借金500万円男。借金の金額を30万円間違えて猿芝居を打つ
―[負け犬の遠吠え]―
ギャンブル狂で無職。なのに、借金総額は500万円以上。
それでも働きたくない。働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。
「マニラのカジノで破滅」したnoteが人気を博したTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後も続いてしまう人生のなかで、力なく吠え続ける当連載は68回目を迎えました。
今回は借金の金額を間違えてあたふたしたお話です。
◆弁護士からの電話
毎月不定期にいくつかの弁護士事務所から電話がかかってくる。
「今月も期日までの返済ありがとうございます。お仕事の方は順調ですか?」
と、ざっくりした内容はこんな感じなのだが、その真意は「金余ってるなら多めに返せ」というものだ。
複数の金融会社と裁判で和解し、「今度こそは遅れずに返済をするぞ」と決めた僕は、裁判の過程でできる限り毎月の返済金額が少なくなるようにお願いしていた。これは裁判の中に「支払いが2回以上滞れば返済される側の相手が全ての約束を反故に出来る」というような内容が含まれていたからだ。
無資格のフリーターのおじさんが月に稼げる金額は少ない。絶対に守りたい約束をするならば、可能な限り簡単にするべきだろう。
「ギリギリですけど何とかやってます」
この手の会話はあまり好きではない。和解の末に決まった内容とはいえ、向こうとしても出来るだけ早く回収したい。一方こちらは手元に少しでも余っている金があればできる限り確保しておきたい。稼げてせいぜい30万程度の財布はあまりにも脆い。
「そうですか。順調なので安定した職場が見つかったのかと思いました。もし就職できましたら教えてくださいね」
過去、安定を手にした瞬間に返済義務の十字架の色が白から黒に見えてきて、その罰から逃げてしまった先人が何人いたのだろうか。絶対に収入源を突き止めようとする彼らの執念からは一切の油断を感じない。気持ちはわかる。
ところで、借金は時間の前借りだ。未来の自分に「あとは頼む」と全てを託す。
<もうこれで終わってもいい だから ありったけを>
ハンターハンターのキメラアント編で見せた主人公ゴンが「制約と誓約」によって発現させた力を見て、「借金だ」と思った。
◆借金は罪ではない。返済は罰でもない
僕も、二度と無茶な遊び方ができなくなる代わりに現在では絶対集められない金を借りた。これが多重債務者の「制約と誓約」だ。きっと思い返せば同じ気持ちだった同志も多い事だろう。当時、その一瞬はそれくらいの決意を持っていた。
その後、代償として長い長い返済生活が始まるのだが、人はいつしか自らの制約を忘れてしまう。働き、金を返し、また働く日々の中で決意を忘れ、きっかけを忘れ、魔が差す。
「一体自分はいつまでこんなに可哀想な生活を強いられなくちゃいけないんだ」
この被害者意識こそが返済をする時に一番大きな障壁となる。まともな生活が続けば続くほど、普通の幸せに触れれば触れるほど、「自分はもう立派になったから赦されてもいいはずだ」と思い込むようになってしまう。借金をしたことは罪ではなく、返済は罰ではない。未来を払って、ありったけを買っただけだ。
◆残額を確認すると……
以上の持論を踏まえた上で、残念なことに僕はそれでも意思が弱い。被害者意識を抑え込もうとしても、ふとした瞬間に芽生えることがある。少し立ち止まってしまうこともあるだろう。
話は戻るが、そんな弱い自分が制約を守るためには多少の余裕があっても捧げるべきではなかった。僕は強引に話を替える。
「そういえば、今の残りの返済金額を確認したいのですが」
その弁護士事務所が担当しているのはUFJニコスのクレジットカードの返済だった。もちろん2枚とも使えない。会員資格を喪失してから2年が経っていた。裁判所からの決定通知から計算すると、残りの金額は約53万円。
まあわかってはいたのだが、こうして定期的に実際の金額を照合すると利息の関係で少しズレていることがたまにある。
裁判を経て、利息を止める代わりに絶対に返済を遅らせてはならないという約束をしたので、本当に利息が止まっているのかも確認したかった。もう二度とクレジットカードは使えない。その代償に手に入れた赦しの形を・・・
◆あれ? なぜ30万円もの開きが!?
「あーちょっと待ってくださいね、担当部署にお繋ぎしますので」
電話をたらい回しにされるこの感じが懐かしい。催促担当部署、個人情報管理部署、お客様窓口。
「もしもし、本人確認のため、お客様の生年月日とお名前、住所を教えていただけますでしょうか」
何度も個人情報を口で伝えてきたおかげで、引っ越してからすぐに自分の住所を暗唱できるようになった。多重債務者が抱える砂漠ほど大きな絶望の中にある、砂粒ほどの得だ。金を借りるために自分の銀行口座の番号も暗唱できるし、チャンスを逃さないために支店の名前も支店番号も言える。
「えーっと、現在時点で残り876,054円です」
「ええ?」
声が出てしまった。30万円もズレている。なんだ?詐欺か?
「それ本当ですか?もう一度言いますね、生年月日は……」
ほとんどお茶濁しのために替えたはずの話で脳を揺さぶられた。エクセルで計算しているはずの僕が、そんな間違いを犯すわけはない。
「はい。876,054円です」
「ちょっと待ってください、それはおかしい。だって僕は……ちょっと待っててくださいね」
◆請求書に書かれた「1枚目」の文字
僕は引っ越しの段ボールの中に眠っていた裁判所からの通達書を確認した。確かに1枚目にクレジットカードの分の請求は60万近くと書いてあった。
1枚目?
恐る恐る2枚目を見ると、そこには全く同じような紙があった。「キャッシング枠30万円」の文字。てっきり、改めて僕の名前とか裁判所の担当官とか、そういう名前が書いてあるだけだと思っていた。裁判所から最後の手紙を受け取った時、1枚目だけを見て「こんなものか」と都合よく納得してしまったのだろう。
さて、間抜けは僕だったわけだが、さも間違っているのは自分ではなく相手だという雰囲気を醸してしまった以上、簡単に引き下がるわけにはいかない。それからしばらく猿芝居を続けた。
「今紙を見たんですけど、60万くらいで書いてありましたよ。どういうことですか?」
「あー、それはですね、多分ショッピング枠だけではないでしょうか?こちらキャッシング枠と合わせて876,054円です。」
「え?キャッシング枠……?」
「そうですね、合わせましてこの金額です」
「どういうことですか? うん、まあでもそういうことだと言うのであれば信じましょう。もうこれ以上言い返すつもりはありません。87万円で手を打ちます。それでは」
◆ダサい……僕はダサい
本当にどういうことかわからない。早口だったのも、譲歩した姿勢を見せたのも、一回とぼけたのも、この時の僕は全てがダサかった。
激ヤバなクレーマーも、元はただの人間だったのかもしれない。人はくだらない見栄のために獣になることがある。頭に血が上った時ほど立ち止まって自分の身の振り方を考えるべきなのだろう。
文/犬
―[負け犬の遠吠え]―
【犬】
フィリピンのカジノで1万円が700万円になった経験からカジノにドはまり。その後仕事を辞めて、全財産をかけてカジノに乗り込んだが、そこで大負け。全財産を失い借金まみれに。その後は職を転々としつつ、総額500万円にもなる借金を返す日々。Twitter、noteでカジノですべてを失った経験や、日々のギャンブル遊びについて情報を発信している。
Twitter→@slave_of_girls
note→ギャンブル依存症
Youtube→賭博狂の詩
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12/7 13:32
人間のクズめ