「自立まであと一歩だったのに何故…」貧困支援の住居から夜逃げする困窮者たち
生活困窮者や高齢者、障害者を絶対に見捨てない。このことを信条に、隣接するNPO法人とともに住居の面で貧困者をサポートする不動産会社がある。神奈川県座間市の株式会社プライムだ。
◆順調に生活を立て直していた矢先に……
代表取締役の石塚惠氏によると、もともと高齢者が中心だった問い合わせがコロナ禍で月に300件ほどに増え、相談の年齢層も下がったのだそう。
「最近は、働き盛りの相談が多いですね。9割は男性。コロナで職を失って、家賃滞納で立ち退きに遭った人がよく電話をかけてきます。インターネットの検索ページで【貧困】【住まい探し】と入力すると、『プライム』と出てくるみたいで」(石塚氏)
問い合わせる人の職業もさまざまだ。タクシー運転手のほかに、工場労働者や飲食関係者、建設業に道路工事の人もいたという。派遣切りに遭った人もいれば、よその地域で生活保護を受けていた人が訪ねてくることもある。
石塚氏が貧困者に部屋を紹介し、同じ敷地内のNPO法人「ワンエイド」が行政との橋渡しや生活面の見守り、場合によってはフードバンクなどの支援をする。そうした支えによって順調に生活を立て直していた矢先に、突飛な行動に出る困窮者がコロナ禍で増えた。「夜逃げ」だ。取材の前夜にも「夜逃げ」があったとのことで、その内容を詳しく石塚氏に聞いた。
◆自立まであと一歩だったのに何故?
「夜逃げ」の1人目は、千葉から来た高松誠さん(仮名・30代)。「車中暮らしがつらい」とのことで、プライムにやって来たときは安心感から涙を流したそう。
「生活保護を勧めたのだけど、高松さんは車を維持して、何とか仕事を見つけて生活を立て直したいと。半年ぐらい住んでいたのかな。『自立に向かってステップアップしています』なんて話もしていたのだけど、ある日『やっぱり家賃が払えません』と言うんです」(石塚氏)
紹介した2DKの家賃は4万1000円。住民票は抹消されていたので、貸したアパートの住所で住民票を復活させた。高松さんは、プライム隣のワンエイドでフードバンクの有償ボランティアも行っていた。
しかし、ある日のボランティアの活動で、時間になっても高松さんは現れなかった。連絡もつかない。石塚氏がアパートに向かうと、高松さんの姿はなかった。部屋にはゴミだけが残っていた。
「高松さんは本当にいい方で、生活に困った方へのボランティアも安心してお願いしていたんです。私も仲よくしているつもりだったんだけど、うーん、何がダメだったのかな……」(石塚氏)
◆支援者を渡り歩く困窮者
「2人目の方は、窓から飛び降りて逃げていったんですよ。2階の部屋なのに」(石塚氏)
「夜逃げ」の2人目は神奈川県内から来た男性。名前は林拓也さん(仮名・30代)。4か月のネットカフェ生活に見切りをつけ、プライムが紹介した部屋に2か月住んだ。石塚氏は生活保護を勧めたものの、林さんは「仕事をしているので」と断ったのだという。 そして家賃を滞納しはじめた。
「『家賃について、聞いてもいい?』と電話で切り出すと、『あ、すみません。来週のどこかで払います』と答える。次の週になって『家賃はどう?』と聞くと、『3日ぐらい待ってください』と。電話にはちゃんと出てくださるし、会話もスムーズな方なんです」(石塚氏)
石塚氏がアパートに赴き、名前で呼びかけてもドアを叩いても出てこない。なかに林さんがいるのがわかる。そして、林さんは玄関に鍵とチェーンをかけ、籠城したのだ。やっとの思いで石塚氏が部屋に入ったときは、もぬけの殻。窓だけが開いていた。
林さんがすごいのは、この後だ。プライムから紹介してもらった部屋から夜逃げした後、別の支援団体に顔を出し「住む部屋がないです」と相談に行っていたのだ。
「若い人ならではの行動というか。どこに行っても『何とかなる』ことを知っていて、ジプシー的にいろんなところに頼っているんですよね」(石塚氏)
◆生活必需品は置いて、趣味の品だけ持って逃げる人
「夜逃げ」は基本、部屋が雑然とした状態で行われるという。しかし赤坂剛さん(仮名・40代)は、キレイに掃除をして出ていく「立つ鳥跡を濁さず」のパターンだった。
「家具などはきちんと置いたまま。でも部屋の真ん中に段ボールがあって、覗いてみると全部ゴミだった。ゴミなら捨てればいいかと思っていたら、アパート隣の空き家に自分が持ってきた荷物を全部置いていたんです」(石塚氏)
赤坂さんの私物は「鉄道模型」や集めている珍しい「切手」だった。生活必需品よりも、心の拠り所となる趣味の品を手放せなかったようだ。石塚氏が数日後に空き家を覗いてみると、「鉄道模型」や「切手」はなくなっていたのだそう。
「後日、取りにきたんでしょうね。赤坂さんも生活保護はイヤだと言っていました。変わった人だったなあ……」(石塚氏)
東京から座間へわざわざやって来た赤坂さん。その後も「鉄道模型」や「切手」に囲まれて、元気に暮らしているとよいのだが。ちなみに部屋の鍵はきちんと置いていってくれたそう。掃除といい、鍵の管理といい、そういうところは律儀なのだ。
◆取材前夜に起きたタイムリーな「夜逃げ」の顛末は?
ラストは取材前夜に起きたばかりの「夜逃げ」だ。取材当日15時、警察からプライムに一報が入った。
「昨晩夜逃げをした方が万引きをして、先ほど滋賀県警に逮捕されたそうです。鈴木大輔さん(仮名・30代)は簡易宿泊所からウチにやって来た方で、軽い統合失調症を患っていました。プライムじゃ根本的な助けになり得なかったのかな……」(石塚氏)
鈴木さんは生活保護を受けていた。石塚氏によると、「夜逃げ」は毎月3日、5日過ぎに起きるという。
「生活保護費の支給日が毎月3日または5日だからです。そのお金を持って、逃げる。別の支援先で生活保護を受けて、またお金を得て月の3日、5日過ぎに逃げる。でも支援者同士は連携して申し送りをしているので、前の支援先で受けたお金は返すことになる。支援は途切れないようになっていますけどね」(石塚氏)
◆実際に起きるトラブルは全体の2割程度
ここまで、プライムがコロナ禍で見た「夜逃げ」話を書いてきた。しかし「実際に起きるトラブルは全体の2割程度」と石塚氏は語る。
「隣接するワンエイド(NPO)の見守りや生活支援をつけているからです。入居者とコミュニケーションを常に図っていれば、トラブルの8割は回避できますね」(石塚氏)
入居者が払う見守り代は月に3000円。これがあることで、物件を貸す家主にも安心してもらえる。「生活保護の身では、その値段でも高い」と言う入居者には、「週2回の自動音声による見守り電話で、元気なら1番をプッシュする」1650円の激安安否確認も用意。
トラブルは「夜逃げ」だけでない。「突然死」や「突発的な病気」もカバーしているのだ。
<取材・文/横山由希路>
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