ワクチンで世界を席巻した米国とワクチン開発競争に敗れた日本。その差はどこにあるのか?

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実は、mRNAワクチンの開発は日本企業でも行われていた。だが、研究開発費の先細りでプロジェクトは頓挫していたのだ。政府が医療費の抑制政策を強引に押し進めてきた結果、業界でいま何が起きているのか? 気鋭のジャーナリストが迫る。

※本稿の情報は週刊SPA!11/2発売号時点のものです。

◆アメリカでワクチン開発につけられた予算は実に約1兆700億円

 今回のコロナ禍で、ワクチン開発に後れを取った日本が思い知らされたのは、国内医薬品メーカーの開発力の凋落であり、この復活が国家安全保障の要諦であるということだ。

 未知の感染症から国民の生命を守るため、必要な薬を、いかに早く、そして確実に調達すべきか? この課題に、国を挙げていち早く取り組んだのが米国だった。

 ’20年、米国のトランプ大統領(当時)が早々にぶち上げたのが「ワープスピード作戦」だ。米国疾病対策センター(CDC)をはじめ、国立衛生研究所(NIH)や食品医薬品局(FDA)、さらには国防総省(DOD)などの政府機関と、ファイザー社やモデルナ社といった米国のメガファーマが一丸となってワクチン開発に乗り出す、まさに国家の威信を懸けた一大国家プロジェクトだった。つけられた予算は実に約1兆700億円。

 一方、日本では3次にわたって組んだ補正予算を合わせても、ワクチン・治療薬の研究開発に600億円、早期実用化のための生産体制整備に2577億円と、トータルで3000億円をわずかに超える程度の計らいにとどまった。

◆モデルナ社のワクチンは国策で開発されていた

 予算の振り分けは国の「意志」とも言える。その先に何が起きるかを予見して、予算を通じて国のあるべきビジョンを描くからだ。実際に、予算を渋ってきたことで何が起きたか?

 米国の医薬品メーカーは世界のワクチン需要をほぼ総取りしたが、日本はいまだ国産ワクチンの実用化すら程遠く、外国産のワクチンに頼らざるを得ない状況が続いている。これだけ見ても、違いは一目瞭然だろう。

 国内医薬品メーカーを、長い時間をかけて育てるのも国の役割だ。米国のモデルナ社は、’13年に国防総省傘下のDARPA(国防高等研究計画局)から約27億円、’16年に保健福祉省傘下のBARDA(生物医学先端研究開発局)から約135億円の支援を受け、まだ芽の出なかったmRNAワクチンの技術開発を続けていた。

 DARPAは最先端の軍事技術開発を担う。インターネットの起源やGPS(全地球測位システム)を作ったことでも知られるが、今回は未知のウイルス抗体を90日以内に見つけ出した。

 BARDAは、疫病等公衆衛生上の危機から国民の生命を守るために、感染症の研究やワクチン・治療薬の開発などを支援する機関だ。米国はかつて炭疽菌テロを経験したが、BARDAはバイオテロに対抗するための医薬品開発などを行っており、今回のワクチン開発を主導したとされる。

◆医療費削減のため予算打ち切りへ

 日本も’95年に「地下鉄サリン事件」など無差別バイオ・化学テロを経験しているが、米国との差を見る限り、残念ながら、その知見はまったく生かされていないと言っていいだろう。いや、むしろ国は、国内医薬品メーカーの足を嬉々として引っ張っているのではないか?

 そんな疑念さえ浮かんでしまう。なぜなら、ファイザー社やモデルナ社に先駆けて、日本がmRNAワクチンを勝ち得るチャンスが、新型コロナの感染拡大より1年以上前にあったからだ。

 ’18年、第一三共と東京大学が共同でmRNAワクチンの研究開発に挑んでいた。だが、治験目前で開発は頓挫……。医療費削減を掲げる政府による予算「打ち切り」が、プロジェクトを立ち消えとさせたのだ。

「当時、治験に進みたいと何度も訴えたが、予算を出してもらえなかった――」

 研究チームを率いていた東京大学医科学研究所の石井健教授がそう過去の経緯を語った、と’21年4月5日付の「東京新聞」が報じている。だが、この恨み節がすべてを物語っているのではないだろうか。

◆政治力が不足している日本

 医療分野の研究助成金の規模で日本は米国の22分の1。政府の研究開発予算における医療分野の割合で日本は米国の6分の1にとどまるなど、研究開発資金に圧倒的な差がある。

 世界の製薬会社の研究開発費ランキングを見てもらえばわかるが、生き残りを懸けた業界再編が進むなか’18年に英国・シャイヤーを買収した武田薬品工業が唯一ランキングに入っているものの、日本の医薬品メーカーは凋落が著しい。研究開発費を出し惜しみすれば、その果実は外国に先取りされてしまうということだ。

 今回のコロナ禍で炙り出されたのは、日本には危機をチャンスに変える政治力が決定的に不足しているという弱点だった。その最たる例は、意思決定の在り方だ。米国の大統領は議会の承認を得ることなく執務権限に基づいて「大統領令」を発することができる。

 昨年3月には、トランプ大統領(当時)が、緊急時に政府が産業界を統制できる「国防生産法」に則って、自動車大手・GMに対して不足していた人工呼吸器の製造を命令。バイデン大統領も、逼迫していたワクチンの生産を加速させるため、同法を発動してジョンソン&ジョンソン(J&J)のワクチンの生産をライバルであるメルクに協力させているほどだ。

◆世界の製薬会社 研究開発費ランキング

1位 ロシュ(スイス) 1兆4830億円
2位 メルク(米国) 1兆4507億円
3位 ブリストル(米国) 1兆1923億円
4位 ジョンソン&ジョンソン(米国) 1兆232億円
5位 ファイザー(米国) 1兆63億円
6位 ノバルティス(スイス) 9609億円
7位 グラクソ・スミスクライン(英国) 7048億円
8位 アッビィ(米国) 7016億円
9位 サノフィ(フランス) 6745億円
10位 イーライリリー(米国) 6512億円
11位 アストラゼネカ(英国) 6410億円
12位 ギリアド・サイエンシズ(米国) 5392億円
13位 武田薬品工業(日本) 4558億円
14位 ベーリンガー・インゲルハイム(ドイツ) 4509億円
15位 アムジェン(米国) 4501億円

※2020年12月期決算で集計。表示した売上高は当時のレート換算

◆高市早苗政調会長が語る「創薬力の強化」とは?

 本稿が世に出る頃には、総選挙の雌雄も決しているはずだが、戦いに先立つ10月12日に自民党は選挙公約を発表している。コロナ対策を巡る政府権限の強化や賃上げした企業を税制面で優遇する「成長と分配」政策、さらには、経済安全保障の拡充に向けた法整備などズラリと並ぶなか、ひと際目新しく映ったのが「創薬力の強化」というスローガンだ。

 コロナ禍での苦い経験を踏まえ、国産ワクチンや治療薬の研究開発・生産体制の確立を目指そうというものだが、実はこの政策、先の自民党総裁選で健闘した高市早苗氏(現・自民党政調会長)が訴えていた。知っている人も多いのではないか。

◆緊急時に備えるために

 なぜ今、「創薬力の強化」が必要なのか? わずかな時間だったが、高市氏本人が筆者の質問に答えてくれた。

「国内のワクチン接種は、菅前政権が驚異的なスピードで推進した結果、今や接種率で米国を追い抜き、7割近くの国民が接種を完了するに至りました。

 しかし、当初の出遅れは、外国産のワクチンに頼らざるを得ない状況から生じたものです。十分な供給量が確保できるのかという大きな不安が国民の間に広がったことは記憶に新しい。

 わが国の現行法では、民間企業に対し、特定の製品を作ることや国内で生産を強制するような対応はできません。そこで私は、大規模災害や感染症の発生など緊急時でも『生活・医療・産業に必要な物資』の国内生産・調達を可能にする施策を確立することが必要だと考えたのです」

◆「薬価切り下げ政策」は、さらなる医療の弱体化を招くことにはならないか?

 確かに日本では現状、米国政府のように強い権限を発動して民間企業を動かすことは不可能だ。だが、高市氏によれば、今後は政府の働きかけによって緊急時に備えられるようなルールづくりを整備していく流れになりそうだ。

「例えば、生産協力企業への国費支援策の具体化、研究開発拠点・生産拠点の国内回帰を促す税財政支援策の構築、基礎的原材料の確保、医薬品の研究開発への大規模投資などを具体策として挙げたいと思います。そのうえで、常に最悪の事態を想定した危機管理、どのような事態になっても必要な物資を国内で調達できる体制の確立、特に国産ワクチン・治療薬の研究開発・生産体制の強化は必ずやり抜きたい」

 昨年、当時の菅政権は、これまで2年おきだった薬価改定を必要があれば中間年度でも行う、と事実上の切り下げを宣言している。膨張し続ける医療費抑制のための「薬価切り下げ政策」は、さらなる医療の弱体化を招くことにはならないか?

 安全保障の面から改めて考える必要があるだろう。

※本稿の情報は週刊SPA!11/2発売号時点のものです。

―[消えたジェネリック医薬品]―

【小笠原理恵】
おがさわら・りえ◎国防ジャーナリスト、自衛官守る会代表。著書に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)。『月刊Hanada』『正論』『WiLL』『夕刊フジ』等にも寄稿する。雅号・静苑。@riekabot

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  • 11/27 8:52
  • 日刊SPA!

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この記事のみんなのコメント

1
  • 観音寺六角

    11/27 19:35

    国は風見鶏政治から脱却する気もないので勝ち負けではなく素直認めて取り入るようだ😶開発費は浮くだろうけど?

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