鬼束ちひろ逮捕報道で“自称シンガーソングライター”って…。その強烈な才能

 衝撃のニュースが飛び込んできました。「月光」や「眩暈」などのヒット曲で知られるシンガーソングライターの鬼束ちひろ(41)が、11月28日に器物破損容疑で逮捕されたのです。

 渋谷区のパチンコ店で同席していた知人女性が体調不良を起こし、救急搬送される際に鬼束容疑者と通行人の間でトラブルが勃発。激昂した鬼束容疑者が、救急車のドアを蹴飛ばしたというのです。その後、薬物検査を受けたとの報道もありましたが、11月30日には釈放されました。

◆なぜに「自称シンガー・ソングライター」?

 そんななか、朝日新聞の記事が物議をかもしました。逮捕直後の28日、鬼束容疑者の職業を、「自称シンガー・ソングライター」と表記したのです。これに、脳科学者の茂木健一郎氏が反応。自身のツイッターに、「一部新聞社が『自称シンガーソングライター』と表記していたことが炎上していた。当然だと思う。あれだけ実績のある方に『自称』とつける意味が全くわからない」と投稿し、賛同する意見が多く集まったのです。

 (その後、11月29日夕方までに、朝日新聞は当該記事から「自称」の記述を削除し、修正しました。)

 今回のケースに限らず、容疑者の職業や肩書については、議論を呼ぶケースが多く見られます。“自称・会社員”とか“自称・音楽ライター”(あ、オレか)とかの報道を目にすると、多くの人は“自称”という響きによって、様々な事情を飲み込んでしまう。ある種のマジックワードですね。

◆“自称”をつける基準とは

 “自称”と但し書きをつけるかどうかの判断については、一応基準があるのだそう。

 ポイントは、その仕事によって生計を立てているかどうか、さらに、その職業が事実だと警察が裏を取れているかどうか。本人が名乗った職業でも、生計を立てていないとか、裏が取れてない場合は、“自称●●”と発表されるわけです。(参考:朝日新聞社『withnews』2014年7月17日)

 では、今回の鬼束容疑者のケースはどうだったのでしょう。あくまでも推測ですが、本人が話しただけの段階で警察が“自称”と発表し、朝日新聞がそのまま書いてしまったのでしょう。

https://youtu.be/iyw6-KVmgow

 でも、それで片付けるには、<I am God’s child この腐敗した世界に堕とされた>(「月光」作詞・鬼束ちひろ)というフレーズは、あまりにも強烈すぎました。発売から21年経ったいまも、世代を超えてインパクトを残す1行をもつ楽曲。ほとんどのソングライターがここまでの爪痕を残せないことを思えば、鬼束ちひろを“自称シンガーソングライター”と呼ぶことが、どれだけナンセンスかわかるはずです。

◆宇多田や椎名林檎より、純度が高い鬼束ちひろ

 さらに音楽的なことを言えば、同時代にデビューした宇多田ヒカルや椎名林檎などと比較して、鬼束ちひろがより純度の高いソングライターだと言うこともできるでしょう。

 自らをプレゼンテーションする企画力に長けている宇多田や椎名林檎とは異なり、鬼束ちひろは言葉とメロディを結びつける能力、その一点突破によって個性を確立してきました。

◆歌詞とメロディが裏切り合う作風

 際立つのは、歌詞とメロディがお互いに反語のように裏切り合う作風です。つまり、苦しみ、痛み、傷を歌詞にしたためながら、メロディやハーモニーがとことん麗しく優しい。緊張と緩和のつばぜり合いが、楽曲を動かすエンジンになっているのですね。

 たとえば、空虚さと無力さの中にひんやりとした美を見出す「流星群」や「Sign」は、Jポップには類を見ないスケールの大きさを感じる傑作です。

https://youtu.be/RXQRZ2Ub6BY

 さらに、<貴方の腕が声が背中がここに在って 私の乾いた地面を雨が打つ>(「眩暈」作詞・作曲 鬼束ちひろ)も忘れがたい一節です。歌詞の執拗さとメロディのダイナミックな上下動を、裏声が儚く包み込む。こうした本質的な音楽の瞬発力とアイデアこそが、鬼束ちひろを聴く醍醐味なのです。

https://youtu.be/inu2N03AqTI

◆奇行があっても、生涯ソングライター

 今回、思わぬ形で再び脚光を浴びてしまった鬼束ちひろ。“奇行”の背景に何があったのかも気になるところですが、今後どのような新事実が発覚したところで、彼女の作品に傷がつくわけではありません。

 もちろん、罪は償わなければいけないし、必要であれば治療やケアが必要になるのでしょう。もしかしたら、もう名曲と呼べる曲も書けなくなるかもしれない。

 それでも、鬼束ちひろは生涯ソングライターである。それだけは、揺るがないのです。

<文/音楽批評・石黒隆之>

【石黒隆之】

音楽批評。カラオケの十八番は『誰より好きなのに』(古内東子)

2021/12/1 8:46

この記事のみんなのコメント

2
  • きょー

    12/1 21:58

    初期のCD持ってますがたまに聴きますよ。なんか沁みいるようで好きですね~

  • 鬼束ファンが鬼束とトラブルを起こした通行人をどう思うのか気になる。

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