無人運転の車内で凶行が起きたらどうすればいいのか。鉄道ジャーナリストが指摘する安全の落とし穴

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 10月末に京王線で18人が重軽傷を負う事件が発生。その際、運転手がその場での停車ではなく次の駅まで走行したことや、車掌がドアを開けなかったことが議論を呼んでいるが、同じような事件が無人運転の電車で発生したらいったいどうなってしまうのか。

 京王線の事件以降も模倣した犯罪が起きるなど、「電車と安全」について大きな注目が集まっている。そこで無人運転で運行している「日暮里・舎人ライナー」の担当者と、鉄道ジャーナリストの渡部史絵氏に話を聞いた。

◆鉄道ジャーナリストが見る一連の車内事件

 京王線の事件を皮切りに連続して起こっている電車内での事件を、どのように見ているのだろうか。鉄道ジャーナリストの渡部史絵氏は「安全装置の存在が一般の方に広く周知されていない」ということだという。

「安全装置は、国土交通省が各車両に必ず備えるよう規定しているもので、『SOSボタン』といわれる、非常通報装置や手動で扉を開くことができる「非常用ドアコック」などがそれに当たります。これらが、せっかく設置されているのに有効に使われなかったように感じましたね。その影響で、事件発生後の連絡がきちんとできなかったと思います」

 こうした設備や装置があるにもかかわらず、周知が広まっていないことは、乗客にとっても不利益に他ならない。その点について、渡部氏はこう指摘する。

「鉄道会社が一般向けのリリースを積極的に行っていないからではないかと思います。非常設備の存在が一般に知られると、イタズラをされる懸念があるのも一因ですね。

 ですが、こうした事件が続いているので、今後はしっかり周知を広めることが重要だと思いますし、私も鉄道ジャーナリストとして事件が発生するより前にもっと書いたり話したりすべきだったなと反省しています」

◆運転士や車掌は「保安要員」ではない

 今回の京王線の事件では運転士や車掌の判断が議論を呼んだのだが、乗務員の判断というのは重要なファクターではないのだろうか。その点については渡部氏は現場の職域の問題で、運転士や車掌の立場をこう説明する。

「現状は重要ですね。しかし、運転士や車掌は『電車を運行する』ことが役目であって『保安要員』ではないので、そこまで求めるのは酷だなと感じています。ただし緊急時には乗務員は保安要員ともなりえますので難しいところです」

 では、運転士などの乗務員を乗せずに無人運転をしている「新交通」と呼ばれる路線では、今回乗務員が判断したことを、乗客が行わなくてはいけなくなる可能性はあるのだろうか。

「現実の状況はケースバイケースだと思いますが、無人運転を行っている鉄道会社では乗客に判断させる想定にはなっていないはずです」

 乗客に状況を判断させることは想定されていない……。ならば、安全装置などの周知については、徹底される必要があるのではなかろうか。

◆無人運転、避難の判断はどうするのか?

 無人運転であっても、想定上では緊急時の判断は乗客ではないという渡部氏。それはどういうとこなのか、無人運転の「日暮里・舎人ライナー」を運営する東京都交通局の稲橋氏に、無人運転の車内で事件が発生した場合、乗客が列車の停止や避難の判断をすることはあるのか聞いた。

「(乗客が列車の停止や避難の判断をすることは)ありません。乗務員の代わりに『指令員』という者が遠隔で判断をすることになります。車内の防犯カメラの映像と、乗客の方からの非常通報器で検知できるようになっています」

 緊急事態の車内から、落ち着いて指令員に通報するには、心構えなども必要である。そのため、今後は今回の事件のようなシチュエーションを想定した訓練も計画しているという。

「現在は(訓練を)行なっておりません。また、乗務員や係員についても今回の事件のようなシチュエーションを想定した訓練は行なっていませんので、今後、実施を検討することも必要と考えております。

 今回の事件を受けて係員による巡回にで警備の強化を図り、意識を高めています。また、今回のような異常時対応については、国が主導となって各社と検討を重ねており、局も連携して対応してまいります」

◆想定と現実の差から見えること

 確かに”想定上”は、通報先が乗務員であるか指令員であるかが違うだけで、乗客が行うべきことは「通報」であり、変わらないように思える。しかし前出の渡部氏は、現実はそううまくいかない可能性があるとも指摘する。通報先が同乗する乗務員であることと遠隔の指令員であることに、どうしても差が出てしまうからだ。

「現実問題、全く差をなくすことは不可能ですよね。指令員はその場にいないので、やはり通報時の的確な状況伝達が不可欠になります。犯人が近くにいる中で、それができるのかを考えると、私も自信はないです。

 通報もそうですが、車内の防犯カメラの映像ですね。無人運転の電車においては、その映像が遠隔の指令員にもリアルタイムで見られるように、データ通信が必要になると思います。ですがこれはまだ、一部の路線にしか採用されていないので、今後さらなる拡大と浸透が待たれます」
 
 乗客がパニックになって勝手に車外へ出てしまうことも、乗務員がいれば一部は抑止できるのだろうが、無人運転ではそれも無理である。パニックになった乗客が更なる悲劇を生むことも十分に考えられるのだ。

「そこは本当に心配です。人間誰でも、危険が迫ればその場から逃げようとしますね。乗客個人の判断でドアを開けるのはとても危険なんです。

 まず、高低差があるので落下して怪我をすることもありますし、過去には亡くなった方もいます。無事に降りられたとしても、線路を歩くことになるので対向の列車にはねられてしまう恐れがあって、実際にそうした事故で大変多くの方が亡くなったこともあります。さらに新交通システムは、外に出ると感電の恐れがある場合もあります。ですので、無人運転では特に、指令員の指示なしに勝手にドアを開けるのは本当にやめてほしいです」

◆私たち乗客が心がけておくべきこと

 一般の利用者を交えた訓練なども必要だが、渡部氏は現実的にそれは難しいという。

「事件を想定した係員や乗務員を対象にした訓練については、今回の事件を契機にではなく、東京五輪の開催が決まってから広がっていました。

 ですが、利用者と一緒にという訓練はほとんどないと思います。特に最近はコロナ禍で、不特定多数の人を集めるのが難しいですからね」

◆今後も増える無人運転の電車

 現在、無人運転の路線は、都内の「日暮里・舎人ライナー」や「ゆりかもめ」など、国土交通省による鉄道としての登録では全国に10路線あり、今後増えていく見込みだと渡部氏はいう。

「東京五輪に向けて、鉄道各社は無人運転に向けて、まず自動運転を増やそうとしていたんです。山手線では試験を始めていますし、常磐線では自動運転を開始しています。さらに地下鉄では、自動運転に積極的ですね。

 有人無人にかかわらず電車に乗るときのこととして心がけていただきたいことはあります。ご自身が通勤や通学で使っている電車で、非常時の動線やSOSボタン、消火器の場所を確認しておくことですね。

 また、首都圏だと、別の鉄道会社の電車が乗り入れる相互直通運転も多いですよね。その場合、SOSボタンの位置がいつもと違っていたりするのでそこも認識しておく必要があると思います」

 無人運転を運行し広げていく上で、様々な対策を取り有人と変わらないサービスを提供しようと尽力する鉄道各社。しかし、何が起こるかわからない現代。私たちが電車に乗っている際の「緊急時リテラシー」も必要になってきていることは間違いない。通勤時、非常設備の目視確認から始めてみてはいかがだろう。

取材・文/Mr.tsubaking

【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

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  • 12/1 15:54
  • 日刊SPA!

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この記事のみんなのコメント

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  • 一番の問題は女性客。女性客が痴漢や盗撮や猥褻の被害に遭うからなあ。車内だけでなく、駅でも起きるからなあ。対策が必要。

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