日本のメディアは何に恐れ、萎縮しているのか?<著述家・菅野完氏>

◆萎縮の成れの果て

 戦中の日本の新聞といえば、伏せ字や空白だらけだったことが特徴だろう。

 満州事変前後から新聞に対する弾圧は加速し、真珠湾攻撃以降、朝日・毎日などの大新聞は、ほとんど政府の代弁機関に成り下がってしまった。新聞への弾圧を〝合法化〟していたのは、治安維持法と新聞紙法の二法。特に後者は事細かく「記述禁止事項」を規定しており、少しでも違反すると新聞は発売停止に処せられた。紙面に溢れる伏せ字や空白は、それを避けるために新聞社が重ねた工夫の産物だった。さらには当時の世論にささえられた民間の右翼団体などが、気に食わない記事が掲載されるやいなや、新聞の広告主に「あんな新聞に広告を載せるのか」と捩じ込み広告を取り下げさせたり、一般市民を煽って不買同盟を形成したりして、新聞社を経済的に追い詰めることが頻発していた。

 戦後、読売新聞の「編集手帳」の名コラムニストとして名を馳せることとなる高木健夫は、戦中の新聞社内の様子をこう回想している。

 「報道差し止め・禁止が毎日何通もあり、新聞社の整理部では机の前に針金をはって、差し止め通達をそこに吊るすようにしていた。この吊るされた紙がすぐいっぱいになり、何が禁止なのか覚えるだけでも大変。頭が混乱してきた。禁止、禁止で何も書けない状態になった」

 当時の新聞は〝書けること・書くべきことを書く〟よりも、〝書いてはいけないことをいかにして書かないか〟に神経を使うようになってしまったのだ。そうして知らず知らずのうちに、戦争に加担し、日本を未曾有の国難に叩き込みアジア近隣諸国に多大な被害をあたえる加害者の一員になってしまった。

◆名指しを避ける現代のメディア

 いうまでもなく、戦後のメディアはこうした戦前の新聞の失敗の反省に基づいて、再出発をしている。しかしあれから77年。この反省はどうやら忘れ去られようとしているようだ。

 去る5月3日、憲法記念日にあわせ、東京・永田町の砂防会館で「公開憲法フォーラム」なる集会が開催された。基調講演は櫻井よしこ。その後、田久保忠衛や百地章など、いわゆる〝改憲派〟の「識者」によるスピーチが続く。この段階でわかるように、この集会は改憲にむけた機運をたかめようと行われたものだ。政界からも古屋圭司・自民党憲法改正実現本部長(衆議院議員)、足立康史・日本維新の会政調会長(衆議院議員)など、改憲に前向きな各党からの出席者が顔をそろえる。岸田首相も自民党総裁の肩書きで、この集会にビデオメッセージを寄せた。

 中でも見逃せないのが国民民主党代表の玉木雄一郎の参加だろう。玉木は居並ぶ観衆にむかって「我々国民民主党はこうした議論から逃げずにしっかり議論を深めていくことをお約束する」と大見得を切って見せた。国政政党の代表が改憲集会に自ら足を運んで参加する事例は極めて異例であるばかりでなく、ここまで明確に自らの口で〝改憲へのコミットメント〟を表明するのは異例中の異例だ。ましてやこの宣言は国民民主党の〝実質的な野党離脱宣言〟でもあるわけで、いわゆる「政治部ネタ」として大きな出来事だろう。

 しかしこの集会に関する報道は実に奇妙なものだった。繰り返すが、いかに「自民党総裁」の肩書きとしてではあれ内閣総理大臣がビデオメッセージを寄せる集会である。そして国民民主党が代表自らの口で実質的に改憲勢力であることを言明した極めて重要な集会であった。にもかかわらず、この集会の主催者に対する言及がひとこともないのである。

 時事通信の報道を見てみよう。

 「一方、改憲派は千代田区の砂防会館別館で『第24回公開憲法フォーラム』を開き、主催者発表で約500人が参加した。ジャーナリストの櫻井よしこさんは『ウクライナ問題は、中国に結び付けて考えて準備しなければ、わが国の命運はどうなるか分からない』と指摘。『(日本が)アジアの真のリーダーとなるような心構えを持ちたい。そのための第一歩が憲法改正だ』と強調した。岸田文雄首相も改憲に向けたビデオメッセージを寄せた」(「護憲、改憲両派が訴え 3年ぶり大規模集会 憲法記念日」5月4日配信)

 毎日新聞はもっとあっさりしている。

 「岸田文雄首相(自民党総裁)は3日、東京都内で開かれた憲法改正派の集会にビデオメッセージを寄せた。首相は緊急事態条項の新設や、9条への自衛隊明記などを盛り込んだ自民党の改憲案4項目について『いずれも極めて現代的な課題だ。早期実現が求められる』と、あらためて意欲を示した」(「首相『緊急事態条項、真剣に議論を』 改憲派集会にメッセージ」5月4日配信)

 このように、総理がビデオメッセージを寄せ、国民民主党が代表自らの口で改憲勢力への合流をコミットした重大な集会であるにもかかわらず、主催者団体について「改憲派」という言葉で誤魔化し名指しでの言及を避けている。

◆クレームを恐れるメディア

 なんのことはない。この集会の主催者である「美しい日本の憲法をつくる国民の会」なる団体の実態は、その事務局長を椛島有三・日本会議事務局長/日本青年協議会会長がつとめていることからもわかるように、日本会議そのものである。櫻井よしこや田久保忠衛などの〝著名人〟を看板に使うのは、椛島有三氏が、新興宗教「生長の家」の学生運動に邁進していた40年前からの常套手段にすぎない。だとすると本来新聞が書くべきことは、総理や国政政党の代表がメッセージを寄せるこの集会の実態は、「生長の家学生運動」を母体とする奇妙奇天烈な連中の集会であるということそのものではないか。

 本件に関わらず、最近、メディアが「行為の主体者の名前を伏せる」事例が増えてきた。宗教団体がらみ・異常集団がらみの事例だとその傾向はさらに顕著になる。

 前回記事でもとりあげた「神真都Q」に関しても、メディアが「神真都Q」の犯す数々の犯罪行為を「神真都Q」と団体名を名指しして書くようになったのは、逮捕者が発生した4月になってからのこと。逮捕者が出る前は、度重なる犯罪行為や暴力行為について報道しても、団体名は伏せるという奇妙な書き振りに徹していた。

 集英社のWEBメディアに連載されていた漫画が新興宗教団体・幸福の科学からの抗議で連載を中止されるという事案が発生したが、この件に関するも報道も、なぜかどの社の記事も「幸福の科学」を名指しして書くことを避けている。

 一般的な社会的問題に関する報道でもこの傾向は見てとれ、本年2月「ベトナム人留学生に、『遅刻・欠席でも罰金三百万』を要求する契約を結ばせていた」という大問題をスクープした河北新報も、なぜか当該日本語学校の名前を記事に明記していない。

 なぜここまで「行為者の名前を明記しない」という書き振りが増えたのか。大手紙社会部記者がこう語る。

 「とにかく〝上〟がいやがるんです。名誉毀損訴訟を起こされるとかいうレベルじゃないんです。抗議の内容証明はおろか、社の『お客さま相談窓口』にクレームの電話が入ることでさえ、〝上〟は戦々恐々としている。政府からの圧力とかそんな上等な話じゃない。要は管理職が〝クレームそのものが怖い〟と萎縮し、書くに書けない状態になってるんです」

 テレビの状況はさらに深刻だという。

 「報道番組であれ情報番組であれ、〝上〟が原稿に求めるのは〝ノーミス〟ではなく〝ノークレーム〟。うちの局の報道でも最近、いわゆる〝誤報〟があったが、誤報は〝結果論だからしゃーないよね〟と庇われ、視聴者やスポンサーからのクレームの方が問題視されちゃうおかしな風潮がある」(キー局報道記者)

 管理職などの〝上〟が恐れているものが、当局からの圧力や裁判沙汰で〝すらない〟ことにこそ、注目が必要だろう。単に〝問題が起こること〟を避けているに過ぎない。大禍なくサラリーマン人生を全うすることにこそ主眼が置かれており、報道やメディアとしての責任は忘却されてしまっている

 メディアがこの有様であれば、筆を曲げさせることも書かせないことも実に容易だ。治安維持法や新聞紙法などの法律もいらない。単に、特定の特殊な意思を持った集団が組織的に「お客さまセンター」に電話をすれば済む。いやそうすることさえも必要ないかもしれない。「あの集団なら、そうしかねない」と思わせれば、目的が達成できる可能性は十分にある。

 もはや日本のメディアは戦中の新聞よりも萎縮してしまっている。しかも現代のメディアは官憲の弾圧や暴力集団の実力行為にではなく、匿名の有象無象によるクレームに怯えているのだから、その体たらくぶりは戦前の新聞より酷いというべきだろう。かくて、メディアが〝書けること・書くべきことを書く〟よりも、〝書いてはいけないことをいかにして書かないか〟に神経を使う時代が再びやってきてしまった。

 そうした時代の末路がどのようなものになるか、我々は77年前に、いやというほど思い知らされたはずだ。

<文/菅野完 初出:月刊日本6月号>)

2022/5/25 8:51

この記事のみんなのコメント

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  • トリトン

    5/25 22:34

    日本のメディア?(笑)韓国、中国御用達のメディアやん。日本企業が金を渡さないために、中国から大金を渡されてるから、やや中国と韓国よりの報道しかしないよね。今ごろになって中国はコロナ感染で12月に人から人へと感染するのをわかってたのにWHOの幹部に金を渡して黙認次の年の1月半ばに発表したしニュースにしてない。韓国が中国なにかあったら大騒ぎで放送、食べ物も強い推し流行らせようとする屑っぷりやからな。

  • 観音寺六角

    5/25 21:24

    文が紆余曲折しとる🥱書きたいこと全部書かれても何が言いたいのかわからん

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