オミクロン株、弱毒でも楽観してはいけない深刻理由。空港検疫の元トップが警告する

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オミクロン株の感染が急拡大する一方で、「重症化しにくいからたいしたことはない」「弱毒化しているからこれでコロナもおわり」といった声も聞かれる。
しかし、「決して楽観できる状況ではない」と警鐘を鳴らすのは、元成田空港検疫所長で、2021年10月から静岡市保健所長を務める田中一成氏だ。

 田中氏は、近著『成田空港検疫で何が起きていたのか ─新型コロナ水際対策の功罪』で、コロナ対策の最前線から提言を行っている。その田中氏に、オミクロン株をめぐる現状を聞いた。

◆恐るべきオミクロンの感染力

――現在、保健所はどういう状況なのでしょうか? 

田中一成(以下、田中):陽性者の届け出を受け、情報を集めて入院が必要か自宅待機かを判断し、入院となれば医療機関へアレンジし、自宅療養の人に対しては可能な限りフォローを続ける。濃厚接触者やクラスターの発生を調査もあり、保健所の業務もかなり逼迫しています。市役所から応援をもらったり、外部の医療機関や医師会などに協力いただいてますが、人手はまったく足りていない状況です。

ーーオミクロン株の何がいちばん厄介なのでしょう?

田中:感染拡大のペースですね。本当に早い。南アフリカで発生した変異株がわずか3か月で全世界に広がり、日本でも1日に8万人を超える感染者(1/28)を出す状況になっている。恐るべき感染力をもったウイルスです。

◆ウイルスが自在に動ける機動力を手に入れた

――とはいえ、重症化しにくいんですよね。

田中:確かに今のところ、症状が軽い人が多いのは確かです。ただ、オミクロンの場合、感染者の7〜8割を10代〜30代が占めます。活動が活発な人たちですから、いわば、ウイルスが自在に動ける機動力を手に入れたようなもの

症状が軽いといっても、感染拡大のその先には、高齢者や基礎疾患のある人、ワクチン未接種の子どもたちがいる。そこに簡単にたどり着いてしまう。先日、静岡市で国内初のオミクロン株感染者から死者が出てしまいましたが、この方はかなり重い基礎疾患をもつ高齢者でした。

――結果、医療体制を逼迫する。

田中:すでに、医療機関も人手が足りなくなっています。静岡市でも医師会と協働しながら、体制を整備して受け入れ患者数を増やしてもらっていますが、一方で、救急患者を受け入れられなかったり、必要な手術ができなかったりといった状況が生じています。無症候の人が感染させてしまうため、患者からスタッフが感染して、長期間、休診せざるを得ないクリニックも多数出ています。

◆重症化しなくても、社会インフラが破壊され始めている

――第5波の状況が再び起こるのでしょうか?

田中:むしろ、危惧するのは社会インフラが機能不全になることです。
静岡市でも保育園や消防署などから感染者が出て、クラスターが発生しています。症状が軽い、重症化しにくいのは事実としても、陽性であれば自宅療養となるし、濃厚接触者も10日間、自宅待機となる。

社会インフラの肝となる人々が動けなくなれば、医療や介護現場だけでなく、交通や物流などの社会インフラがあっという間に破壊されていく。そんなフェイズに移っているんです。軽症の若年者を手先に使って、確実に社会システムの弱点を突いてくる非常に狡猾な戦略です。

◆潜伏期間が短く、先回りできない

――感染力が強いだけに、そのリスクも高いと。

田中:また、オミクロン株は潜伏期間が短いのも特徴の一つです。疫学調査すると、感染してから症状が出るまで2日〜3日。体調が悪くなり発熱外来にかかって検査をして、陽性だとわかって保健所に情報が来るまで、感染から大体5日です。しかし、症状が出る前から感染力があるので、保健所が把握した段階で、すでに一人に感染させ、その人がまた別の人に感染させている。先回りができないんです。

――なるほど。

◆まだデルタ株の感染者もいる

田中:あと、気になっているのは、まだデルタ株の感染者がいるということです。完全にオミクロン株に置き換わっているわけではない。デルタ株の毒性は変わっていないでしょうし、オミクロン株の感染拡大の中で、デルタ株の隠れた集団発生が起きてもそれが見えにくくなります。

――決して、楽観できる状態ではないんですね。

田中:私も楽観論にすがりたいですし、収束することを望んではいます。が、危機管理は常にベストシナリオと同時にワーストシナリオを想定して対策にあたるべきです。我々と新型コロナウイルスとつきあいは2年にもなりますが、まだ2年。すべてがわかっているわけではなく、コロナウイルスがどういう“ポテンシャル“を持っているのか、まだ見極められない。新たな変異株が登場する可能性だってゼロとは言い切れません。

◆一般の人は、これまで通りの対策を続けること

――一般の人はどうしたらいいでしょうか。

田中:これまで通りの感染症対策を続けることです。オミクロン株の潜伏期間の短さは、疫学調査をする上では厄介な特性ですが、一方で、きちんと対策をすれば、効果は早く出るということでもありますから。

――それは朗報です。

田中:ただ、感染症ですから、例えば100人いて90人が対策をして感染拡大防止に協力してくれても、10人が対応してくれないと意味がありません。「重症化しない」「たいしたことない」かもしれないけれど、その先にいる人が重症化しないとは限りませんから。

◆役所のアプリはなぜ使い物にならないのか?

――田中さんは、著書『成田空港検疫で何が起きていたのか』で、コロナ禍での検疫現場の様子とともに、アフターコロナに向けて検疫業務への提言を行っています。保健所長となられて3か月強ですが、保健所業務における課題はありますか?

田中:検疫にも共通することですが、効率の良いデジタル化の推進。これは課題の一つですね。自宅療養中の方への健康観察のためにアプリを導入しようとしましたが、現場から「使いにくい」との声が上がり、結局、民間の方を使って、人海戦術で個別に電話をかけています

――アプリのどんなところが使いにくいのでしょうか?

田中:動作が重く、入力項目が多いということ。感染している人は我慢してまで使いにくいもの使ってくれません。デジタル化は前から進めておくべきだったと痛感しています。

――使い勝手のいいアプリの開発はこの先の具体的な課題ですね。

田中:確かにそうなのですが、原因から考えなくてはいけません。そもそもなぜ、使いやすいアプリができないんだ?ということです。

◆役人がシステムの仕様書を書けない、という問題

――なんででしょう。

田中:それは、役人が仕様書を書けないからでしょうね。アプリ等のシステムを開発するときは事前に仕様書をきちんと作る必要があります。とくに大きな予算がかかるものは、入札になります。業者はその仕様書を見て、工数やそれに必要な人件費を割り出し、システム開発費を計算します。

――でも、それは民間の企業のコンペと同じでは?

田中:役所の仕事は仕様書通りに作れば、それでいいんです。逆に言えば、仕様書に書かれていないことはやらなくてもいい。例えば、誕生日を入力する項目があり、そこに「8」月「45」日と入力してしまったとき、普通はエラーの警告が出ますよね。

でも、エラー処理の必要性が仕様書になければ、業者が気を利かせて、「エラー警告が出るようにしておこう」なんてしなくていいわけです。

◆デジタル庁のシステムも誤入力だらけ

――そういえば、デジタル庁の「VRS(ワクチン接種記録システム)」も、誤入力が多いと報道されていました。

田中:VRSはたとえば、1回目に打った日と2回目に打った日が逆でも入力できてしまいます。単純なヒューマンエラーならその場でシステムがチェックできるのが、後で人力で探して修正するのは大変なんです。しかし、仕様書に書いてなければ、システムに組み込む必要はない。

加えて、公的機関の場合、仕様書に書いてある通りのものを作ってきたら、受け取らざるを得ない。「誤入力にエラーが出ない」と文句を言っても「仕様書に書いてありませんでしたから」と業者に言われたらそれまでなんです。

――業者も「こうしたほうがいいですよ」って、言えばいいのに。

田中:開発業者も商売ですし、ギリギリの金額で入札してますからね。担当する役人がある程度、知識がないときちんとした仕様書を出せない。プログラミングが必修化され、簡単でもいいので出入力のプログラムを作った経験のある人材が増えればこの先変わっていくと思いますが、役所のデジタルデバイドの問題は大きいですね。

◆コロナは大きな宿題を残した

――それもまた、ポストコロナの課題なんですね。

田中:本当に100年に一度のパンデミックが社会制度の不備をあぶり出しました。コロナは大きな宿題を残しました。ただ、改善すべき課題が明らかになっても、まず、“できること”をやろうとしてしまう。そうではなく “やるべきこと”をやらなくてはいけない。感染症に強い社会を作るためには、発想の原点を変えていくべきだと思います。

<田中一成   構成/鈴木靖子>

【田中一成】
元厚生労働省成田空港検疫所長。静岡市保健所長(2021年10月より)。 1987年、山口大学医学部卒業。1991年、山口大学大学院医学研究科修了、医学博士。山口大学医学部助手、厚生省健康政策局医事課試験免許室試験専門官などを経て、2007年、JAXA有人宇宙技術部宇宙医学生物学研究室主幹開発員。2010年、文部科学省研究振興局ライフサイエンス課ゲノム研究企画調整官。2011年、内閣府参事官(ライフイノベーション担当)。2012年、厚生労働省神戸検疫所長。以降、同・東京検疫所長、同・北海道厚生局長を経て、2018年、同・成田空港検疫所長就任。著書に『子供に教えるためのプログラミング入門』、『算数でわかるPythonプログラミング』、『成田空港検疫で何が起きていたのか ─新型コロナ水際対策の功罪』がある。

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この記事のみんなのコメント

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  • ワイドショーに出ている感染症の専門家やらコメンテーターなんかより余程タメになる話。

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