SMAP「伝説の映画」監督逝去!「撮り直したい」木村拓哉・稲垣吾郎・草なぎ剛の「黒歴史」のワケと「6人の昔日」

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 11月23日、カタールワールドカップの舞台で日本がドイツに2対1で逆転勝利するという歴史的な快挙を達成。その少し前に、伝説的なサッカー映画の監督の訃報が流れた。

「11月12日、大森一樹監督が急性骨髄性白血病で亡くなったことが報じられました。70歳でした。文芸作品から『ゴジラ』など怪獣映画まで、幅広いジャンルを手掛けてきた映画好きには非常に有名な監督です。

 そんな大森監督が手掛けた作品の1つに、講談社漫画賞少年部門も受賞した不朽の名作サッカー漫画・大島司先生の『シュート!』シリーズを原作にした1994年公開の同名映画がありました。まだブレイク前、現在はオートレーサーの森且行さん(48)もいた6人組時代のSMAPが全員主演だったことで、今もなおコアな人気を誇る作品です」(映画ライター以下同)

 11月22日発売の『週刊女性』(主婦と生活社)は、そんな大森一樹監督の訃報を受けての記事を掲載。そこでも、SMAPと『シュート!』について「生前に語っていたウラ話」が紹介されていた。

《まだSMAPが売れていない時期でしたが、仕事の関係で全員そろうことはほぼなかったよう。すでに映画デビューしていた稲垣吾郎さんは忙しくて撮影になかなか来られず、劇中ではケガをして試合を退場したことに。ですが急きょ撮影に参加できることになったので、決勝戦ではケガが治ったことにして参加させました(笑)》

《中居正広さんは“映画の主役をやったら連ドラの主役の仕事も来ますよね”って話していたようで、大森監督は“彼の中では映画よりも連ドラのほうが格上なんだなぁ”とショックを受けていました。木村拓哉さんは中居さんと演技で張り合っていたようですが、“みんな仲がよかった”とも話していました》

『シュート!』は、現在もしばしばリバイバル上映されたり、2012年には大阪の「シネヌーヴォ九条」で大森監督が直々にミニトークもしてくれたりと愛されている作品ではあるが、SMAPのメンバーにとっては“複雑な作品”である事でも知られている。

■たびたびSMAPメンバーに黒歴史気味に語られる映画『シュート』

「まだ役者としてのキャリアが浅く、プロ意識が低かったこと、演技力の拙さなどから、SMAPのメンバーはこの作品について語る際、若干、“黒歴史”にしてるフシがあります。

 草なぎ剛さん(48)に至っては、“撮影中なのに散髪して試合中に髪型が変わってしまう”という若手でもしないようなレベルのミスをして怒られた挙句に逆ギレした、という話を昨年10月3日放送の『7.2新しい別の窓』(ABEMA)でしていました」

 稲垣が急きょ参加した件については、1993年放送の『嘘でもいいから』(日本テレビ系)のことだと2017年に『編集長 稲垣吾郎』(文化放送)で明かしているほか、運動音痴なのに「ブラジル帰りの天才」を演じたのを、

「もうね、思い出したくもないですよ、別に」「“(リバイバル上映で)劇場内で時折笑いが起きてた”って辱めですよね。どっちかって言うと。う~ん……まぁ、いいんじゃないでしょうか」

 と微妙なコメントをしたこともあるほど。実はボールをシュートするシーンは、蹴るフリだけして横のマシンで飛ばしていたそうだ。

 木村も、2017年にサッカーW杯予選で盛り上がっていた時期に『木村拓哉のWhat‘sUP SMAP!』(TOKYOFM)で本作に触れていたが、

「映画『シュート!』の話をするっていうのは、わりとなんか個人的にはテンション下がる~っていう」

 としており、当時の演技力について、

「僕がやらせていただいたのは天才ストライカー的な役だったんですけど、今だから言える話じゃないかなと思うんですけどこれ、(サッカーが上手いようには)見えないですね……」「正直、このDVDソフトを今、クリリン(ディレクター)に手渡されたんですけど、撮り直したいって言う感じです。はい……」

 と嘆いていたこともあった。

■木村は若き日から異彩を放っていたと監督が明言

 もっとも、2016年末の同ラジオで木村は、撮影当時はJリーグが誕生して日本全体サッカーブームの時代だったため「サッカーボールを蹴るっていうことが、仕事であり、撮影ではあったんだけど、やっぱ楽しかった」と語り、現在もリバイバル上映されている件も「不思議な気持ちもありますけれど……やっぱ嬉しいですね〜」としていた。恥ずかしい部分も多いが、青春の思い出として現在も根っこでは大事に思っているのだろう。

 また、大森監督はSMAPをよく知らなかったが、そのうえで当時の木村については、

「行く前にスタジオで(前日に撮った)ラッシュを見たんですよ。そうしたら……まあ、なんていうか……スタッフ一同がほぉ~っと、息を呑みました」

「スターの誕生に立ち会った瞬間というのかな。フィルムのなかで見る彼は、もうその時すでにスターになるべく輝きを持っていて、圧倒されました」

 と、2012年の「シネヌーヴォ九条」で行なわれたトークショーにて明かしている。残念ながら香取慎吾(45)と草なぎについては「(当時は)子どもですよ。だからしょうがない」と補足しつつも、「下手」とバッサリ言い切られていた。

「ただ、『週刊女性PRIME』でもあったように、“みんな仲がよかった”ということだし、本当に黒歴史なら、そもそもこんなに頻繁にトークには出さないですよね。

 1994年といえば、まだまだSMAPがそれほど仕事もなく、時間もあった時期。デビューから苦節3年、12枚目のシングル『Hey Heyおおきに毎度あり』でようやく『オリコン』1位を獲得できた年でした。ここから2年後の96年に『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)がスタートし、本格的にスターの階段を登り始めた時期に森さんが去り、その後、紆余曲折あって2016年に解散……。時の流れの儚さを感じますよね。

 SMAPの解散時には、木村さんと中居さん、そして香取さんとの不仲が強く言われましたが、『シュート!』の頃は、6人にはまだ、仲の良さと自由な時間だけがあるときだったのでしょうね……」

 木村がラジオで『シュート!』の思い出を語ったのは、SMAPの解散した2016年末のことだった。いつの日か5人、いや森も含めた6人で『シュート!』の思い出を振り返る日が訪れてほしいものだが……。

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  • 11/28 6:50
  • 日刊大衆

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