【連載対談】【対談連載】ハンブル・マネジメント 代表 宮田一雄

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【内神田発】今年の夏、この千人回峰の連載(7月12日号、19日号)で、富士通出身で現在はTDCソフトの執行役員を務める上條英樹さんと対談をした。そのなかで、トヨタ生産方式などのフレームワークには「形(体系)」だけでなく「心」を入れることが大事であり、それが欧米企業との差異化につながるといった話があった。実は、今回登場いただいた宮田一雄さんは上條さんがいまも敬愛する富士通時代の上司であり、まさに、その「心」を入れる人だったのだ。
(本紙主幹・奥田喜久男)

●システムエンジニアは高価なコンピューターのおまけだった?!


 宮田さんは長年、富士通で活躍してこられましたが、入社された当時はどんな様子でしたか。
 私は1977年に新卒で入社したのですが、入社前はシステムエンジニアという職種を知りませんでした。入社3年目のとき、自身の提案でバローズのマシンを富士通製にリプレースすることに成功しましたが、担当の営業支店長は「こいつもつけておきますから、好きに使ってください」と。当時のSEは、高価なコンピューターのおまけだったんです(笑)。
 機械のおまけに人を置いていく……。まだ、そういう時代だったのですね。ところで宮田さんは、富士通時代から人材育成の重要性を強調されています。
 そうですね。最近では、2018年10月から2年半、経団連の仕事で、ソサエティー5.0時代の人材育成に関する分科会の会長も務めました。
 そこではどんな議論がなされたのですか。
 これからの時代の大学教育のあり方についてですね。この場では企業経営者と大学の学長が議論を交わしたわけですが、実はこれは明治維新以来の出来事だったのです。
 明治維新以来?
 これまでは「産」と「学」の間に「官」つまり文部科学省が入って仕切っており、産と学が直接議論することはずっとありませんでした。お互い、人材育成をめぐる議論では「向こうが悪い」と主張し続けていたわけです。
 議論の具体的な内容は?
 その産と学の関係をよくして、人材育成のうえで連携しようということですね。私は理系学部の出身であるため、研究室の教授を通じて就職先を紹介してもらいました。そういう意味からは、理系の場合は比較的多くの大学で産学のつながりがあるといえるでしょう。
 ところが文系の場合は、たとえ難関大学だとしても企業側はあまりあてにしていないという現実があります。また、就職に直結しないので、大学院に進む学生は理系に比べてきわめて少なく、高い専門性を身につけにくいのです。でも、企業内ではゼネラリストの文系出身者のほうが出世したりするわけです(笑)。
 ということは、理系出身者をもっと重視すべきだと。
 日本の大学では、エビデンスベースで主張する論文を書くのは理系だけといえますが、その反面「専門バカ」的な部分があり、理系ならいいというわけではありません。
 GAFAやウーバーなど世界を席巻するIT企業の経営者はエンジニア出身ですが、その多くはコンピューターサイエンスを専攻した後にMBAの学位を取ったりしているわけです。
 文系・理系と分けるのではなく、総合的な知識や能力が求められるわけですね。
 今後は、大手企業を中心に、職務内容を明確にして成果で評価する「ジョブ型雇用」が増えていくと考えられます。そうした状況に対応するためには専門知識に加え、哲学や倫理学などをはじめとした学問体系に基づく規範的な判断力が求められるのです。
 GAFAのような企業をキャッチアップするようなイノベーションを起こすために、そうした人材育成に取り組むことが急務というわけですね。

●野中郁次郎教授の知識創造理論から影響を受ける


 宮田さんは企業人なのに、大学の先生のように理路整然とお話しされますが、どこかで教鞭をとられたことはあるのですか。
 講演などでお話しすることはありますが、教鞭をとったことはありません。ただ、だいぶキャリアを積んでから、私はアカデミアの理論が重要であることに気づきました。それは、一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生と出会ったのがきっかけです。
 野中先生とは、どこで出会われたのですか。
 富士通では、人材育成を重視した秋草直之社長の時代に「グローバルリーダーシップ育成プログラム」を始めました。このプログラムでは、野中先生に教育の中心になっていただき、選抜されたおよそ20人の社員は半年間実務を離れ、シリコンバレーに行ったり、サンフランシスコなどの大学でMBA研修を受けたりしたのですが、私も2001年、46歳のときにそれに参加したのです。そのときに使ったテキストが、野中先生と竹内弘高先生の『知識創造企業』。SECI(セキ)モデルについての唯一の日本語のテキストでした。それまで私は国内でSEをやってきて、グローバルな仕事をしていなかったこともあり、この本だけがよく理解できたおぼえがあります。
 その研修はいまでも続いているのですか。
 続いています。当時、秋草社長から1人2000万円かかると聞いていましたから、20人とすればこのプログラムだけで毎年4億円の投資をしているわけですね。
 いくら富士通が大企業といっても、ずっとそうした投資を続けているというのは立派なことですね。ところで、宮田さんが学んだSECIモデルについて簡単に説明していただけますか。
 SECIモデルというのは、野中先生と竹内先生が1980年代の日本の製造業の強さを分析したものです。当時の欧米諸国は、日本が、品質が高く価格が安い製品を次々と出すことで、自国の製造業の存在を脅かしているという危惧を抱いていました。日本のことが不気味だったんです。そうした状況の下、野中先生は、企業内では「知識創造」が行われていると論じました。
 まず、多くの社員が一緒になって阿吽の呼吸で仕事をする共同化のプロセスがあり、そしてコンセプトなどについてみんなが議論できるよう形式知に直します(表出化)。そういう知を「ワイガヤ」などを通じて自分たちは何をやるべきか、換言すれば「世のため人のためになることは何か」という議論をして、そうしたコンセプトを基にいろいろな知を集めて大きくし(結合化)、それをさらに形式知から暗黙知に変換します(内面化)。日本企業では、このプロセスによって、もともと持っていた暗黙知がより大きな暗黙知となることでスパイラルアップしている、ということを知識創造理論として提示したのです。
 それぞれの暗黙知を形式知に直して、それを集約した後に暗黙知に戻すと……。
 欧米の学者たちは、この理論を学び始めました。欧米企業は先ほどお話しした「ジョブ型」ですから、マネージャーは自分の部屋にいて、現場に降りていくことはありませんでした。つまり、優秀な設計者と工場のワーカーの間は分断されていました。ソフトウェア開発におけるウォーターフォールの弊害と同じような現象が見られたのです。
 なるほど、顔を突き合わせていなければ「ワイガヤ」なんてできませんものね。後編でもう少しこの話を聞かせてください。(つづく)

●「Miyata's Office 2011.6.23~2015.3.31」


 宮田さんが、2011年からの4年間、富士通アドバンストソリューションズ(FASOL)の社長を務めたとき、社員に伝えたメッセージをすべてまとめ、そのハードコピーを製本した貴重なものだ。宮田さんは、組織のリーダーとして常に自分の考えを発信することを大切にしてこられたのだろうと思う。
心に響く人生の匠たち
 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
  • 12/3 8:00
  • BCN+R

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