ネオコンの挑発が米中戦争を引き起こす<元外交官・東郷和彦氏>

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◆ターニングポイントはクリミア攻撃

―― ロシアがウクライナに軍事侵攻を始めてから9か月がたとうとしています。戦争は完全に泥沼化しており、停戦の兆しは見られません。東郷さんは先日『プーチンVS.バイデン』を刊行しましたが、現在の状況をどのように見ていますか。

東郷和彦氏(以下、東郷) 戦争が始まって以来、事態は刻々と変化していますが、まずは最近の動きを押さえておきたいと思います。

 8月に入り、戦争は新たな局面を迎えました。ターニングポイントになったのは、8月9日にクリミア半島のロシア空軍基地が攻撃されたことです。ウクライナ側は当初、自分たちはこの攻撃に関与していないと主張していましたが、9月7日になってミサイル攻撃したことを認めました。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、以前からクリミア奪還の意思を繰り返し示してきました。確かにクリミアは2014年にロシアが併合するまでウクライナの領土でした。そのため、ゼレンスキーがクリミアは自分たちのものだと主張するのは当然です。しかし、歴史的に見れば、もともとクリミアはロシアに属しており、それゆえロシアのクリミア併合はクリミアを含む全ロシアの人々から熱狂的な支持を受けたのです。

 また、ウクライナがクリミアを奪還するということは、クリミアをはじめロシアが占領するすべての領土からロシアを追い出すことを意味します。これは即ち、ウクライナの完勝、ロシアの完敗ということです。プーチン大統領がそれを認めることは絶対にありません。

 ウクライナはその後、ロシアが制圧していたハリコフ州での戦闘を有利に進め、9月10日に要衝のイジュームを奪還しました。同18日、ゼレンスキーはロシアに奪われた領土を取り戻すため、戦闘態勢を緩めることはないと改めて表明しました。

 こうした動きを受けて、ロシア側は対抗措置に出ます。まず、9月21日に部分動員令を発動して約30万人の予備役招集に動きました。これについて、プーチンは国民向けの演説で、ロシアの主権と安全保障、領土の一体性を守るための緊急措置だと説明しました。しかし、若者などによる抗議デモが起きたり、動員逃れのために海外渡航するような動きが出るなど、混乱が見られました。

 その後、ロシアは9月23日からルガンスク、ドネツク、ザポロジエ、ヘルソンの4州でロシアへの編入を問う住民投票を行い、9月30日に併合手続きを完了しました。これは要するに、プーチンはこの4州で暮らすロシア系住民の保護に全責任を持つということです。

 これでプーチンがこの一線から引くことは難しくなりました。しかし、いまのゼレンスキーがそれを認めることはないので、事態はさらに深刻化していくと予想されます。

◆ロシアとイランの接近

―― もともとロシアが始めた軍事侵攻だったはずなのに、日本の報道を見る限り、ロシアは劣勢に立たされています。10月8日にはロシアとクリミア半島をつなぐクリミア大橋が爆破されました。

東郷 これはロシアにとって絶対に看過できないものです。プーチンは対抗措置として、10月10日からウクライナ全土に向けて大規模なミサイル攻撃を始めました。10月14日の記者会見で「現時点ではさらなる対抗措置は必要ない」と述べたものの、その後もミサイル攻撃を続けています。

 ロシアの当面の狙いは、発電所や給水塔などの生活インフラのようです。これらが破壊されれば、これから冬を迎えるウクライナの人々の生活は苦しくなるので、それによってウクライナの戦闘意欲を削ごうとしているように見えます。

 ロシアはウクライナを攻撃するにあたって自爆ドローンも活用しています。このドローンはイランが提供したものだとされています。ドローンはミサイルなどと比べると非常に安価なので、ロシアからすれば費用対効果が良いわけです。また、イランがロシアに弾道ミサイルを供与するとの報道もあります。

 ロシアとイランはともにアメリカと敵対しているので、両国間の協力は「敵の敵は味方」という観点からよくわかります。アメリカはイランを批判していますが、そもそもアメリカはイランで革命が起こって以来、イランに対して厳しい姿勢で臨んできました。一方で制裁を加えておきながら、「ロシアと手を切れ」と言ったところで、イランがそれに従うはずがありません。

 アメリカとイランの核合意が機能していれば、イランもアメリカとの関係悪化を懸念し、ロシアと接近することに慎重になったかもしれません。しかし、トランプ前大統領が核合意から離脱してしまったので、イランにはアメリカに遠慮する理由はなくなりました。

 もう一つ注目すべきは、ロシアで新たな総司令官として空軍・宇宙軍のスロビキンが任命されたことです。10月18日に彼は「最も難しい決断を排除しない」と発言しましたが、その翌日、併合された4州に戒厳令が布告されました。さらに、プーチンは必要な物資の調達などを迅速化するための「調整会議」を新たに設置し、10月25日に初会合を開きました。きめ細かい軍事支援を行うことが狙いと見られています。

 ロシアが各地の戦線で厳しい状況に立たされていることは確かです。11月11日にはロシアが併合していたヘルソン州の州都ヘルソンからロシア兵を撤退させています。

しかし、ロシアがこれで諦めるとは思いません。一時的に撤退したあと、巻き返しを図っていることは確実です。

 また、ウクライナと近隣のヨーロッパ諸国では線路の幅が違います。そのため、ウクライナに武器などを送る際には台車の交換が必要です。一部専門家たちはプーチンがここを狙うのではないかと指摘しています。

◆アメリカの責任は重大

―― 東郷さんは『プーチンVS.バイデン』で、戦争を始めたプーチンを厳しく批判する一方、アメリカのバイデン大統領にも責任の一端があると指摘しています。

東郷 バイデンは昔からプーチンに批判的でした。バイデンはオバマ政権の副大統領として、首相だったころのプーチンと会談していますが、その際「あなたには、心というものがないようですね」と面罵しています。バイデンはこの話を自らの著書『約束してくれないか、父さん』の中に自慢話のように記しています。しかし、こんな外交は亀裂を深めるだけです。

 ウクライナでは2013年秋から2014年にかけてマイダン革命が起こり、親ロ派のヤヌコーヴィッチ政権が瓦解しましたが、ここにもバイデンは関わっていました。当時、オバマ政権で国務次官補を務め、副大統領のバイデンのもとでウクライナ問題を担当していたビクトリア・ヌーランドが、ヤヌコーヴィッチ政権の体制変革を訴えている音声データが流出しています。バイデン自身もヤヌコーヴィチと密に連絡をとっており、彼を辞任・逃亡に追い込んだことを明かしています。

 バイデンの思想は端的に言ってネオコンそのものです。ネオコンはアメリカの掲げる自由と民主主義を絶対的な価値観と考え、その実現のためには武力行使さえためらいません。ブッシュ政権で副大統領を務めたチェイニーがその代表格です。

 ブッシュ政権が共和党政権だったこともあり、ネオコンと言えば共和党のイメージがあるかもしれませんが、この思想は共和党・民主党を超えて広く共有されています。バイデン政権で国務次官に出世したヌーランドもネオコンとして有名ですし、彼女の夫のロバート・ケーガンもネオコンの代表的論客として知られています。

 ネオコンからすれば、ウクライナでマイダン革命を起こすことも、現在のウクライナを支援することも、自由と民主主義を実現するために当然のことであって、誰からも非難されるいわれはありません。しかし、プーチンから見れば、これは明らかな挑発です。とりわけNATOがウクライナまで東方拡大してきたことは、絶対に許容できないことでした。それゆえ、プーチンは武力行使という最後の手段に出たのです。

 戦争が始まった直後、西側のメディアは「挑発なき戦争」と報じていましたが、これは見当違いと言わざるを得ません。西側にその気はなくとも、プーチンは挑発されたと感じていたのです。フランスのエマニュエル・トッドも、戦争を誘発したのは西側であり、この戦争は簡単に避けられたと強調しています。このことを踏まえなければ、今回の戦争の本質はつかめないと思います。

◆中国を挑発するネオコン

―― バイデン政権は中国に対してもロシアと同じスタンスで臨んでいます。これでは米中対立が深刻化し、台湾をめぐって武力衝突が起きかねません。

東郷 私は中国が台湾に武力侵攻する可能性は低いと見ています。先日、中国の習近平国家主席が中国共産党大会で改めて台湾統一への意欲を示しましたが、ウクライナの状況を見ればわかるように、武力を行使すれば中国側も無傷ではいられません。

 中国からすると、武力を用いなくても台湾を実質的に統一することは可能です。経済関係をもっと緊密にすることも一つの方法ですし、台湾で国民党政権が誕生するだけでも雰囲気はがらりと変わると思います。

 問題は、バイデン政権が中国を挑発した場合です。バイデンが自由と民主主義を絶対のものと考え、プーチンに示したような態度で中国に臨めば、中国を挑発した気がなかったとしても、中国側は挑発されたと感じ、台湾への武力侵攻に踏み切る恐れがあります。

 その際、もし米軍が直接参戦すれば、それは即、第三次世界大戦を意味します。そうなれば世界が崩壊する可能性さえあります。

 こうした事態を避けるには、何よりもまず、アメリカがネオコンの発想から脱却する必要があります。

 いまアメリカではネオコンばかり目立っていますが、アメリカには国と国との力関係から国際政治を分析するリアリストと呼ばれる人たちもいます。彼らは他国に自由や民主主義といった価値観を押しつけることは間違いで、それはむしろ国際社会を混乱させるだけだと考えています。その代表が元外交官のキッシンジャーであり、シカゴ大学のミアシャイマーです。彼らの現実主義的な考え方が広がれば、アメリカがいたずらに中国を挑発することはなくなるでしょう。

 日本としても、リアリズムの立場からアメリカのネオコン思想とは一線を画す必要があります。そして、ネオコンによる中国の挑発を食い止めるべく、日本外交が主戦場とする北東アジアで、近隣諸国と積極的に協力関係を築いていくことが期待されるのではないでしょうか。

(11月11日 聞き手・構成 中村友哉)

初出:月刊日本12月号

―[月刊日本]―

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げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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