しく冷たくあたる総理」を見てはじめて、「ああ、これは右だな」と認知するのである。

 ためしに、そろそろ始まる通常国会で、岸田文雄は態度の面で安倍晋三を真似てみればいい。すなわち、野党議員の質問の最中に閣僚席で足を組み、なにかあれば唇を尖らせて下品なヤジを飛ばし、女性議員からの質問には薄汚い微笑をたたえて嘲るという態度である。そして時に「行きすぎた男女同権はいかがなものか」「フェミニストのみなさんには困ったものです」ぐらいのコメントを出してみればいいのである。メディアは大騒ぎするだろうが、メディアが騒げば騒ぐほど、日本の社会に宿痾のように蔓延るミソジニーを内面化した有象無象が喜び出し、内閣支持率はうなぎのぼりに上昇するだろう。

 この点は、野党――とりわけ立憲民主党――の中に存在する「右にウイングを広げなければいけない」論者が考えねばならぬことでもある。そういう人々が想定する「右」とは、安全保障政策であったり、はたまた皇室論であったり、外交論とりわけ中国と朝鮮半島への対応であったり、あるいは新自由主義的な経済財政政策であったりするのだろう。しかし、そんな政策論で「右」にウイングなど広がらないことは、岸田政権が見事に立証してくれているではないか。

 悲しいかな現代の日本において「右」を「右」たらしめている要素は、安倍や菅が体現したあの「下品さ」と「女性への嗜虐」なのである。家父長として振る舞い女をモノとして扱い嘲り笑う姿を見て喜ぶ層を取り込むことが「右へウイングを広げる」ということなのだ。

 その「右」とやらが、本当に取り込む価値があるのか、そこまでして「右」に行く必要があるのか、はたまた自分たちにそんな芸当ができるのか、そしてそんな姿を有権者に見せるべきなのか……。野党の中に存在する「右にウイングを広げなければいけない」論者は、ここまで「右」な政策を並べ立てても「右」と認知されない岸田政権を他山の石としつつ、冷静に考えるべきであろう。

初出:月刊日本2023年2月号

―[月刊日本]―

2023/1/26 8:50

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