「上島さんをバカにされると俺は…」有吉弘行が語っていた恩人への強い思い

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 お笑いトリオ・ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが逝去し、有吉弘行との深い絆を感じさせるエピソードが再び注目を集めている。

 上島さんは5月11日未明、自宅で亡くなっているのを家族が発見。救急搬送された病院で死亡が確認された。現場の状況から自死の可能性を指摘されており、芸能界をはじめ、ファンからも悲しみの声が寄せられた。

 とりわけ、世間が懸念しているのが、上島さんを恩師と崇め続けてきた、同じ太田プロダクションの後輩芸人・有吉の存在だ。

 1996年に「進め!電波少年」(日本テレビ系)のヒッチハイク企画で大きな注目を集めるも、その後は人気が一気に低迷し、7年にも及ぶ不遇時代を過ごした。そうした中、腹を空かせた有吉に毎晩のようにご飯を食べさせ、宴をともにしていたのが上島さんだった。

 以来、有吉は再ブレイクを果たした後も「今の自分があるのは上島さんのおかげ」と感謝の思いを抱き続け、2013年4月にツイートした「涙をこぼすのは上島さんの葬式だけ。と決めているのだが、年齢のせいか危うい時がある。。。」との投稿も再び耳目を集めている。

 また、2020年12月18日放送の「マツコ&有吉 かりそめ天国」(テレビ朝日系)では、“怒りスイッチ”に関するトークの中で、やはり深い絆を思わせるエピソードを紹介していた。

 かつての尖りまくっていた時代に比べ、再ブレイク以降は丸くなった印象の有吉だが、自身の“怒りスイッチ”に関して、「僕の場合は上島さんだね」と説明。年齢を重ねるにつれ、温厚にはなったものの、「一緒にご飯を食べている時に上島さんのことをバカにされると俺は(怒りスイッチが)入っちゃう」という。

 実際、過去に「チンピラじみた人たち」と警察沙汰のトラブルになったこともあったと振り返り、有吉は上島さんに絡んでいた連中に「何やってんだよ!」と激怒。片手にはガラス瓶を振り上げ、もう片方の手には、いつでも110番通報できるように携帯電話を持っていたと説明した。

「もちろん、有吉以外にも、同じく“竜兵会”のメンバーである土田晃之や劇団ひとりらも上島さんを崇拝しており、有吉と土田は老後に上島さんの面倒を見るとまで宣言していました。なんでも、『上島さんはいつかどうせ奥さんに捨てられる』と冗談めかしつつ、都内に専用のアパートを建て、上島さんを囲んで毎晩飲み明かすプランがあったようです。

 一方の上島さんもそんな愛弟子からの愛を受け止め、還暦祝いで有吉からもらったオメガの高級時計を毎晩、就寝時には箱の中にしまい『枕元に置いてますよ』と告白。入浴時と、カラダを張ったリアクション芸を行う時以外は常に着用し、『大切に着けてます。有吉の実力が宿るようにってね』と話していました(ラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』)。しかし、近年は有吉が再ブレイクを遂げたことに加え、コロナ禍もあり、かつてのように毎晩会うこともできない状況でした」(テレビ誌ライター)

 2020年3月29日には、そんな上島さんが師と仰ぐお笑いタレント・志村けんさんが新型コロナウイルス感染により帰らぬ人に。上島さんが大きなショックを受けたことは言うまでもないが、それからおよそ1カ月後の4月24日には、有吉がインスタグラムアカウントを更新。少年のような表情で、上島さんの膝枕で目をつむり、横になっている仲睦まじい写真を公開していた。

 上島さんのような芸人がいたことは、ファンの記憶に残り続けることだろう。

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  • 5/12 18:15
  • アサジョ

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この記事のみんなのコメント

1
  • てつ

    5/16 14:01

    そこまで後輩に好かれていたのに、この世からいなくなる道を選んだのかを考えると、聞いたこっちが悲しくなる。 自分でいなくなる道を選ぶ人には、残された家族、親戚、友人、親しい人達の気持ちを考えて欲しい。

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