舞台「ピーターパン」をめぐる謎とは!? “相次ぐ悲劇”を現場カメラマンが激白、初代・榊原郁恵の危機一髪秘話も!

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――数々の伝説的芸能人と交流し、知られざる姿を目撃してきたカメラマン「YAHIMONときはる」が今明かす真実!

 日本での初演から今年で40周年を迎えたブロードウェイミュージカル「ピーターパン」。初代ピーターパン役の榊原郁恵は、1981年から7年間にわたり340回も舞台に立った。筆者は当時、カメラマンとして新宿コマ劇場で毎年その舞台を撮影する仕事に恵まれたが、6年目の千穐楽でのことだ。榊原が大怪我をしそうなる事件が起きていた事を今、明かしたい。

■ノーミスだった完璧な“宙吊り”が突然…!

 それは1部の幕切れ30秒ほど前のことだった。榊原演じるピーターパンが、歌いながら凄まじい速度で舞台上空を左右にフライングする中、緞帳が降りる場面。突然、彼女の身体が明らかに異常な高さまで上昇し、ずいぶん前方に張り出したかのように見えた直後、「ドカン!」と鈍い音とともに緞帳の最上部に激突したのだ。その時、榊原は必死に体勢を整え(ていたように見え)、笑顔でフライングを続けて大事には至らず緞帳が降りきった。

 それにしても、危なかった……! 胸を撫で下ろした筆者は、他の仕事で面識あった共演者の比企理恵に緞帳の裏での状況を聞いてみた。

「郁恵さん、2部の幕上がるまで痛がって大変でした、身体を振りすぎたみたいで……」と比企理恵は教えてくれたが、もともと霊感が強かった筆者は悪霊による仕業と直感していた。

 というのも、あの日の裏方はベテラン揃いで、榊原もこの日まで294公演、ノーミスでフライングをこなしてきたのだ。幸いにも軽傷で済んだ事で、当時明るみに出なかったエピソードである。

■夫・渡辺徹が榊原郁恵を護った!?

 実は、筆者自身もピーターパンのスタッフによるフライング経験をしている。今はなき中日劇場での公演時、スタッフの配慮でメディア関係者数名に体験フライングをさせていただけたのだ。当時、まだワイヤーは「1本吊り」だったことからバランスを取ることが非常に難しく、全身に相当な負荷がかかるというのが筆者の感想だった。榊原がメディアでも発言されていた通り、少しでも気を抜けば身体が回転してしまい、正面を向くことが容易ではなかった。それを6年かけて完璧な技術へと昇華させていた榊原。その非の打ち所なき完成度ゆえ、著名人や才能溢れる人々に取り付きがちな悪霊から目をつけられてしまったと思わずにいられなかったのだ。

 それに、「ピーターパン」の原作であるイギリスの戯曲では、「ネバーランドにおいて子供が大人になるのは契約違反で、大人になったら殺されてしまう」といった恐ろしい内容が含まれるという話もあるではないか。

 翌年、ピーターパンとして340回目となる千穐楽の舞台に立っていた榊原郁恵の姿を撮影しながら、事故が起きないか心配でならなかった筆者であるが、客席にいた夫である渡辺徹氏の姿を目にし、その心配は吹き飛んだ。とてつもないオーラが放たれていたからだ。渡辺氏にも恐らく霊感があり、無意識に彼女のことを護っているのだろう。筆者の読み通り、この日、榊原の初代ピーターパンは何事もなく7年間の熱演に幕を下ろした。

 だが、その後、ピーターパンの舞台をめぐっては、いくつかの悲劇が起きていることも付け加えておかねばなるまい。

■ピーターパンをめぐる悲劇

 榊原郁恵の件から2年後となる1989年、フライングを担当する作業員が心臓発作で突然この世を去った。そして1999年、新国立劇場のオペラ劇場でのリハーサル中に、技術スタッフ(通訳)が、15メートル下の奈落に落下し死亡。

 さらに2016年8月には、梅田芸術劇場において9代目ピーターパン役の唯月ふうかが、フライングの稽古中に3メートル落下し左目を眼窩底吹き抜け骨折して入院、大阪公演は中止となった。原因はフライングスタッフの操作ミスと公表されたが、この時代のピーターパンは「2本吊り」であり、榊原時代の「1本吊り」よりも安定性が保たれているはずだった。

 その後は、幸いにも事故は発生せず2021年8月に記念すべき40周年公演が無事に千穐楽を迎えている。このまま、子供たちの夢を壊さぬよう事故のない感動のステージが続いてほしい、そう願うばかりだ。

  • 11/30 16:00
  • TOCANA

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