BTSを待ち受ける韓国兵役のリアル「芸能部署でも煩わしい上下関係」

◆BTSは軍隊のどこに配属される?

 好きこのんで兵役に行きたがる韓国人なんていない。にもかかわらず兵役は国民の義務と決められているから、仕方なく2年を軍隊で費やすことになる。こうした事情があるため、韓国では“兵役逃れ”に対する「ズルい真似するな!」という批判がヒートアップしていく──。

 BTSのJINが入隊を発表したことで韓国の徴兵制度が改めて注目を集めているが、この問題に関する韓国人の感情は日本人には想像できないほど複雑のようだ。こうした世論の背景について紹介した記事「BTS・ジンが入隊発表。日本人には理解しづらい韓国の“兵役逃れアレルギー”」に続き、後編ではさらに踏み込んで兵役の実態に迫っていく。まずはBTSのメンバーも配属先になると予想される芸能部署の様子について、コンテンツ供給会社・JAKE社長のピョ・ジュシク氏が解説してくれた。

「兵役に就くと、最初に4~6週間の基礎訓練を受けます。ここでは銃を構えたり整列したり、全員が同じメニューをこなしていく。その後、アンケートに答えて各々の部署に配属されるわけですけど、そこでは各自の得意な技能が活かされるんです。たとえばカメラマンだったら撮影部隊。板前だったら調理場を担当することが多い。軍隊の中は実際の社会と同じようになっているから、当然、床屋だって必要。そういうところでは美容師が活躍するんですよ。背が高くて身体がデカい人は、軍隊内の警察みたいな憲兵をやらされますし。

 芸能人もそれと同じです。実社会で芸能をやっていたということで、まずは芸能部署に呼ばれるわけです。芸能部署は各部隊に出向いて、曲を歌ったり楽器を演奏したりする。お笑い芸人なんかは司会業をやることが多いかな。でも中には変わった芸能人もいて、『自分を特別扱いしないでほしい。あえて厳しい環境の中でやりたいんです』みたいにストイックな主張をすることもある。まったくもって理解に苦しみますけどね(笑)」

 芸能部署の業務は、一般軍人と比較したら生ぬるい限りだという。とはいえ細かい規則はあるし、上下関係もうるさいし、なによりもキャリアが停滞してストレスが溜まる。「芸能部署だから気が楽」とは誰も受け取らないそうだ。

◆消えない軍隊内のイジメ問題

 そして徴兵制度を語るうえで絶対に外せないのがイジメ問題である。「陰惨で目も当てられない。男同士のセクハラも日常茶飯事」とは多くの韓国人が証言するところ。『D.P.-脱走兵追跡官-』という兵役でのイジメ問題を扱ったドラマがNetflixに存在するほどだが、ピョ氏は「実際はあのドラマよりもさらに狂っているかもしれない」と苦笑いする。

「私自身、軍隊にいた2年半(現在は2年)は毎日、意味もなく殴られていました。『意味もなく』なんてそんなことはないだろうって思うかもしれませんが、本当に理由なんて特にないんですよ。一種の習慣。訓練の一環として殴られるというのが日常になっているんです。兵役に行ったことがない日本人からすると、理不尽に感じるでしょうね。でも、軍隊ってそういうものなんです」

 先輩からの陰惨なイジメに苦しめられたピョ氏だが、やがて後輩ができると自身も恨みを買うようになる。後日談となるが、兵役から戻って街の映画館で後輩の集団に出くわしたときは殺されるかと思ったという。

「これはですね、自分が先輩になるとよくわかるんですよ。大勢の後輩たちの統制を取りながら管理するには鉄拳制裁に頼るしかない。言い訳とか口答えなんてさせていたら話が前に進まないわけです。上司が黒と言ったら、白であっても黒と言う。絶対服従を徹底させなくてはいけない。

そもそも軍人を育てるのは戦争のためじゃないですか。相手は死に物狂いで自分のことを殺しに来る。そうした相手を自分の手で殺すのは生半可な覚悟じゃできないですよ。訓練をソフトにして、『納得できないなら、まぁ俺の言うことなんて聞かなくてもいいけどね』みたいな教育をしていたら、絶対そいつは戦場で逃げ出しますから」

◆正常な判断ができなくなっていく

https://youtu.be/XsX3ATc3FbA

 軍隊の中では、一般社会の常識など通用しない。わけのわからない、理屈が通らない、デタラメだと思うような命令であっても、上長から言われたことは絶対に「イエッサー!」と従わなくてはいけない。毎日毎日、このようにズブズブ洗脳されているうちに、人間は正常な判断ができなくなっていく。

「軍隊では、正しいかどうかなんてどうでもいい。冷静に考えさせたらダメ。結局、兵役に行く一番のデメリットは人が馬鹿になって出てくることなんですよ。自分の脳味噌で考えられなくなりますから。

私自身の経験で言うと、配置転換されたときに『こうしたほうが合理的で生産性が高いんじゃないか』とか能動的にいろいろ方法を考えたことがあったんです。自分から率先して動きましたし。そうしたら褒められるどころか、いきなり上司がブチ切れてきたんですよ。『なんで命令もしていないことを勝手にやるんだ!』って。『お前は言われたことをやればいいんだよ! 自分で考えるんじゃない!』というわけです。軍隊ってそういうものなんですね。まさに馬鹿製造工場です」

◆北朝鮮の兵役の長さに感じる脅威

 聞けば聞くほど、兵役のマイナス面ばかりが浮かび上がってくる。平和ボケした日本人の感覚からすると、それでもなぜ徴兵制度を維持しようとするのか意味がわからない。「もうこんな意味のないことはやめよう」という反対運動が起こるのが自然ではないのか。もちろん韓国は北朝鮮と一時的に休戦しているだけであり、いまだに戦争状態だということは頭で理解できるのだが……。

「その北朝鮮は、信じられないくらい長く兵役をやらせるんです。男が10年、女が7年かな(2005年までは男で13年)。それだけ長く軍隊で鍛えられれば、誰でも殺人のプロフェッショナルになれますよ。韓国人にとっては、それが脅威なんです。超本格的に軍人を育成する北朝鮮サイドからすると、たった2年しかやらない韓国の兵役制度なんてマクドナルドのアルバイトみたいに映るんじゃないですかね(笑)。

 それから『近代の戦争においては、長距離ミサイルや無人戦闘機で勝負が決まる』というのは早計じゃないですか。たしかに最初はミサイルや戦闘機でガンガン攻めるでしょうけど、ウクライナを見てもわかるように、次の段階では戦車で上陸し、最終的には一般軍人の人海戦術に頼らざるをえない。だから一般人に軍事練習させるのがナンセンスとは思えないんですよ」

◆兵役を経てBTSの人気は?

https://youtu.be/pBuZEGYXA6E

 これまで芸能人が“兵役逃れ”を画策することも多々あったが、バレると炎のようなバッシングが待っている。たとえばマッチョ派アイドル歌手のユ・スンジュン。彼は「韓国人なんだから兵役に行くのは当たり前」と何回も発言していたにもかかわらず、海外公演のついでにアメリカの市民権を獲得。「もう兵役に行く気はありません」とあっさり前言撤回する。当然、韓国世論は「この嘘つき野郎!」と烈火のごとく怒りに沸いた。現在もユの裁判は続いているうえ、“永久入国禁止処分”が下され、韓国国内で活動復帰する目途すら立っていない。

「芸能人が兵役に行く場合、そこで人気が下がる場合もあるけど、逆に上がることも珍しくはありません。特に俳優はプラスに働くことが多いですね。役者というのは演じるにあたって人生経験が重要になる。兵役で苦しい思いを味わうことで演技に深みが出るし、暇な時間を使って本を読んだりすることもできますから。

一方、アイドルの場合はもともと寿命が短いので、2年ものブランクは厳しいですよ。グループが解散することもよくあります。ご存知のように韓国のアイドルは“奴隷契約”と呼ばれる過酷な契約で縛られるわけですが、兵役にいる間は事務所の力が及ばないため、ここでタレント側が契約を破棄することも多いんです。ある意味、事務所の束縛から逃れられる千載一遇のチャンスなんですよね」

◆所属事務所は2025年の復活を公言

 BTSに限っていうと、兵役中に陰湿なイジメやセクハラ被害に遭う恐れもあまりないのではないか。順当に行けば、メンバーは芸能部署に配属されるはず。そこには芸能人ばかりが集まっているから、兵役が終わってからも関係性は途切れない。下手にBTSメンバーに手を出したら、シャバに戻ってからすさまじい報復が待っていることだろう。

「(所属事務所の)HYBEは2025年にBTSを復活させると言っていますよね。実際、その通りになるだろうし、人気もそれほど下がらないんじゃないかと予想します。いくらアイドルの旬が短いとはいっても、グループがここまで確固たる存在になったらファンもそう簡単には見捨てないでしょうし。結局、このタイミングでBTSが軍隊に入るのは世論的にも必然だったし、兵役のデメリットも最小限に抑えられるのではないでしょうか」

 韓国には有名な兵役ジョークが存在する。「女性が嫌う男の会話は3つある。1つは兵役。もう1つはサッカー。そして一番嫌われるのは兵役時代にサッカーした話をすることです」。BTSメンバーを待ち受ける兵役生活は、果たしてどのようなものになるのだろうか?<取材・文/小野田 衛>

【小野田 衛】

出版社勤務を経て、フリーのライター/編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆をおこなう。芸能を中心に、貧困や社会問題などの取材も得意としている。著書に『韓流エンタメ日本侵攻戦略』(扶桑社新書)、『アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実』(竹書房)。

2022/11/12 15:51

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