日本中を笑顔にした上島竜兵氏の死去から考える「人前に出る仕事の難しさ」

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文/椎名元樹

◆日本中を哀しみに包んだ上島竜兵氏の訃報

 これほどショックな訃報は今までなかった。聞いた瞬間に涙が出た。有名人が亡くなって、今まで涙が出るような事はなかったから、自分自身に驚いた。上島竜兵に対して自分が大変な親しみを覚えていたことに気づく。

 ダチョウ倶楽部の芸風は、底抜けにばかばかしい。理屈を語らず、文化人ぶらず、社会を切らず、お笑い芸人に徹することができた数少ないグループだと思う。そんな彼らの朗らかさを考えると、今回の訃報とは対極で、それが余計に痛ましい。

 1日中竜ちゃんのことばかり考えてしまった。亡くなった真相などわかるはずがないのも知っていながら、疑問を少しでも解消したくて、上島竜兵に関するネットニュースを数時間おきにチェックした。

◆コロナ禍で増えた有名人の訃報

 コロナ禍において多くの芸能人が自ら命を断ったという報道があった。どんな心理状態だったのだろう。それぞれ違った理由や心理状態があったとは思う。しかし、人前に出る立場同士に共通する、悩みや心理状態があったはずである。彼らの死去の理由の中に、人間が元来抱える病理が表れているような気がして、彼らが自ら命を断った理由を考えてしまう。

 コロナ禍の最初に起こった若い俳優の訃報に対して、ある俳優が「落ちぶれた姿を見せる前に、消えてしまいたいと思うのは非常に理解できる」と言っていて、それが私にとって1番納得がいった見解だった。しかしそれで全て納得できたわけではない。それだけの理由で、自ら命を絶つなんて恐ろしいことができるだろうか。

◆人前に出る仕事の難しさ

 特に今回の竜ちゃんはもう61歳で、過去には芸能界で一時代を築き、後は高見の見物ができる立場だったように思える。仮にコロナで仕事が減っていたとしてもそれは非常時のことであるし、60を超えて仕事が次第に少なくなっていくのは、普通なら当たり前のことで、誰も落ちぶれたなんて思わない。それほど人前に出る仕事で負う業は深いのだろうか。

 ただ、コロナ禍と言っても、普通に生活する限りではそれは単に毎日の罹患者数の「数字」でしかない。コロナ禍を実感するときはやはり、仕事に影響が出てきてしまったときだろう。そう考えると竜ちゃんが抱えた不安はやはり仕事に原因があったのかもしれない。

◆ビートたけしが語る「野垂れ死に」とは

 ビートたけしは「上島、大変ショックです。40年近く前から一緒に仕事をしてきたのに、芸人は笑っていくのが理想であって、のたれ死ぬのが最高だと教えてきたのに、どんなことがあっても笑って死んで行かなきゃいけないのに、非常に悔しくて悲しい」とコメントした。

「のたれ死にが最高」ならば「落ちぶれた姿を見せることは最高」ということだ。そう開き直れば、人前に出る者が必ず抱えるらしい零落の不安に立ち向かうことができる。そういうことをビートたけしは言っているような気がする。という事はビートたけしは、竜ちゃんの死去の理由は仕事のことだと思っているということだろうか。

 まさに野垂れ死にした、たこ八郎や西村賢太の死は、どこか爽やかな印象すら持った。竜ちゃんの死がこんなに悲しくて不安な気持ちになるのは、彼が抱えていた不安や恐怖を想像すると、哀れでかわいそうに感じるからだ。一般の私たちも、少なからず同じような恐怖や不安は持っている。だから、竜ちゃんが抱えた苦痛がわかり、痛ましい。

 夢を持ってそれに向かって努力をして夢を叶えて、人々の暮らしを明るくした人が、そのせいで苦しみを抱えるとしたらなんだか理不尽だ。

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【椎名基樹】
1968年生まれ。構成作家。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』をはじめ『ピエール瀧のしょんないTV』などを担当。週刊SPA!にて読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』、KAMINOGEにて『自己投影観戦記~できれば強くなりたかった~』を連載中。ツイッター @mo_shiina

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  • 日刊SPA!

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この記事のみんなのコメント

1
  • アレックス

    5/14 14:58

    西村賢太氏は芸人ではないんじゃないの?自分と向き合いながら自分らしく生きた人だと思うけどなあ。

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